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第一章 第一話 イングウェイ

 平成三十三年(西暦2021年) 十二月二十五日

 第二次 東京都六本木防衛戦 日本防衛軍 戦死者二十四名 名簿 

             ・ 

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             ・

 関東防衛師団 米嶋中隊 第二小隊 鬼首ヶ原薫 三等陸曹 (二十歳)





「おい、どういう事だこれは!」


 天も地も無く、ただ薄闇だけが存在する空間に、一人の少女が立っている。

 その姿は一糸まとわぬ生まれたまま。長身痩躯ではあるものの、出るべきところ、引っ込むべきところは必要以上にメリハリが利いており、美しいボディーラインを誇っていた。


「ぐ、ぐるじいでず……はなじでぐだざい」


 幼さと、大人びた感じが同居する綺麗な顔立ち。その前に突き出された彼女の右手には、なにやら小さく奇妙な生き物が握られているのが伺える。


「うっせぇ! どういう事だって聞いてんだよ! このブタ野郎!」

「と、とにかくちゃんとお話します……だから一度手をはなしてください」


 むふーっ! と機関車の蒸気ような息を鼻から吐きつつ、一度舌打ちを見せる。そして興奮状態ながら「彼」の言を聞き入れ、少女は「ソレ」を手放した。


「ふぅ、消滅するかと思いました……あ、これはどうも。手を離していただき、感謝いたします」


 宙にフワリと浮き、一礼を見せる生き物。黒く小さいつぶらな瞳にピョコンと立った耳、そして愛嬌のある鼻にくるりんと輪を描く尻尾――それは愛らしい子豚。だが、少し違う点がある。背中から蝙蝠のような「羽」を生やし、ぱたぱたと羽ばたきを見せているのだ。


「で、こいつは一体全体どうなってんだ? ブタ野郎」

「はい。死んだと思ったら変な場所にいて、まだ生きてピンピンしている。この事態について、余程驚かれた事だろうと思います――」

「んな事ぁどうだっていい! ――いや、よくないか……そう、やっぱり『俺』はあの時死んだのか?」

「ええ、鬼首ヶ原薫。あなたは死にました」

「って事は……ここは死後の世界って事か?」

「いえ、そうではありません。厳密に言えば、あなたはまだ死んでいないのです――あ、ちょっとまってください! どうか、話は最後まで聞いてください」


 ややこしい事は言うなとばかりに、今にも目の前の子豚を握りつぶそうと身構える、鬼首ヶ原薫と呼ばれた少女。しかし、子豚の必死の懇願に、イライラもどこかへと消えうせ、


「ったく、分かったよ。聞いてやる」


 と、腕組をしながら、仕方ないとばかりに言い捨てるのだった。


「ありがとうございます。中々お優しいんですね?」

「んな事いいから早く言え!」

「は、はい! それではまず――人には、魂が二つ存在します。それは男であるあなたと、そして女であるあなた……つまり男性魂アニムス女性魂アニマです」

「…………?」


 小首をかしげ、頭にハテナをたくさん浮かべるカオルに、子豚は続けた。


「人はこの世に生まれ出でる前に、男性はアニマを、女性はアニムスを、脳内にある精神世界に眠らせて保管しているのです。具体的に言えば、時折男性が見せる女性らしさとか、女性が見せる男性らしさとか、そういった物と考えていただければ結構です」

「つまりは――人間ってのは身体の中に男の魂も女の魂も同居してるって事か? で、それぞれの性別に生まれてきた時に、片方は邪魔だから眠らせる、と?」

「そうです! よく聞きませんか? 男性なのに、自分は女性であると主張する人。もしくはその逆、などの話を」

「ああ、オカマ野郎とか……もしくは性同一性障害というやつか」

「はい。それは本来異性である方の魂が半分目覚めちゃったとか、生まれてきた時に、眠らせる魂を間違っちゃったんですね……たまにあるんですよ」

「はぁ、なるほど……で?」

「あなたの男性の魂は、先程受けた『敵』の攻撃で、肉体破壊による出血多量と共に、この世から消滅してしまったのです……記憶や性格などは以前と同じそのままですので、覚えていますでしょ?」

