第三章 第五話 危機
遥か遠くまで一望出来るほどの高さを誇る、ビルの屋上。
その昇降口の頂に陣取り、新たな相棒である「ディープ・パープル」の照準機を覗き込むカオル。
第一射目の直撃に気を良くし、小さな頬笑みを浮かべる……も、すぐさまその笑みはぬか喜びだと気付かされる。
「いい手応えだったが、弱点じゃなかったようだ」
「ちっ」と小さな舌打ちと共に、第二射目の装填にかかる。
と、そんなカオルに、インギーは「朗報」の到来を知らせるのだった。
「カオル、エリオット・ヴァルゴから通信です」
「通信? ああ、そういやそんな機能があったっけか。いいぜ、繋いでくれ」
『――プツ。かおりん、助けてくれてありがとう!』
「はは、どういたしまして。と言いたいところだが、一撃一殺とはいかなかったよ」
『かおりん、こいつの弱点は頭部の眉間辺りだよ。でもね、攻撃しようとすると、頭部にビーム・バリア系の防御を張っちゃうの」
「へぇ。って事は、そのバリアごと突っ切る攻撃をお見舞いするか、もしくは――」
『そう。あとは、ヤツに気づかれないように奇襲か、もしくは誰かが注意を引いてその隙を狙うかね』
エリーとの通信に、千早の声が割って入る。
その口調は、カオルに向けての「共同戦線」を暗に願い出ているかのようでもあった。
「千早、お前はヤツのバリアごと貫けるような必殺技《PAS》は持っているか?」
『ええ。飛天赤坂流・剛突衝斬なら、きっと』
「よし、わかった。俺が遠距離射撃でヤツの注意を引く。千早、お前は隙を突いて、そのご自慢のPASを決めろ」
『え……ええそうね、やってみる。そのためには、しっかり敵の気を引いてよね』
「お前こそ、しくじるなよ?」
『言ってくれるわね……まぁいいわ、とにかくよろしく!』
「ああ。んじゃあ、いっちょやっってみっか!」
カオルは新たな気合と共に、遠距離照準気を覗き込む。
望遠レンズ越しに見える巨大な敵は、どうやら狙撃手の気配を感じ取り、こちらを向いている様子だ。
「いいぜ? そのままこっちに気を向けてろよ」
そう呟きつつ、トリガーに添えてあった人差し指に力を込める。
――ドンッ!
激しい衝撃と共に、紫色の閃光が、銃口から一直線に伸びてゆく。その目指す先は、カオルへと進路を向けた大型悪魔獣だ。
「オーケィ。そのままそのまま」
空を駆る「一撃」は、まるで吸い込まれるように敵の頭部中心少し上の、所謂コメカミ辺りへと進む。
そして絶妙のタイミングで、標的を捕らえようとした――その瞬間!
カオルの狙撃を警戒していたのか、敵は「意図も容易く」といった素振りで頭部へとビームバリアを展開。ものの見事に、カオルの一発を弾き返したのだった。
「なるほど、いい防御だ。だが、一発弾き返したところでいい気になるなよ」
素早く第三射目を装填。照準を再び敵の頭部へと絞り、繰り出す!
その衝撃音がカオルの身体を駆け抜けたすぐ後、弾丸の軌道の行き着く先を確認する事も無く、カオルは第四射目の装填にかかり――
「もう一丁!」
五射目となる紫の一矢を放った後、
「召喚・弾倉!」
マガジンを抜き去り、新たに呼び出したソレと交換。
「おまたせ、悪魔獣!」
再び弾倉が空になるまで、自棄とも神頼みとも思える連撃を放つのだった。
当然、そのどれもが有効打にはならず、ただ悪戯にカオルの純潔を奪う行為にしかならないでいる。
そう、傍目からすれば……そして当の悪魔獣からすれば、そう思わせるに十分な無駄撃ちだった。
しかし、二つの有益な事柄がその一打一撃に篭っている事を、カオルは確信していた。
「なるほど、このディープパープル……いや、俺が扱う魔法武器は、魔力のタメ攻撃が出来るのか」
それは、自らの戦いにおける才能故か、感覚的に気付いた事だった。
上限無視の基本魔法攻撃力を、自らでコントロールするという、手探りの実践調整。
カオルは、そんな無謀ともいえる事柄を、ほぼ無意識の内にこなしていたのだ。
(そうか。弾丸に念を込めて打つ。この感覚で、弾丸に基本魔法攻撃力をプラスしてやると……おお! 悪魔獣のヤツ、さっきよりよろけやがった。ヤツへの攻撃が、目に見えて大きくなっているのが分かる)
魔法弾丸へ魔法攻撃力注入のための時間が少々かかるものの、攻撃力の増加を確認。
