第四章 第六話 VSカーリー
ビル郡の中で、一等高さを誇っている巨大な建造物があった。
「東京タワー……? なんか似てるけど違うか。ま、そんな事はどうだっていい、あのてっぺんを足場にしよう」
一人ごちるカオルが、その鉄塔の鉄骨部分を駆け上がる。
「よし。まだこちらの気配に気付いてないな?」
カオルが塔の最天頂部にスクッと立ち、ディープ・パープルを身構える。
カーリーとシヴァには、こちらはまだ補足されていない様子だ。そう確信を持てる現状――シヴァはまだ太陽の中に身を隠している。
「そうやって下ばっかり探してると、足元をすくわれるぜ」
そして、次なる一撃を、太陽めがけて射出!
――ドンッ!
カオルからの不意の攻撃に気付き、シヴァが回避をみせる。
その瞬間! まってましたとばかりに、カオルが照準機を覗き込んだ。
「そこ!」
太陽の輪郭から離れた一瞬の隙を、レティクルで捉える。
――ドオンッ!!
とびっきりの衝撃音が、カオルの周囲を駆け抜けた。
同時に、ただひたすら真っ直ぐ、空中に浮かぶ巨体めがけて突き進む紫に輝く鏃。
「よし、そのまま行けッ!」
だが! カオルはシヴァの機敏さを甘く見ていた。
ディープ・パープルからの一撃は、寸でのところで回避され……しかも、その勢いに乗って、シヴァはカオルめがけて襲い掛かる!
「ほぉ、流石だな。いいぜ、そのままかかってきな」
「だがそれも計算のうち」と言わんばかりに、カオルの口元が緩む。
――ドンッ! ドンッ! ドンッ!
カオルは、突っ込んでくるドラゴンめがけ、三度の射撃を試みる。
だがその攻撃は、まるで当てる気が無いような素振りにも感じられるのだった。
そう、まるでシヴァが突っ込んでくる角度を、紫の光弾で以って調整でもしているかのよう。
「オーライ、そのまま突っ込んで来い!」
そう一人叫ぶと、カオルはディープパープルを格納。
「ぬかるなよ、インギー!」
「ええ、カオルも」
「オッケー……そんじゃいくぜ――でりゃあっ!」
カオルを喰らわんと、巨大な口をあけて襲い来るドラゴン。
その炎の滞留が渦巻く口中に、鋭利に輝く牙が整然と居並ぶ様がはっきりと見える……そんな恐怖を押し切り、カオルが空高くジャンプ!
「――ッ!?」
シヴァの背に乗るカーリーが、その異変に気付き、身構える。
が、一瞬遅かった。
「取った!」
一際高く、シヴァよりも高く舞うカオル。
そして、丁度その位置は、背後に太陽を背負う形となっていた。
「インギー、今だ!」
「了解。ジェイクとエリウッド召喚」
鉄塔頭頂部へと向かう道すがら、あらかじめインギーへと明かしておいた、カオルの思惑。
それは、シヴァとの真っ向勝負と思わせ、その実、狙うはカーリーそのものだという事。
捨て身で彼女へと最接近を果たし、回避不可能な状況を作り、小回りの利くハンドガンの連射で、仕留める。
それが、今回の戦いでの必勝の策。
――パンパンパンッ!
ジェイクとエリウッドの銃口が、交互に火を噴く。
魔法弾丸は、一寸の狂い無く、カーリーの額めがけて――
「ォオオンッ!」
その瞬間!
主の身を守ろうと、シヴァの身体がクルリと反転。
一発、二発と、カオルの放った弾丸がカーリーを掠めるも、十分なダメージは与えられず……そして、その殆どの魔法弾丸は、シヴァの有り余る体力の、ほんの一部を掠め取る結果に終わってしまったのだった。
「ちぃ!」
思いのほか、こしゃくな動きを見せるカーリーの相棒に、苛立ちを覚えるカオル。
が、それはほんの一瞬の油断を生む結果となって――
「ヒュンッ!」と言う風邪きり恩がカオルの耳に届いたかと思うと、彼女の身体を、ムチで打たれたかのような衝撃が走ったのだった。
「なっ――うぐっ!」
それは、シヴァが放った尻尾での攻撃だ。
いや、攻撃というよりは……身体を回転させた際に生じた反動で、ムチのようにしなった尻尾が、偶然カオルに命中した。と言うのが正しい。
その証拠のように、カオルへのダメージは、然程無い様子……だが! カオルは、その衝撃でジェイクトエリウッドを受かり手放してしまった。
「――んの野郎!」
咄嗟に、ドラゴンの尾の先端を掴み、しがみつく。
と、シヴァは自由落下を開始し始めた。
(俺を振りほどくため?)と一瞬思ったカオルだったが、すぐさまそれは違うと思わされる光景を目撃。
急なローリングにより、体制を崩していたカーリー。
そこへ、掠めたとは言え魔法弾丸のダメージを受けてしまった。
その結果、カーリーはシヴァの身体を離れ、落下していたのだ。
「グルルルル」
主を救おうと、シヴァがカーリーの落下に合わせて身体を寄せる。
その行為は、カオルにとって、隙以外の何物でもなかった。
カオルの身体能力からすれば、ここでディープパープルを召喚し、ゼロ距離からの射撃で勝利を掴めた筈だ。
だが、カオルはそれをしなかった。
そして瞬刻の間のチャンスは、カーリーがシヴァを掴み、改めて体勢を立て直すと言う形で幕を下ろす。
地面まであと少しというところで、頭部を起こし、羽を広げての滑空。道路上すれすれに飛行の後、大きな羽ばたきでのブレーキング――そして着地。
ドシンッ! と路面を揺るがす音が鳴り響く少し前。カオルはドラゴンから飛び降り、距離を置く。
「さぁて。どう動くかな?」
対峙するデカブツに警戒の目を光らせるカオル。
と、カーリーはシヴァからひょいと降り立ち、カオルの思惑外の行動を見せるのだった。
「シヴァ、もうお帰り」
「グルルル……」
その一言で、凶悪な巨躯は一瞬で光の屑と化し、消滅。
そして、カオルへと静かにこう零すのだった。
「私の負けでいい」
最後まで目を通して頂き、まことにありがとうございました!