第三章 第七話 赤坂千早の事
「私を、お前達のチームに入れてくれないか?」
鬼首ヶ原カオルのまなざしは、至って真っ直ぐだった。
そこには、「ねぇ、帰りに買い食いして帰るんでしょ? 私も一緒にいいかな」という仲良し同士の馴れ合いや、「私と一緒に世界を変えてやろう」などといった己の器を理解せず、ただの自惚れ故の思想などは一切無く、ただひとえに「共に戦う仲間」を求めての真剣さだけが、熱く輝いていた。
「すごいよ、ちーちゃん! かおりんが一緒のチームに入ってくれたら、戦力倍増。こわいものなしだよ!」
「え、ええ……そうね」
無邪気に喜ぶエリオット・ヴァルゴの声に、赤坂千早は些か戸惑って答えた。
「いやいや、そいつは言い過ぎだって。私はまだ魔法攻撃力の微調整に難アリの身だしな」
「それでも、あのアーク・エンジェルのバリアを貫通させる威力があるんだよ。かおりんはすごいよ」
「はは。さっきも言った通り、千早とカーリーの援護、そしてエリー。お前のアシストのお陰だよ。お前達がいれば、この先いかなる状況にも対応可能な闘いができるぜ。そう、こんなプログラムで出来た偽物のではなく、本物の敵とだってさ」
カオルの言葉に、エリーは少し照れて「にへへ」と笑う。が、千早は、そんな彼女の台詞の意味に気付き、一人心の中で思い入るのだった。
(コイツ……未来を見据えている。「今」ではなく、来るべき悪魔獣との本当の闘いにおいての「仲間」を、私達に求めてるんだ)
千早の胸に、何か熱いものが込み上げる。そして、自らの弁護的な「言い訳」を探すのだった。
(わ、私だって、考えていなかったワケじゃないわ……)
確かに、仲間の存在や戦いにおいての今後の展開を、毎日彼女なりに考えてはいた。
しかしながらそれは、今この場の――学園内での模擬戦においてのみの事……。
そして考えれば考えるほど湧き上がる、鬼首ヶ原カオルに対して、言いようの無い感情の高まり。
自分自身では分かっていた。
それは怒りや嫉妬などの「負の感覚」などではなく、特別な人物を受け入れたときのような、嬉しさに高揚する気持ち。
だが、それが何なのか理解するには、14歳の少女には少々荷が重すぎた。
故に、カオルの求めに対し、千早は戸惑いを隠しきれずにいるのだった。
「ダメかな?」
「え!? あ、いえその……」
千早はほんの瞬刻の間に、己を振り返る。
省みて、自分は今までどういった志向で行動してきたか。
強ければいい。
仲間など必要ない。
そして、自分が中心に立ちたい。
そんな考えに拘り、他者を下に見ていた。
エリオット・ヴァルゴに対しても、おそらくは友達の名にかこつけて、気付かぬ内に彼女すらもそういった目で見ていたかもしれない。
赤坂千早の家系は、古より続く剣術の道場「飛天赤坂流」を掲げている。
幼い頃より剣技の稽古に明け暮れ、友人といえる人物はエリーしかいなかった。
そこに来て、「何においても常に一等になれ」という父の厳しい教えが、千早の性格を「周囲から孤立させるように動く」方向へと向けられていたのかもしれない。
けれど。
鬼首ヶ原カオルが見せた一連の行動はどうだろう。
周囲に対して常に目を向け、臨機応変に対処する思考。
物事を「勝ち負け」の二極だけで捉えず、常に最良の結果を目指す意識。
そして、仲間を思いやる心。
(本当のリーダーって、そういうことなのかな……)
千早は、うっすらとではあるが、そんな意識を脳内に広げ始める。
「ねぇねぇ、ちーちゃん! かおりん、仲間になってもいいでしょ?」
と、少し頬けた感じの千早に、エリーの可愛くはしゃぐ声が響く。
「え、ええ……そう。鬼首ヶ原カオル『さん』が仲間になれば、この先の悪魔獣との戦いに幅が出るわね」
「じゃあじゃあ、いいんだね!? かおりんが仲間になっても」
