第四章 第五話 コンクリート・ジャングル
「ねぇねぇ、中はどうなってるの?」
「ちょっと、押さないでよ」
「やーん、カオルお姉さまが見れない~!」
一年一組専用体育館周辺は、入りきれない生徒で溢れていた。
これから始まる、たかだか一試合のデモ・マガバトルに、これほどの注目度合い。それは、他のクラスにもカオルのファンが多くいる事の証明でもあった。
そんな中。
特等席にも匹敵する、体育館内部で観戦する一年一組の少女達は、目の前に広がる集団観戦用大型スクリーンに……そして、中央で対峙する二人の対照的な少女に、嫌が応にもテンションを高めさせられていた。
「これからデモ・マガバトルを始めます。準備はいい? 二人とも」
「「はい!」」
二人の少女――カオルとカーリーの、小気味良い返事が綾乃先生へと返される。
「戦闘スキンは制服を着用。バトルステージは、鬼首ヶ原さんのリクエストを採用して『一般日本都市』を選択。向こうへの進入ポイントは各自ランダムだから、そこから索敵するなり、罠を張るなり自由にしてね」
「了解」
「……(こくり)」
双方の承諾が確認された後、綾乃先生がバトル・フィールド進入用の扉を召喚した。
そこを通過すれば、それは二人の戦いの開始の合図。
「「「カオルお姉さま、がんばって~!」」」
「かおりーんふぁいとー!」
「鬼首ヶ原さ~ん! まけるなー」
たくさんの、カオルを励ますエールが聞こえる。
が、その中にはカーリーへと掛けられる言葉は一言も無い。
「お互い、悔いの無い様に戦おうぜ」
敵ではあるが……せめて自分だけは。
そんな考えの下、ゲートを潜ろうとするカーリーに向かい、カオルは言葉を掛けた。
が、どうやらその一言が、カーリーの神経を逆撫でした様子。
「高みから下層の者への哀れみか」
「哀れみ? いやいや、それは違うさ。私はただ――」
慌てて、誤解を解こうとするカオル。けれど、カーリーはそんな弁解をも、ピシャリと遮るのだった。
「自覚も無いか。救えない」
そう言ってカオルを一瞥し、カーリーはゲートに身を滑らせた。
「余計な一言で気を悪くさせちまったかな」
「カオル、余計な事は考えないほうがいいですよ」
「ああ、そうだな。戦いに集中しなきゃ、だ」
そして、カオルが両頬を掌でパンと叩く。
改めて気合を入れなおし、自らもゲートへと突入を開始するのだった。
高層ビル群の一角。
都会の死角ともいえるべき、お日様が真上にいる正午以外、常に薄闇が支配しているであろうビル郡の隙間にカオルは居た。
「これってどの辺りだろう」
「はい。マップを出しますね」
インギーの瞳が赤く輝き、その傍らに空間投影式のディスプレイを浮かび上がらせた。
「ふんふん。今居る場所は、ビルとビルの隙間で……ここからちょい行くと、三車線の広い道路に出るか」
「はい。おそらく敵とは距離を置いての配置でしょうから、暫く移動して狙撃ポイントを――」
と、インギーの言葉を遮って、カオルは言う。
「俺がカーリーなら、既に索敵は開始しているハズ。それに、だ……以前の戦いを鑑みるに、やつの居場所は分かっている」
「分かっている? それはどこです」
「へへ、まぁ見てなって」
そう言うと、周囲に気を配りつつ、カオルはビルの谷間から道路側へと移動。
そしてひょっこりと頭を出し、周囲を伺うのだった。
「周辺には、敵の気配は無し……と」
「カオル、くれぐれも気をつけてくださいね」
「ああ、分かってるさ。で――インギー、ディープパープルを召喚だ」
「はい。でも、敵を発見してからの狙撃ではないのですか?」
「いんや、敵はおそらくあそこだ」
ビルの陰に隠れ、にやりと笑みを見せるカオル。
「本来なら、あんなデカブツを操るヤツは、こんな小さい標的が隠れやすいフィールドでの戦闘を嫌うモンさ」
「そうですね。ですが、敵方はあっさりとカオルのフィールド指定を飲みました」
「だな。それはつまり、あちらさんもその方が良いって事だ」
「その方が良い? それはなぜですか」
「そいつはな、ヤツの攻撃方法が『隠れたネズミを燻り出す』のに最適な攻撃だからさ」
「ああ。あのドラゴンが口から発する火球、ですね」
「そういう事。着弾地点から隠れた場所の周囲ごとを吹っ飛ばす、えげつねぇ攻撃だ」
「ですが、それではカオルのほうが危ないじゃないですか」
「かもな。隠れている場所ごとふっ飛ばされちゃ、ビルの下敷きになるかもしんねぇな」
「では何故、カオルはこのフィールドを指定したんです?」
インギーの疑問に、カオルはディープパープルの檄鉄を起こしつつ、
「つまりは――こういう事さ!」
道路へと脱兎の如く駆け出し、得物の野太い銃口を上空へとめがけ、カオルは行動で答えるのだった。
―― ド ン ッ !
片側三車線の道路中央。
ディープパープルの発射の衝撃で、歩道付近に植えられた街路樹の青葉が揺れる。
そして、紫の弾道が向かうその先は、燦々と辺りを照らし出す――太陽!
「もう一丁!」
更に、ドンッ! という衝撃が走る。
真っ直ぐに伸びる二つの紫の軌道が、まるで太陽を貫かんと勢いよく伸びて行き――
「グオオオオオッ!!」
途端! 激しい雄叫びが、静まり返ったオフィスビル郡を震撼させた!
「太陽を背にしての索敵。素人には虚を突くセオリーかもしれないが……俺にはただの隙だぜ!」
次いで、ドンドンドンッ! とディープパープルの続けざまの三連撃をお見舞いするカオル。
そして打ち終わるや否や、素早いダッシュでコンクリート・ジャングルへと身を滑らせる。
その直後。
ヒュンヒュンヒュン! と、高速で風を切る音が鳴り――
―― ド ド ド オ ン ッ !
さっきまでカオルが立っていた場所めがけ、灼熱の火の玉がふりそそぐ!
三発の火球が着弾と共にアスファルトを抉り、周囲を吹き飛ばし、鮮烈な朱を周囲と飛び散らせ、猛り狂うのだった。
「ちぃっ。致命傷は負わせられなかった……ま、無照準じゃあ仕方がないか」
ビルとビルの隙間を駆けながら、カオルが残念そうに零す。
だがそれでも、経験則からの直感的な手ごたえを、カオルは感じていたのだった。
最後まで目を通して頂き、まことにありがとうございました!