第四章 第八話 部屋
「お姉さまやったぁ!」
真っ先に駆け寄ってきたのは、郡山音葉だった。
そしてカオルの腕を抱きすくめ、ギュ~っと胸を押し当てる。
「ひ、ひぃ! 音葉、胸が当たってるって」
「へへへ、勝利の大サービスだよ、お姉さま!」
「あ、アホ! そんなサービスなんか要らねェって!」
無論、それはちょっとだけウソだった。
実際、腕に伝わるやわらかい感触と、音葉が発する甘い香りに、男だった頃のいろんなモノが刺激され、おかしくなってしまいそう。
そんな想いを無理から押さえ込み、あくまで「女には興味がない」という意思を表に出す。
それはひとえに――
「――ったく……っと、綾乃先生。一応の決着がつきました」
敬礼と共に、戦闘終了を報告するカオル。
そう。カオルには、「アヤちゃんの前では、他の誰にも目をくれない」という信念を一貫して持っているために他ならないのだ。
「二人ともお疲れ様」
笑顔で、二人の生徒の戦いぶりを称える綾乃先生。
(この笑顔のためなら、いくらでも戦えるな)
そんな思いが、戦闘での昂った心を、いい具合に弛緩させるのだった。
「聖川先生。デモ・マガバトルの立会い、ありがとうございました」
次いで、軽い会釈程度の礼を見せるカーリー。
敗者であるはずの彼女の口調は、ソレを微塵も感じさせるところがなかった。
「牧坂さん。今回は自らの判断で負けを選択しましたが……それはある意味、敗北じゃないわ」
綾乃先生の言葉に、カーリーは何かを感じ取った瞬きを一つ。
「みんなも聞いて」
そして、綾乃先生が手を一度「パン」と叩き、みなの注目を誘って言う。
「今の戦いにおいて、勝者は鬼首ヶ原さんだったけど――この牧坂さんの敗北は、全くの負けではない……そう、勇気ある撤退であるといえるわ」
「勇気ある撤退……ですか?」
音葉がハテナマークを頭に浮かべながら尋ねた。
「そ。自らが『今は勝てない』と判断し、戦力を温存したまま撤退する。それはいつか改めて力を得た上でリベンジし、敵を討つ。という『意識』。えっと、つまり……何を言いたいかというと――」
「自棄になって突っ込まず、いつか必ず勝つという信念を持って生き延びて欲しい。という事ですね?」
カオルが、綾乃先生の狙いを代弁する。
「うん、そういう事ね。流石は鬼首ヶ原さん」
「よくできました」のウィンクがカオルへと飛ぶ。
「けれどまぁ、牧坂さんには何か別の狙いがあっての降伏かもしれないけどね」
と、綾乃先生が、少し意地悪そうに一言付け加えるのだった。
「そうかも……しれません」
そんな言葉に、カーリーが肯定で返す。
「あのカーリーが素直に認めた……」
誰かが小声で零した。
彼女の普段を知る者達にしたら、その素直すぎる返答は、きっと天変地異の前触れかと思うほどの驚きだったのだろう。
「先生。疲れたので、これで失礼します」
「そう……ゆっくり休んでね、牧坂さん。そうだ、鬼首ヶ原さん。今日くらいは、牧坂さんに一番風呂の権利を譲ってあげて」
「あ、ああ。勿論いいですよ」
カオルが笑顔で言う。
そしてぺこりと一礼し、カーリーは体育館を去って行った。
「かおりんおつかれー!」
入れ替わるように、エリーの可愛い声がカオルへとかけられる。
「とりあえずはチームメイト一名確保。流石の有言実行ぶりね」
オマケに、千早のくすぐったくなるような褒め言葉までカオルをねぎらう。
「やめてくれよ千早。ケツがこそばゆい」
「ケ……ケツって。そんな言葉使いやめてよね」
千早が、少々ムッとした口調でカオルを諌める。
だがそれは――「不愉快」という感じではなく、「あなたにはそんな下品は似合わない」という、「好印象故の注意」というイメージを与えたのだった。
「あ、ああ悪い。下品な環境で育ったもんでさ」
「ちーちゃん、言葉使い厳しく育ったもんね」
「まぁ、私だってその反動で口汚くなる時もあるけど……お下品は別。女性らしく、清楚にお願いします」
ちょっとすまして言う千早がなんだか滑稽で、たまらずカオルがニヤけてしまう。
その笑顔に釣られて、千早も、そしてエリーも笑顔になった。
そんな微笑ましい三人を、綾乃先生が温かい目で見守る。
そこに、「願いどおりに事が成った」という嬉しさが含まれていた事を、カオル達は知らない。
その日の夜。
食事の済んだカオルは、「私も疲れたから、部屋で寝たい」という理由で、千早やエリー、そして音葉、静音との入浴をやんわり辞退。
皆が入浴中に、一人「彼女」の部屋へと向かったのだった。
「よう、居るか? 私だ、鬼首ヶ原だ」
「……はいって」
ぶっきらぼうな返答が、小さく返る。
それは2階203号室の主、カーリーだ。
「おじゃまするよ……と、これはまた……かわいい部屋だな」
カオルが見たもの。
それは、部屋中に置かれた、大小さまざまなかわいらしいぬいぐるみの数々。
「変?」
「あ……いやいや全然。むしろお前さんに合ってる気がするよ」
カオルには、本当にそう思えた。
普段、誰とも口をきかない小女。だが、部屋にはたくさんの友達がいる。
カオルには、そんな思春期の少女を思わせる「本当の彼女」が、そこに見えたのかもしれない。
「このぬいぐるみ達は全部……ともだちかい?」
そんなカオルの問いに、カーリーが「ふるふる」と小さく首を振る。
「これは、やつらに殺された――私の仲間」
「――っ!」
一瞬、刺すような鋭い殺気を放ち、「やつら」への復讐の念を見せるカーリー。
カオルはただ意気を飲み、言葉なくカーリーを見つめるしか術を持てないでいた。
最後まで目を通して頂き、まことにありがとうございました!