「ええ……いいわ。いえ、喜んで仲間として受け入れさせてもらう」
「やったぁ! よかたね、かおりん。これからよろしくね」
「ああ。こちらこそよろしくな……そして千早」
「な、何? 鬼首ヶ原さん」
「ありがとう」
「……うん」
まぶしい。
千早は、鬼首ヶ原カオルが、太陽のように見えて直視できないでいる。
そんな彼女に、俯き、小さく返すのが精一杯だった。
「で、だ。ついては、提案があるんだが」
「「提案?」」
仲間になった二人に、不意に掲げられた、カオルからの申し出。
おそらくは無理難題の類ではないだろう。そう感じつつ、二人は揃ってカオルに尋ねる。
だが、カオルの申し出は、新しく仲間に加えてもらった身としては、実に法外で、荒唐無稽とも思える「願い」だった。
「カーリーも……パールバティ・牧坂も仲間に加えちゃくれないかな?」
「「ええッ!?」」
その驚きは無理もなかった。
いつの間にそんな約束を取り付けていたの? という疑問符が千早の頭を駆け巡り、気付けば、無意識に言葉としてソレを発していのだった。
「いや、まだ何も」
「まだって……約束したのならまだしも、そんなの無理に決まってるじゃない!」
「なんでさ?」
「だって……相手はあのカーリーよ? あなたと一戦交えようとしている相手なのよ」
千早の否定は無理もなかった。
クラスでも、いや、学園内でも一二を争う性格問題児(自分含む)を、本人の承諾もなしに仲間に加えようとしている。その行為が、どれだけ無茶か……自分自身に置き換えてみれば、おのずと答えは見えているに他ならないのだから。
「大丈夫。俺に任せてくれ」
それでもカオルは、さっき見せた真っ直ぐな瞳で食い下がる。
「その、根拠は?」
「ヤツの瞳さ」
「瞳?」
「そう。瞳の奥にある、寂しさと意地。ソレが見えた気がしたから……かな?」
「かな? って……もし、上手くいかなかったら?」
「う~ん、そだな……1000ASPやるから誤魔化されてくれ」
「ば、バカ。いらないわよ、そんなの」
「あはは。すまないが、新参の加入早々無茶は分かってる。が、さっきの戦いを見たろ? ヤツは遊撃手として最適な人材だ。俺達のチームには欠かせない存在であるのは間違いない」
「そう……わかったわ。でも、そんなの、私達にわざわざ断らなくても――」
そんな千早の言い分を割って、カオルは笑顔で返した。
「お前がチームリーダーだからさ」
その答えに、千早の鼓動が、一際大きく脈打つ。
気付けば何か大きなモノを背負わされた。いや、背負っていたのだという実感。
今までエリーと二人で戦ってきたときから既に背負っていた「責任」を、千早は今、改めて思い知らされたのだった。
「わ、わかったわ鬼首ヶ原さん。あなたの判断に任せます」
「そうか、わかった。ありがとうな、リーダー」
「リ……リーダーって!?」
顔を真っ赤に染めて、あたふたとする千早。
そんな彼女に、カオルは少し茶化したように言う。
「あと千早、『さん』付けなんてよせよ。今まで通り呼び捨てでいいぜ? 千早隊長」
「――え? あ、でも……」
「だってさ、なんだかケツがこそばゆいんだよ。そういうの」
「……嫌?」
「ん? んまぁ、嫌ッちゃあ嫌かな」
「そう……」
途端。千早の照れた表情が、一瞬収まりを見せた。
次いで――彼女の口の端がニヤリと上がり、悪戯なソレへと変化する。
「なら、もっと――脳内までむず痒くしてあげようかしら? ねぇ、『カオルお姉さま』」
「お、おねえさまって……勘弁してくれ、そいつは音葉達だけで十分だよ!」
「フフ、冗談よ。私をリーダーなんて呼ぶから……これでおあいこね」
千早がクスリ、と笑ってみせる。
そこには、間違いなく自然体の14歳然とした少女がいた。
最後まで目を通していただき、まことにありがとうございました!