「あ、ああ……覚えてるとも」


 一度脳裏にこびりついた死の恐怖がフラッシュバックでカオルへと襲い掛かり、彼女の表情から一瞬にして血の気を奪ってしまった。

 それは時間にして、つい先程の事――世界各国に出現した、人類全体に対する未知の敵「Devil Beast(和式呼称・悪魔獣)」との交戦状態の最中。突然現れた真っ白な人型をした未確認生物アンノウンの放った光線ビーム攻撃を真正面から胸部に被弾。と同時に、背中が炸裂する感覚を覚え――そこからの意識が途絶えてしまっている。


「ヤツは一体……? あれも悪魔獣なのか」

「はい。最も新しく、最も厄介な敵。先日、アメリカのワシントン守備隊を壊滅させた、白の追跡者ホワイトストーカーです。日本ではまだ確認されていませんでしたから、和式呼称は決まっていませんが……」

「そうか。まぁ名前なんてどうだっていいが……合衆国の本丸『ワシントン守備隊』を壊滅か。さもありなんだ、新手ルーキーの癖にパ無ぇヤツだったもんな」


 まるで何かを払拭するかのように、両の拳をグッと握りしめる。それは自分を殺したバケモノへの恐怖や怒りではなく――突然現れた白の追撃者を通常の悪魔獣と等しく考え、軽々に戦いを挑んだ結果……仲間を、部下達を巻き添えにしてしまった自分への怒り、後悔、そして慙愧の念だった。


「みんな……すまない……」


 震えながら口を噤む。が、そんなカオルに、子豚は続けた。


「そこでですね、あなたのまれに見る戦果スコアを惜しんだ我が主が、あなたのアニマを目覚めさせ、女性として再び戦う機会を与えてくださった、という訳なんです」

「な、なんだって! それは本当か?」


 カオルが興奮気味に叫ぶ。が、その興奮は先程の混乱を伴った興奮ではなく、


「も、もしかして仲間の敵討ちができるってのか!」

「はい、その通りです」


 微かな僥倖を見出した、嬉しさの興奮だった。


「いいさ! 別に俺が女になろうがオカマになろうが、そいつはかまわねぇ…………ちょっとまて、女…………おんな?」


 カオルが改めて視線を下へと向ける。と、そこには大きくなだらかな二つの隆起と、その下にあるべきものが……ない!


「こ、これってもしかして……お、おっぱい……だよな? 噂に聞くパイオツってやつだよな! うわっ、ガキん頃見たカーチャンの以外で、ナマでは初めて見たよ……うっはーすげぇでっけーな!」

「はい。年齢の割には、かなりふくよかな乳房です」

「年齢の割りに? 俺はハタチだろ? この程度はあって――――あ……いやいや! そうだよ、忘れてた! 何で俺、女になってんだよ!」

「……今頃ですか?」

「い、いや……俺も気が動転してたみたいだ。で、なんなんだこの身体は? 一体誰んだよ?」

「それはあなたが本来持っているアニマを具現化した姿。そしてこれからあなたが行く世界――『電脳擬似世界ヴァ・ヘル』での擬似体躯アバターです。そこでのあなたは十四歳の女子中学生なんですよ? そのつもりでいてください」



「 ハ ァ ッ ! ? じ ゅ 、 じ ゅ う よ ん さ い ? 」



 ポカンと開いた口が、声もなくパクパクと動く。その行為に、カオルの動揺ぶりが如何程なのかが伺える。


「大丈夫ですよ。そこに居る少女達も皆、十四歳なんですから」

「そこ……? あ、ああ……バベルとかバビルとかいう世界とやらか?」

「ヴァ・ヘルですよ。そこには世界中の選ばれた少女達が、特殊な戦闘能力をその身に備えるため、既に魂をデジタル化させて暮らしています」

「へぇ。そいつらも俺と同じく、死んだ野郎共なのか?」

「いえ、正真正銘の少女達です」

「う……少女達ガキかよ」


 カオルの眉間に、見事な一本の皺が寄った。年下の、しかも思春期真っ只中の、話題も趣味も全く合わないであろう、取り扱いが難しい年頃の少女達。それは同い年の女性とすらまともに口も聞いた事のないカオルからすれば、きっと拷問のような世界なのであろう事は、フタを開けずとも容易に想像が出来た。


