第四章 第四話 ニューハーフ
午後。
一年一組のホームルームが終了し、綾乃先生が本日の授業の終わりを告げる。
「「「ありがとうございましたー!」」」
生徒達の挨拶を受けた綾乃先生が、笑顔で頷きを見せた後。はたと思い出したかのように、鬼首ヶ原カオルとパールバティ牧坂へ声をかけるのだった。
「鬼首ヶ原さん、牧坂さん。今日予定のデモ・マガバトルは、このあと三十分後に一年一組の体育館で行います。いいわね?」
「「はい!」」
二人同時に、小気味よい返事で返す。
その瞬間。カオルの心に、小さな緊張が顔を覗かせた。
「さぁて。いよいよカーリーとの対決だな」
誰に言うとも無く、小さく零す。
それは、このあとに迫ったイベントへ賭ける、意気込みの表れに他ならない。
「お姉さま、いよいよだね!」
真っ先に彼女の席へと飛んできた郡山音葉が、ワクワクを抑えきれないといった表情で応援の檄を飛ばす。
「かおりん、がんばだよ!」
次いで、エリオット・ヴァルゴの可愛い声援がカオルへと送られた。
「まかせろ、エリー」
「『まかせろ』ねぇ。余裕こいて凡ミスかまさないでよ? 鬼首ヶ原さん。この一戦、あなただけの問題じゃないんだから」
そして、カオルの気を引き締める叱咤激励。毎度、キリリと一本筋の通った意見を見せる赤坂千早だ。
「ああ、一応は分かっているつもりだ。だが、折角の千早の忠告だもんな。その言葉、肝に銘じるよ」
「わ、分かってるんならいいけど……無理な戦いだけはしないでよね」
「無理?」
「ええ。こないだみたく、貧血を起こすような」
「そうだな。ありがとう、千早」
カオルの言葉に気恥ずかしさを覚えた千早が、頬を赤らめ、ついっとソッポを向く。
「えへへ。ちーちゃん、かおりんが心配なんだね」
その一連の行動にエリーは嬉しさを隠し切れず、ニコニコ顔を振舞う。
「ば、バカ言わないでエリー。一応仲間なんだから、義理……そう、ただの社交辞令よ」
咄嗟に出た千早の言い訳も、どこか空々しく聞こえる。
カオルにはそれが可愛く見え、自然と頬が緩むのだった。
「あ~! 千早、あたしのお姉さまとらないでよ!」
と、千早とのほんわかした空気から奪還するように、音葉はカオルの右腕をグイと引っ張り、「ぷ~」とした表情でしがみつくのだった。
「ちょ、音葉! 腕に胸がくっついて……」
「女の子同士だからいいじゃん、お姉さま~!」
「いや、いいけど……や、あんまよくないって! 俺、そういう趣味ないから!!」
「あたしも無いけど~、お姉さまになら目覚めちゃってもいいかも」
そして音葉の、容赦の無いスリスリ攻撃が続く。
「鬼首ヶ原さんって、結構ソッチ系も寛容なんだ」
「い、いや違うって千早、誤解だ……つか音葉、マジでやめろってばー!」
もはや対カオル専用の攻撃要素にもなりつつある、音葉の蹂躙プレイ。
カオルの必死の懇願も、百合趣向少女の耳には届かない様子。
「あたしだって、別に百合属性じゃないけどさ……お姉さまってなんとなく『男子』っぽいでしょ? だからついつい甘えちゃうんだよねー」
「あ、分かるわかる。鬼首ヶ原さんって、どこと無くアニキっぽいよね」
と、千早までもが、カオルの男性的な部分を指摘しだした。
「ま、待て待て! 俺は……あ、いや私は女の子だぞ、華も恥らう乙女だぞ! お姉さまならともかく、アニキはよしてくれ」
でもまぁ、本当は「アニキ」のほうがいいんだが……内心思うカオル。
だが、もし秘密にしている「実は20歳の男性である」という事がバレたら、もしくはそんな勘繰りを持たれたら――自分はこの場所にいられなくなるかもしれない。
(そうなると、皆の、そして俺自身の復讐が果たせなくなっちまう)
カオルには、それが一番の「不安事項」に思えた。
「でもさ、やっぱカオルお姉さまのワイルドさって魅力じゃない? 女子だったとしても、私はアリね!」
「私も、カオルさんの男っぽさにあこがれちゃうなぁ」
「鬼首ヶ原さんってさぁ、実は男だったりして」
「きゃー! 実は性転換!? モロッコ系!?」
「ヤダ、アレをとっちゃったとか? ニューハーフじゃん!」」
「ば、バカ! そんな事どこで覚えてくんだよ」
「じゃあさ、じゃあさ! お姉さま、男と女どっちが好き!?」
「あ……いやその……そんなのよくわかんねぇよ!」
周囲に生徒達の輪が広がり、カオルを囲んでのちょいシモ話が華を咲かせた。
(男子がいないとなると、こいつら遠慮や恥じらいに容赦がネェな……逆にこっちが恥ずかしくなるぜ)
と、カオルは困惑の色を隠せないでいた。
そんな時。
「鬼首ヶ原カオル。いつまでつまらない話をしている?」
小柄な人影が、人垣を割ってカオルの前に歩み出た。
「や、やぁ。すまないカーリー……待たせちまったか?」
「……さっさと行こう」
多くを語らず、ただ、周囲の生徒達を睥睨するような目でぎろりと見渡し……対戦者であるカオルに「早く」の催促を送る。
だが、カオルにとってその行為はまるで「実は男女なんじゃないか?」という、周囲の好奇から救い出してくれたかのようでもあった。
「ありがとな、カーリー」
対戦場所である、一年一組専用体育館までの道すがら。
カオルが、少し前を歩く小柄な黒髪ボーイッシュ少女に向けて言葉を掛けた。
「何?」
振り返りもせず答えるカーリー。
「ちょうど、みんなにオモチャにされて困ってたんだ」
「別に」
そっけなく答える。
が、カオルにはなんとなく分かった。
『別に』
それはカオルを、かしましい話題華咲く渦中から救ったという「自覚」があるということ。
つまり――意識して、カオルに声をかけたのだ。
(やはりこいつは、周囲に気を配れる思いやりのある戦友だ……けれど)
そんな事を考えながら、ぞろぞろと付いてくる生徒達を振り返り、カオルは「ふぅ」と笑顔のため息。
(このギャラリーの目の中、カーリーに「素直になれ」って言うのは無茶すぎるか)
カオルは改めて、この褐色の「ひねくれ」少女を仲間にするのは難しいという思いに苛まれるのだった。
最後まで目を通していただき、まことにありがとうございました!