第四章 第七話 戦友
「負けでいいって……カーリー、それはどういう事だ?」
まるで狐にでもつままれたかのような面持ちで尋ねるカオルに、
「言葉のまま。お前の勝ちだ」
と、静かに答えるカーリー。
「それじゃ意味が分からん。ちゃんと説明しろ。少なくとも、お前にはその義務があるぜ?」
勝ちを押し付けられたカオルが、年長者よろしく問い正す。
「勝てないと踏んだから。無駄な戦いを避けただけだ」
もっともらしい事を語るカーリー。だがカオルには、何か釈然としないものがあった。
「一番風呂の権利、捨てっちまうのか?」
「そう」
「お前があそこまでこだわって、ソッチから吹っかけてきたバトルだぜ? 諦めがよすぎやしないか」
「……」
カーリーが沈黙で答える。
それはまるで、何か隠し事をしているかのよう。
いや、カオルには分かっていた。カーリーは何か隠し事をしている!
それ故、俺に勝ちを譲るんだろう。
そうとしか思えない状況に、カオルの「仲間を思いやる心」という「おせっかい」が芽吹くのだった。
「カーリー。元々私は、一番風呂の権利なんて欲しくなかった。それより、このデモ・マガバトルを期に、お前を私たちのチームへと招き入れたかった……それだけなんだ」
一瞬、ピクリとカーリーの眦が動く。
「だから……この戦いにおいて、何か言い辛い事があるんなら、一人で抱え込まずに教えてくれ。お前はさ、もう俺達の仲間なんだから」
「仲間、か。陳腐で紙のように薄っぺらい言葉だ」
「仲間」と言う言葉を、カーリーはまるで忌みた呪詛のように蔑む。
「ああ、そう感じる人もいるだろうな……なら、こう呼ぼう。『戦友』と」
「戦友?」
「ああ。その絆は、陳腐なものじゃない。正真正銘、命を預けるに値する『友』だ」
カオルの、今までの経験から自然と零れた言葉だった。
そこには、経験したものだけが感じる事の出来る、深い意味合いが篭っている。
「鬼首ヶ原……」
「おうさ、カーリー」
互いに見つめあい、そしてカーリーが静かにカオルとの距離を縮める。
「戦友……命を預けるに値する友」
「ああ、戦友だ」
「……とか、言っててハズかしくないか?」
「え!?」
思わぬカーリーの返答に、カオルはつい素っ頓狂な声を上げるのだった。
「聞いてるこっちは、死ぬほど恥ずかしかったぞ」
「ま、マジ?」
オタオタと狼狽するカオルに向けて、更にカーリーが言う。
「だが同時に、死ぬほど吹き出しそうになるのをこらえもした」
そこには、きっと誰もが見た事のない、カーリーの笑顔があった。
「……あ、ああ。そうか、面白かったか……そりゃよかった」
ふと、カオルの心に安堵が湧き上がり、少しこわばっていた表情に笑みを浮かべる。
――と。
突然、カーリーの笑みは消えうせ、いつもの――いや、いつもにも増して険しい表情が顔を覗かせるのだった。
「鬼首ヶ原、あとで話がある」
「あ、ああ。話?」
「この場では話せない事がある。誰に聞かれているか分からないから」
「そうだな。この戦い自体モニタリングされて、生徒に見られているんだっけ」
カーリーが小さく頷く。
「なら、あとでお前の部屋に行くよ。部屋はどこだ?」
「2階、203号」
カオルに小さく返した後、カーリーは外界との連絡用の空間投影式ディスプレイを呼び出し、
「先生、この勝負私の負けです」
と、敗北宣言を掲げるのだった。
『牧坂さん、本当にそれでいいの? 一応、理由を聞いてもいいかしら』
「今回彼女には――鬼首ヶ原には勝てないと、そう踏んだ故のギブアップです」
『……そう、分かったわ』
綾乃先生はそれ以上何も言わなかった。
『それでは――今回のデモ・マガバトル。勝者は鬼首ヶ原さん!』
バトルフィールド上空に映し出されていた、カオルとカーリーの名前。
そのカオルの名前に「勝利者《 winner》」の印が押される。
その途端、二人の姿は輝く無数の星屑に包まれ……ふと気付けば、そこはもう一年一組専用の体育館内。
そこには、二人の戦いを称える――いや、実際には、カオルの勝利を喜ぶ生徒達の大歓声が響き渡っていたのだった。
最後まで目を通して頂き、まことにありがとうございました!