第四章 第九話 仲間
いらっしゃるかどうかは分かりませんが、お待たせして申し訳ございません。
(NGワード:書き直した割には面白くねーな)
少女らしからぬ重い一言に、カオルは軽い戸惑いを覚え、ただ立ちすくんでいた。
「適当に座って」
そんなカーリーの勧めを受け、
「あ、ああ。ありがとう」
我に返ったように、ソファーへと腰を落ち着けたのだった。
「なかなかヘビィな過去を持っているようだな」
「別に。ここに来る子の殆どが、何らかの悲しい過去を持っているはず。私だけじゃない。あなたも、近しい人を失っているんでしょ?」
その問いに、一瞬眦をピクリと動かし、カオルが答える。
「まぁ、ね」
「ここでは、特に重い過去じゃない」
言いながら、カーリーはソファーの前に置かれたテーブルに、チャイとよばれるお茶と、菓子「ソーンパブディ」を並べる。
「どうぞ」
「あ、こりゃどうも」
お茶の香りと、クッキーのような見た目のお菓子に、ついつい自然と手が出るカオル。
「あ……甘ぇ!」
甘党であるカオルの瞳がキラリと輝く。
甘いお茶と甘い菓子に、そんな彼女の甘味メーターが急上昇。 悦楽と恍惚の表情を浮かべるのだった。
「で、私を仲間にしたい、本当の理由は何?」
と、とろけ顔のカオルの正面に座るカーリーが、凛とした表情で改めて問う。
「ん、本当の理由? 理由も何も、掛け値なしにお前が必要と思えたからさ」
「それだけ?」
「ああ。私が求めている条件に見合った。そんだけ」
屈託の無い笑顔で答えるカオルに、カーリーは一応の得心を得た様子。
だがその瞳の奥には、簡単には人を信じないと言う思慮深さ、用心深さが見え隠れしているのが伺えた。
「そう。ところで、鬼首ヶ原が求める条件とは?」
「うーん、そうだな。戦闘力、状況判断、そして――結束力だ」
「結束力?」
「うん。仲間にするなら、そういった面にも目を向けないとな」
「私は孤立していたはず。結束力も何も――」
「傍目からはそうだろうさ。けど、一組を一つの『個』とした場合のお前の活躍は、紛れも無く集団をまとめる楔の役割を果たしていた」
「……かいかぶりすぎ――」
「なもんか。そして今、この部屋のぬいぐるみたちを見て、その憶測は確信へと変わったぜ?」
ニヤリ、と意地悪く笑うカオル。
けどそれは、パールバティ・牧坂への高い評価を意味している。
「……分かるぜ、カーリー。もう仲間を失う、あの心が引き裂かれるような思いはしたくないんだろ?」
「――ッ!」
まるで、心の中を見透かされたかのような驚きを見せるカーリー。
(図星かな?)
カオルが心の中で呟く。
「クラスメイトだったのかい? その仲間ってのは」
カオルが優しく問う。
少しの間のあと、カーリーのボーイッシュな髪型が縦に揺れた。
「パリィ、マーフィ、エレナ、チョウ、みんな、みんな良い友達だった……」
節目がちな瞳が、大小さまざまなぬいぐるみたちを見つめる。
カオルには、その意味が痛いほど分かるのだった。
「自分だけ生き延びてしまった事は、悪い事じゃないさ」
カオルが小さく囁く。
それはまるで、自分自身に言い聞かせるかのよう。
そんな彼女の言葉に、はっとしたような表情を浮かべたカーリーが言う。
「そう……その背中の傷。鬼首ヶ原、お前も……」
「まぁ、私の場合はちょいと違うけどね」
カオルは小首をかしげて寂しく笑った。
「なんにせよ、一人生き残ったからには、散っていった奴等の無念を晴らすという使命を負ったという事だ。そのためには、つまらない意地や見栄、気まずさなんかの一時の迷いで孤立するのは得策じゃない」
「それは認める。けど、私の場合は――いえ、なんでもない」
カーリーは何かを言いかけて、ふと言葉を濁す。
「どうした? 言えよ」
「なんでもない、忘れてほしい」
「そうか」と、それ以上は何も言わないカオル。
下手な詮索は、少々気難しいカーリーには下作と感じたのだ。
「なんにせよ、私とお前、そして千早にエリー……いや、クラスの皆が仲間だ。これからはなるべく心を開いて――」
そんなカオルの言葉を遮り、カーリーはとある注意を喚起するのだった。
「このクラス……いや、この学校には、心を許せない。鬼首ヶ原、お前も気をつけるべき」
「おいおい、なんでだよ?」
「鬼首ヶ原カオル。確かにお前は信頼に値する人物かもしれない。けれど、容易に人を信頼すると、手痛いしっぺ返しを受ける事になるかもしれない」
その目は、過去に何かそういった事を受けたと物語っている。
「バカな事いうなよ。誰が信頼できないってんだ?」
カオルには、カーリーの言葉がただの杞憂に過ぎないと思えた。
が、彼女が語った「ある人物の名」に、一瞬嫌なイメージが去来し、胸中に刻印されてしまうほどの衝撃を受けた。
「とりあえず分かっている事は……ダイアナ・ベイキンズ。彼女には気をつけろ」
それは、エリーや千早とも問題を抱えている人物。
カオル自身も、彼女の丁寧すぎる物腰と、瞳の奥底に潜む冷ややかな「何か」に、引っかかるものを感じていた。
「確かに……彼女は何かおっかない裏がありそうだ。が、ヤツが何かしでかしたのか?」
「いや、まだ何も」
「なら、何らかの根拠があるのか?」
と、カーリーの小さな顔が左右に振れる。
「じゃあ、ただお前の勘ぐり過ぎなんじゃないのか?」
「そうかもしれない。けれど……備えはしておいたほうが良い」
「備えって……同じ14歳の女の子だぜ? イザとなりゃ、力技で――」
「力技でも、どうにもならない事をしでかしたら?」
カーリーの瞳は、真剣そのもの。
が、カオルにはいま一つ彼女の憂慮の真意が掴めないでいるのだった。
「まぁ、今それを思い煩ったところでどうしようもない。カーリー、明日からは共にチームメイトだ。よろしくな」
また一つ、カーリーが無表情でこくりと相槌を打つ。
カオルはその小さな「同意」に、満足の笑みを浮かべた。
「……鬼首ヶ原」
と、玄関口で帰り支度をするカオルに、戸惑うような声。
「なんだ、どうかしたか?」
「その……一番風呂の件なんだけど」
「ああ。そいつはお前に譲るよ」
「お前なら……別にかまわない」
「ん? 何を」
「風呂……一緒に入ってもかまわない」
そっけない言い回しながら、少しテレを含ませ、カーリーが言う。
「はは。そうか、そいつは嬉しいな」
無意識のうちに、カオルに本気の笑顔が生まれる。
「じゃあ、明日」
「ああ、また明日。今日はご馳走様」
カオルは、明日からのチームプレイをあれこれと考えつつ、ほんのりとニヤけて自室へと向かう。
――が、
傍らを飛ぶ子豚の瞳が些か精彩を欠いていた事に、カオルは気付けずにいた。
最後まで目を通して頂き、まことにありがとうございました!