第三章 第九話 思惑
「失礼します。花岡先生、いらっしゃいますか?」
保健室のドアを開け、一礼と共に挨拶を述べる。
そんなカオルに、少々艶っぽい返事が出迎えた。
「うふ、待ってたわよカ・オ・ル・ちゃん」
花岡先生の意味ありげな言い回しは、カオルにとってなんだかおっかなさが見え隠れしている気がした。
(本当にこの人、生徒に手を出すんじゃないか? エロい意味で)
カオル自体、女性のそういった部分に完全ノータッチで人生を送ってきた故、対処の方法を全くといって良いほど心得ていない。
(もし、検査の名目で全裸にされて、あちこち調べられたらどうしよう? いや、そういうプレイがあるって但馬一曹から聞いたことがあるけれど……俺は今、14歳の女の子だしなぁ)
そんな考えを巡らせつつ、入り口付近で立ち止まるカオルに、花岡先生は一枚の紙切れを手渡し、言うのだった。
「そこに書いてある設問にチェックを入れて頂戴ね。あ、何も今すぐじゃなくても良いわ……そうね、明日までに提出してくれればそれでオッケーよ」
「あ、はい……なんだ、検査とかは無いんですか?」
「あら、なあに? 触診して欲しいの?」
なにやら手をワキワキとさせながら、エロさ漂う笑顔でカオルを見つめる花岡先生。
「ひぃ! レイプされる」といわんばかりに引くカオルを見て、満足そうな高笑いを見せるのだった。
「うふふふ、いいわねぇ。あなたはイジリ甲斐があって面白いわ。冗談だからそんなに引かないの」
「冗談、ですか。でも先生、目が全く笑ってないですよ」
花岡先生の目は、おそらく小学生でも分かるほどの真剣なまなざしだった。
「…………まあそれはそれとして、今しがた聖川先生からの通信で聞いたわよ。あなた、貧血を起こしたんですって? 何か、大量に血液を消費する事でもあったのかしら」
不意の言葉に、カオルは一瞬ギクリとなる。
「あ、いや……そう、実はですね……綾乃先生が席を外している間に、新しいPASの試し撃ちを……その……」
「へぇ。そりゃあ、新しい玩具を手に入れたら、早速触ってみたくなるものよね」
「すいません……どうか、綾乃先生には御内密に」
「仕方ないわね。貸し、イチよ?」
にやりと笑う花岡先生の瞳の奥にまた宿る、何か言いようの無い「エロ恐怖」を感じたカオル。
果たして、内緒にしてもらったほうが良いのか。それとも貸しを作らないほうが良いのか。
そんな選択肢が、カオルの脳内をぐるぐると目まぐるしく巡るのだった。
「ま、聖川先生のモバイルに、あなたの行動データが送信されているだろうから……隠し通す事は出来ないわね」
「ま、マジですか!」
カオルははたと感じた。
(考えてみれば、それはそうだ。だが、となると……先生達の言い分に矛盾が生じるな)
そう思った矢先。
カオルは、インギーがこちらを振り向き、視線を投げかけてきた事に気付く。
それは無言ながら、瞳の奥が雄弁に物語っている様子――教諭達に矛盾がある、と。
「ああっと。先生、そろそろ授業に戻ります。ありがとうございました!」
「え~、もう帰っちゃうの? まぁいいわ、とにかく明日までにその質問用紙を持ってきてね」
「はい、じゃあ明日」
ぺこりと一礼の後、カオルは静かに保健室のドアを閉める。
そして数歩歩いたところで、インギーに小声で問うのだった。
「気がついた、よな? インギー」
「はい。教諭方の辻褄が合わない言い分、ですね」
「ああ。アヤちゃんは、教師用のモバイルを持っていた。おそらく、俺がフィールドに行った事は、筒抜けになっていたハズだよな……だが、何も言わなかった」
「それに、花岡教諭と会って会話をしていたという事でしたが、花岡教諭はご存じない様でしたね」
「俺が魔法少女に変身の後、向こうでドンパチやったってのは、確実に知られているだろう。なのに何も言ってこない。俺を泳がせている?」
「そうかもしれませんね」
「って事は、アヤちゃんが何かたくらんでいる……もしくは、たくらんでいた。と言う事だよな」
「おおむねそう考えるのが自然でしょう」
「泳がされてるってのは、なんだか居心地が悪いな。直接尋ねるか?」
「ですが、聖川教諭には何か考えがあっての事ではないでしょうか」
「考え?」
「ええ。教諭はアレでいて、結構な切れ者だと伺っています」
「アレって部分にちょいと引っかかるが……まぁそうだな。俺の知る限り、アヤちゃんは昔っから度胸も据わってるし、何かと考えを秘めている節はあったんだよな」
「では、その『考え』にあえて乗ってみては如何でしょうか?」
「泳がされてみる……か。それもまたいいかもな。聖川先生の教師としての手腕、拝見といこう」
「だからって、そう問題ばかり起こさないでくださいよ? カオル」
「わ、わかってるさ。人をトラブルメーカーみたいに……」
インギーがカオルの肩にちょこんと乗った。
それは、言葉ではなく行動で伝えた「信頼」だった。
「千早やエリーとのチームの事、カーリーとの一騎打ちの事、魔法力の調整の事、そして――その先のこと。問題は山積みだな」
「そうですね。でも、カオルならきっと全てをやり遂げますよ」
「はは。褒めても余分な血はやんねーぞ」
「結構です。私は吸血鬼ではないですよ」
二人に漂う、互いを相棒として受け入れている空気。
そこには、もう数年来の戦友といった貫禄が見受けられるのだった。
最後まで目を通していただき、まことにありがとうございました!