「ま、まあいい。ボッチはちょいとキツイが、クールで孤高な女戦士ってのもオツなもんさ。で、特殊戦闘能力だって? ソイツは一体なんだよ」

「そう――それは魔法。皆その世界で、戦闘式魔法少女になる事を義務付けられているのです!」

「ま、魔法少女ぉ!? 待てよ、前に噂で聞いた事があるぞ。女だけの特務機関【マギカ】ってヤツだろ! そうだろ?」

「よくご存知ですね。一応、特秘の非公開組織なんですけど」

「フン……今の軍内部に特秘もクソもあるもんか」


 吐き捨てるように呟く。その言葉は、今の軍部に――正確には日本国防衛軍に、機密を保持できる能力が失われている……それどころか、上下の規律もほとんど無いという事を意味している。

 そう。突然日本を、そして世界を襲った悪夢は、軍隊の組織系統をズタズタにするほどに苛烈を極めていたのだった。


「で、俺の女の魂をデジタル化してやっから、そこで修行しろって事か……俺なんかに出来るのか?」

「はい、もちろんです」

「んじゃ、今すぐ何か出せるのか? こう、魔法光線とか、必殺の武器とか」

「いえ、それはまだです。なにせ、まだあなたは私と契約を結んでいないのですから」

「契約……お前とかよ?」


 一瞬、カオルの頭に不安が過ぎる。


「もしかしてアレか? 魂を売り渡しますとかいうやつか? それとも魔法使用一回につき、寿命が一日縮むとか。ヤだぜ? そんなの」

「大丈夫、そこまでボッタくるつもりはありませんよ。まず、契約は簡単……私に名前を付けてくれるだけで結構なんです」

「な、名前だと? なんだよ、お前ナナシかよ」

「はい。今はまだ名がありません……あなたに命名していただく事によって、あなたの使い魔として使役させていただくのです」

「ふぅん、まあいいさ……じゃあ『ブタ』で」

「いきなりド直球ですね、少し気を損ねました」

「んだよ、めんどくせぇな」


 ぷいッとあからさまに拗ねてみせる子豚に、カオルは小さく舌打ちしてから少し考える素振りを見せて――


「……じゃあ、イングヴェイなんてどうだ? 通称インギーってさ」

「イングヴェイ……良い名前ですね! 気に入りました。何か由来でもあるのですか?」

「あ、ああ。好きなミュージシャンの名前を頂いただけ……他に他意はないさ」


 大有りだった。が、ここはあえてスルー。


「そうですか。では改めて……私は鬼首ヶ原薫専属の使役マスコット、『使い魔・イングヴェイ』です。以後よろしく」

「ん、ああ……まぁ……よろしく」


 畏まった挨拶に、丁寧な一礼。 気恥ずかしそうに答えるカオルに、子豚の姿をした使い魔・インギーは、満足そうな笑みを浮かべた。


「そして次に。あなたは今現在より、戦闘魔法少女としての使命を帯びました。そこで新たにあなたへと付加される特典があります。一つに超身体能力、二つに変身能力、三つに魔法行使能力です」

「お、おう……いよいよソレっぽくなってきたな? で、もう魔法は使えるのか?」

「いいえ、まだです。どのような魔法になさるか、それを決めなければなりません。近距離攻撃特化系、遠距離攻撃特化系、防御特化系、補助特化系、召喚特化系。このうち一つを選ぶ事により、カオルの魔法感覚マガ・センティーレが変わってきますよ」

「そ、そうか……う~ん」


 カオルが深く唸りながら思案する。が、どうやら答えは一つしかなかったようで――


「そうだな、やっぱり――今までと同じバトルスタイルを取りたい。できるか?」


 指でピストルの形を作り、インギーに銃口ゆびさきを向けながら、そう問いかけた。


「はい、もちろんです。となると、攻撃特化系の遠距離攻撃スタイルを選択しましょう。では――カオルに見合った魔法武器マガ・アルマを具現化します。両の手のひらを上にして出してください」

「お、おう……こうか?」


 「なんだかマヌケな絵面だな」そう零しつつ、言われるがまま両手を前に差し出し、手のひらを上に向けてみる。


「では――召喚、魔法武器マガ・アルマ!」


 インギーがそう叫ぶと、カオルの両の手に輝く星屑たちが舞い落ち、やがてとある物体の形を成し始めた。その物体とは――


「銃……デザートイーグル? いや、似てるがアレよりも一回りほどデカいし、ちょいと銃身が長いカスタムメイドか。は、はは……右はクロームステンレスで、左は黒鉄色の二丁拳銃ね。なかなか粋じゃないか……気に入ったぜ?」