それはこの先、対悪魔獣戦で大いに役立つ事だろう。
そしてもう一つ。
カオルに気をとられているアーク・エンジェルの死角から、殺気を収めて近づく刃……千早の、いつでも切り付け可能な位置へのスタンバイが完了したのだ。
「いいぞ……俺が徐々にディープ・パープルの威力を上げた事により、ターゲットの優先順位が俺へと固定されたようだ。もう千早たちには目もくれず、こっちに向かってきている」
このとき――カオルの脳裏には、自ら最大に近い魔法攻撃力を込め、敵のコアをバリアごと打ち抜く、という選択肢もあった。
だが、今は個人的な思考行動で動くソロプレイではなく、チームプレイの最中だ。
予定を無視した勝手な行動は、チームの和を乱す愚作に過ぎない……それに、この戦闘では千早に花を持たせるため、今の自分は囮役に専念すべきだろう。
それが、軍隊で教わってきた、そして戦いの仲で学んできた「チームプレイ」だった。
が、時には臨機応変と言う事も大事だと、カオルは知る事となる。
『ちーちゃん、かおりん! レーダーに感ありだよ』
「何!?」
『小型悪魔獣多数確認! あっ大変、ちーちゃんに向けて進行中』
「ぐっ、こんな時に……」
「カオル、私の肉眼でも確認できました。日本襲来型、浮遊人型二式一号――所謂初期型の『天使』です。その数二十五」
カオルが望遠照準器辛目を外し、インギーが視線を送る先を見る。
「見えねぇな。インギー、お前どんだけ目がいいんだよ」
インギーの視線の先へと銃口を向け、そしてもう一度、照準器を覗き込む。
そこには、羽の生えた三角の円錐の上に球体が付いており、そして四角い棒のようなものが四本、手足のように付いた物体が多数見受けられた。
「お、見えた見えた……なるほど、初期の天使か。大した事は無いが、些か数が多いな」
「それにです。そうこうしている内に、おそらくはあと少しでアーク・デーモンの射程圏内に入りますよ」
「だな。畜生、モタモタと魔力調整してる場合じゃなかったな」
早めにケリを付けるべきだった。そう、カオルの脳裏に後悔が漂う。
「インギー、千早とも回線を繋げ。出来るか?」
「勿論です。どうぞ」
「千早、お前は一旦雑魚掃除に専念してくれ!」
『あなたは?』
「このディープ・パープルを最大限に活用して、なんとか大天使の野郎に風穴開けてみせる」
『で、できるの!?』
「さぁ、分からない。一か八かだ! とにかくやってみる」
『そう、わかったわ。どうか幸運を!』
「ああ、お互いにな」
後悔したって仕方が無い。状況の変化を捕らえ、臨機応変に対処する。
味方からの援護の無い状況下、敵からの挟撃を受ける前に、メインターゲットを仕留めなければならない。
きっと、アーク・エンジェルを討つには易いだろう。
だがその後、雑魚とはいえ大勢もの敵を、残り少なくなった魔法攻撃力で迎え撃てるだろうか?
「考えたってしゃーない! やるだけやってみるさ」
そして、カオルが出した答えは――アーク・エンジェルへの集中!
バイポッドを床へと固定し、寝そべった状態で照準器を覗き込む。
『かおりん! 大天使のレーザーの射程はおよそ500メートルだよ。それまでに……ああ、たいへん!』
「またぞろ、今度はなんだ?」
『かおりんの背後に小型悪魔獣の召喚を確認! その数、十! 気をつけて』
「気を付けてったってな……まったく、無茶振りが過ぎるぜ」
ヤレヤレとかぶりを振りつつも、レティクルをアーク・エンジェルの頭部へと合わせる。
あとは、基本魔法攻撃力の、魔法弾丸への注入のみ。
神経を集中させ、自らに篭る力を弾倉の中の一発へと注入するイメージを思い描く。
「こっちの発射が早いか、雑魚の襲来が早いか。勝負だな」
若干だが、こっちのほうが早い。
カオルには、漠然とではあるが自信があった。
弾丸へと魔力を注入する気配・感覚が、薄っすらと分かる……もうじき頃合だ。
しかしながら、次いで発せられたインギーの一言に、その自信はかき消される結果となってしまう。
「カオル! 天使達がスピードを上げました」
「嘘だろ……オイ」
急激に加速度を増した天使達の集団は、カオルの背後すぐそこまで迫っている。
その異様なまでの気配は、彼女自身、背中でひしひしと感じていた。
最後まで目を通していただき、まことにありがとうございました!