第三章 第八話 スーパーヒロイン
「カオル、そろそろ戻らないと」
「ん、戻る?」
「忘れたのですか? 我々は聖川教諭の許可なしに、独断でバトルフィールドに進入したのですよ」
「あ、そうだ忘れてた」
すっかり「仲間を得た」という今の心地よさに酔いしれてていたカオルが、はたと我に返って慌てた顔を覗かせる。
「何? 先生に断りなく、勝手にこっちに来ちゃったワケ?」
「あ、ああ。綾乃先生が席を外したときに、丁度お前達がピンチになってさ……つい、じっとしてらんなくって」
「あっきれた。すぐ戻りなさいよ」
「そうするよ。エリー、それに千早リーダー。まああとで!」
「ちょっ! その呼び方やめなさいって」
「かおりん、またあとでねー!」
にこやかに手を振るエリーと、ちょっとふて気味の千早。
対照的ではあるものの、二人の心には共通の思いがあった。
『ありがとう』
言葉には出さなくとも、カオルにはなんとなく分かっていた。
戦友を窮地から救ったときの、あの感覚。
それが、二人からそこはかとなく漂い、カオルに伝い感じている。
「じゃあな!」と背を向けたままのカオルの、眦がほのかに緩む。
それは、改めて二人を「戦友」と認識した瞬間だったのかもしれない。
「聖川教諭、きっとおかんむりですよ」
「だよなぁ。アヤちゃんって怒るとオッカネェんだよな」
基点となる草原に、ひっそりと佇むバトルフィールド・ゲート。
まるで悪戯をした子供のように、カオルはそっとそのドアを開き、中の様子を伺った。
「あ、誰もいない……インギー、俺達ぁツイてるぜ! アヤちゃんはまだ便所だ」
「カオル、気を付けてください。口がお下品になってますよ」
「おっといけない。つい気が緩んじまった……ゆるんでしまいましたわ」
カオルは、どこか白々しく言葉を正す。
と、そんな折。体育館の扉が開き、聖川先生がニコニコ顔で登場した。
「いやぁ、メンゴメンゴ。そこで花岡先生に会っちゃってさ、ちょこっと世間話してたら遅くなっちゃって……で、何か問題はあったかしら?」
「いえ、何もありません」
いけしゃあしゃあとすまして言うカオル。
そんな彼女に、インギーは呆れたポーズを見せるのだった。
「そう、ならいいわ。ところで鬼首ヶ原さん」
「は、はい?」
一瞬、「ばれてるんじゃないか?」と、カオルが小さな反応をみせる。
「今から保健室へ行ってくれないかしら」
「保健室?(ホッ。なんだ違ったか)」
「そ。あなたの調整後のデータが取りたいらしいの」
「デ、データですか!?」
(や、やばい。もし無調整だってのがバレたら……)
もしかして、の考えがカオルの脳内を過ぎる。
と、そんな矢先の事。
目の前が薄闇に包まれ始め――足の力が無意識にすぅっと抜けていく感覚に見舞われるのだった。
(この症状は貧血――しまった、魔法力を使いすぎたか)
心で思う間もなく、カオルは崩れ落ちそうになる。
だが、そんな彼女の右腕を咄嗟に抱きかかえ、支えてくれる存在があった。
「鬼首ヶ原さん、大丈夫!?」
聖川先生だ。
慌てた口調で、少々意識が混濁しかけているカオルへと言葉を掛け、
「調整が上手くいっていなかったのかしら……気をしっかりもってね、鬼首ヶ原さん」
心配顔でカオルを覗き込むのだった。
「あ……あはは、大丈夫です、もう大丈夫」
かぶりを振り、ちょっとしためまいをアピールする。
それは、これ以上アヤちゃんに心配はかけられないというカオルの、精一杯の努力だった。
「足のふらつきも納まりました。とにかく、保健室に行ってきます」
「じゃあ、付き添ってあげるから一緒に――」
「いえ、大丈夫です。インギーもいますし。な、相棒」
「そうですね。私がいますので、何かあればご連絡します」
「そう? じゃあ相棒さん、鬼首ヶ原さんをよろしくね」
「まかせてください」
胸をポコンと叩く素振りで、インギーも安心をアピール。
「じゃあ、行ってきます」
一礼と共に、カオルは体育館を出た。
重い足取りで向かう、保健室。
が、その脳内は、実に軽やかにさっき得た戦闘経験の吟味に取り掛かっていた。
(相手のデータが分からない場合、持てる火力を最大で、がセオリーだが……戦闘解除後の事を考えると、もう少し力をセーブして、最大値を下方修正したほうがいいな)
「本当に大丈夫ですか? カオル」
心配そうにインギーが尋ねる。
「なぁに、大丈夫だ」
「ならいいのですが」
「気にしてくれるんなら、もうちょっと純血の摂取をサービスしてくれ」
「残念ですが、私の一存では……」
「はは、冗談だよ」
小さな笑顔により、カオルは小さな子豚に安心感を与える。
実際、カオルに然程辛い症状は無く、ただ気だるさが足枷のように感じているだけだった。
「心配……か」
カオルがポツリと零す。
「勿論心配ですよ」
「ああ、ありがとう。だが、そうじゃないんだ……」
「と、言いますと?」
インギーの問いに、カオルは少し遠い目で何かを考える素振りを見せた後、とつとつと語るのだった。
「戦闘後、いちいち他人の心配をしてくれる奴なんていなかったなあ……てさ」
それは、今まで経験してきた「殺伐とした戦い」とは打って変わった、言わばカオルにとって、未経験の戦いとなる。
この、どこかケツがこそばゆくなる仲間達とのフォロー重視のチームワークに、カオルは微かな心配と、新たな嬉しさを覚えるのだった。
「今までの俺――いや、俺達軍人は、ただの消耗品だったんだ」
「――カオル?」
「だが、ここでは……一人ひとりが大事な『戦力』なんだな」
少し寂しそうに語るカオル。
それは、死んでいった仲間達の存在が、ただの捨て駒だったのでは? という思いに駆られたせいでもある。
「戦力……いえ、それは違いますよ、カオル」
「違う?」
「そう。あなた方魔法少女は、戦うだけの存在じゃありません」
「じゃあ、なんだってんだ?」
「それは――英雄です!」
「ヒーロー?」
「そう。人々を救い、希望を与える。それがあなた方魔法少女の使命なのですよ」
「ヒーロー……か」
「軍隊や兵士、などの存在ではありません。平和を乱す者達と戦って、人々に安らぎと笑顔を取り戻させる。そういう存在なのですから」
いつになく饒舌に語るインギーに、カオルは少々面食らった。
が、すぐにその意味を理解し、
「そうか。軍人ではなく、ヒーローか」
「そうです。あなた方は捨て駒なんかではありませんよ」
「はは……なんだか俺は、とんでもない勘違いをしていたらしい」
「勘違い?」
「ここでも、軍人然とした戦い方で望むべきだと。そう教えられるものだと……思い込んでいた」
「十四歳の少女達に、それは酷というものですよ」
「だな。なら、ヒーローとして活躍させるよう、指導するのが自然か」
「そのほうがモチベーションも上がりますからね」
「ってぇと、やっぱ女の子だからヒーローではなくヒロインだな――そう、スーパーヒロイン!」
「漫画チックな方が、逆に現実離れしてて、ノリノリになるかもしれませんね」
「だが、そうなると調子に乗る輩が必ず出るな」
その瞬間。二人の脳裏に「郡山音葉」の姿が浮かんだのは、無理も無い事だろう。
最後まで目を通して頂き、まことにありがとうございました!