 ズシリと重い感覚が、カオルの戦闘意欲を刺激した。が、早速打ちたい衝動に駆られた途端……インギーがカオルの気持ちを読み取ったかのように、待ったをかけたのだった。


「魔法を使用するにあたり、注意事項を。魔法とは私とあなたの等価交換にて成り立ちます。つまり――あなたのとある物を少々いただいて、私はカオルに魔法を提供すると言う事です」

「とある物をいただく? やっぱ寿命を寄越せっていうんだろ! この詐欺師!」

「いえいえ、ちがいます。契約者の『純血』……つまり処女の血を少々、ほんの数滴いただくだけですよ」

「しょ、処女の血だと? 俺がハタチになっても童貞だからか? だから俺が選ばれたのか! ちくしょう、ドーテーだってバカにスンナよ」


 カオルがぷんすか怒って身構えた。そんな彼女に、インギーが呆れたように言う。


「バカになんてしてませんよ。そもそも我が主は、あなたの戦闘経験や用兵手腕を見込んで選ばれたんです。それに血をいただく際には痛みも何もあるいませんから、安心してください」

「ふぅん。で、なんだ我が主って?」

「あっと、そ、それはですね……ヴァ・ヘルをお作りになり、そしてあなた方人類に戦う術を提供なさる……そう、救世主……? みたいなものです」


 どことなく歯切れ悪く、彼らの主とやらの説明を語る。そんなインギーを見て、説明に制約や禁則事項が固く定められているのだと、カオルは心で察したのだった。


「救世主……か。まぁそう言う事にしといてやるよ。なにより、そいつに頼まないとリベンジも叶わないもんな……」


 カオルが微笑む。それにつられて、小さな一礼を見せるインギー。その返礼の中には、きっと大きな「すみません」が込められているのだろう。


「それはそうと……なぁ、インギー。血って……ホントにちょびっとだけだろうな?」

「あ、はい。でもですね、強力な魔法や魔法攻撃の連続使用なんかを行うと、血液を大量消費しますので気をつけてくださいね? 貧血や、事によると命の危険まで伴いますからね」

「一種のリミッターって事か。わかった、気をつけるよ」

「では最期に、その銃に名前を付けてください。魔法武器を召喚する際、その名を呼ぶ事になりますから。ちなみに収納するときは『収納クリア』と告げてくだされば結構です」


 子豚の最期の注文に、カオルはにんまり笑って答える。


「決まってるさ! 俺がついさっきまで愛用していた二丁の銃。『ジェイク』と『エリウッド』だ!」


 ババッと銃を構えて、右の「ジェイク」と左の「エリウッド」に目をやり、そしてインギーへと視線を移し――


「よろしくな、新しい相棒達!」

「はい! よろしく、カオル」


 言った後に「収納」と呟き、二丁の銃を収めて、ふぅと一息。


「さて、これからどうすればいいんだ?」

「はい。これからあなたが二年間、魔法使いとして修練を積む世界へ、そしてそのメイン環境となる学園へとご案内します」

「な、何? 二年もかよ! ンな事してる間に、人類滅亡しちまうぞ!」


 当然誰しもがそう思う事であり、異議を唱える場面。が、インギーは勤めて涼やかに、カオルへと語るのだった。


「大丈夫ですよ、カオル。あちらの二年は現実世界の二週間程度です。今は敵の攻撃も一応の落ち着きを見せている事だし、二週間程度なら人類滅亡はないでしょう」

「そ、そうか……二週間か。なら持ちこたえてくれるかもな……あの白いヤツさえ出て来なければ、だが」


 気にかかる、自分や戦友を全滅に追い込んだ未確認物体の動向。けれど、カオルに残された道は、これしかなかった。


「わかった。ならチャッチャと行って、早く卒業しようぜ!」

「が、その前に……他に何か質問はございませんか?」

「あ、ああ……ある!」


 この世界で新たな人生の出発を迎える事に、真摯に向き合う。そんな意思表示とも取れる神妙な顔つきでの挙手に、インギーは嬉しさと気合をこめて、カオルの名を呼んだ。


「はい、カオル。どうぞ」



「お……女の小便の仕方って、どうすんだ?」



「…………はい?」



最期まで目を通していただき、まことにありがとうございました!

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