第三章 第三話 レベル
カオルが降り立った場所。
そこは、フィールドの出発地点である、森林の中にぽつんと開かれた平原だった。
「さて、と。慌てて来たはいいが……アイツらはどこにいるのやら」
「廃墟となった市街地で戦闘を行ってましたので、おそらくは南の方角です。市街地ゾーンはそこにしかありませんから」
「分かった。なら急いで行こう」
「ですが! いいですか、カオル。くれぐれも力の加減を念頭において戦ってくださいね」
「ああ、分かってるさ。んじゃ、行くぜ!」
気合と共に右足で大地を蹴り、渾身のダッシュ!
「うぉあッ! は、早い」
ビュンッ! と、初速からまるで弾丸のような瞬発力を見せる自らの能力に、一瞬カオルが驚きの声を上げる。
だが、その足は止まらない。改めて感じたその身体能力に驚きつつも、自身の思考は至って冷静に、今起こっている事実のみを受け止めているのだった。
「鬱蒼とした木々の中を猛スピードで駆けてるってのに、その一本一本や足場までもを理解し、ルートを選別・確認できる。まるで、もともとこの超スピードで生きてきたって感じだ」
「最初は戸惑うでしょうが、次第に慣れてきますよ。その証拠に、どの生徒も一ヶ月以内で違和感を克服し、自分のものにしています」
隣を空中併走するインギーが、過去のデータを披露する。
けれどカオルは、その情報はもはや必要としなかった。
「大丈夫だぜ、相棒。もう慣れたさ。つーか、ハナっから違和感なんか無いぜ?」
「へぇ、それは本当ですか?」
「ああ。何て言うか……自分の動きや周囲の全てを、五感以外の何かで感じてるって気分だ」
「なるほど。本当に驚くべき感です」
「戦場で生き延びるために培われた順応能力ってヤツかもな」
言って、カオルがニヤリと笑う。
インギーはその笑顔に答え……ようとして、一瞬、何かを深く思案するかのような表情となった。
「ん、どうしたインギー?」
「あ、いえ……少し思うところがありまして」
「何だよ、思うところって」
「はい。先ほど行ったプログラムの書き換えの際にエラーが出た件なんですが」
「それが?」
「その原因が、なんとなく分かった気がしたような、しないような……」
「どっちだよ」
「いえ、ただの思いつきなので私も自信がないというか」
「気になるだろ、とにかく話せって」
「はい……私の推測ではおそらく、カオルがもともと持っている生前の戦闘レベルと、現在の魔法少女としての戦闘レベルに、何らかの差があるのではないかと」
「差?」
「ええ。カオルが今得ているレベルは5ですが、実際の戦闘レベルは計り知れません。これは憶測ですが、そこにエラーが生まれる原因があるのではないかと」
「……そう思える根拠は?」
「そこに至る理由は二つ。一つにはその、今カオルが見せている、現在のレベル以上の身体や順応能力の高さです」
「今の俺の動きや感覚は、現在のレベルではあり得ないって事か?」
「正直、そう感じました」
「ました? 過去形だな」
カオルはインギーの何気ない言葉に、小さな違和感を覚えた。
「ええ。そう感じたのは、つい先ほどの事なんです……つまりは、メンテナンスエリアで気になっていたのですが――」
「もしかして、俺の新たな相棒……ディープパープルの事か?」
「その通り。今のカオルのレベルにしては、すごく威力のありそうな……そんな気がしたのです」
心配そうに語るインギーに、カオルは笑って返した。
「そんなの、見てくれだけかもしれないぜ?」
「まぁいずれにせよ、その答えは試し撃ちしてみての事でしょう」
「そうだな。確かに、今はまだ確信は持てないレベルの話だな。で、もう一つは?」
「はい。カオルの基本魔法攻撃なのですが――もしかすると、あの壮絶な攻撃力は、カオルの内なる戦闘レベルに照らし合わせた攻撃力なのではないでしょうか……そう考えると、いろいろと辻褄が合います。生前のカオルの戦闘レベルに見合った基本魔法攻撃を、今現在の『レベル5』のカオルのステータスで射出した。故に、キャパシティー以上の攻撃が出てしまい、気を失ってしまったと」
「なるほどな、それだと納得がいく事がもう一つある。この世界での『キャラクターとしての鬼首ヶ原カオル』の戦闘レベルに合せた処置を行ったせいで、内部的な俺の戦闘レベルが干渉し、エラーを引き起こした……という仮説も浮かび上がってくる」
「そうですね、おおむねそんな感じです。まぁ、あくまで仮説ですけれど」
「だが、そんな感じのエラーが今まであったのか?」
「いえ、ありません……なにぶん、このプロジェクト自体が見切り発車的な部分が多いですからね」
「そういわれると、ますます俺達の立てた仮説に信憑性が増すな」
「返す言葉がありません……我ら運営側代表として、深く謝罪いたします」
申し訳なさそうに答えるインギー。
そんな彼に、カオルは笑って答えたのだった。
「ははは。いいぜそういうの、嫌いじゃない。それよか急ごう! 千早とエリーを、俺の新しい力で救ってやろうぜ?」
「そうですね、急ぎましょう……でも、えらく二人にこだわるんですね? そんなに彼女達と仲良かったでしたっけ」
「えっ!? あ、いやその……ば、バカ! 誰であろうと、窮している仲間のピンチに駆け付けないワケには行かないだろ!」
少々しどろもどろではあるが、カオルの純粋な「仲間を思いやる気持ち」にインギーは心を打たれた。
「あなたの言うとおりです、カオル! 大急ぎで行きましょう」
「ああ!」
そして、二人のスピードが一段と増す。
やがて森林地帯を抜け、何も無い平原地帯へと移行。その先には、人口の建造物群が、新たなビルの森となって広がりをみせている。
「アレか!? インギー」
「そうです! おそらくはあの中央、黒煙が立ち昇っている場所でしょう」
インギーに言われて、カオルは目を凝らしてみる。
と、うっすらと見え隠れしている煙の辺りに――
「 ド ォ ン ッ !! 」
という衝撃音と共に、一際大きな火柱が立ち昇ったのだった!
「な、なんだアレは!?」
「おそらくは敵の主力攻撃でしょう」
「エゲツねぇな! あの破壊力は半端無いぞ」
「アレで、イギリス全土は火の海と化したそうです」
「やべぇな。千早、エリー、無事だといいが……かっ飛ばすぞ! つかまれインギー」
「え? は、はい!」
カオルの言葉を受け、インギーはとっさに彼女の肩口へとしがみ付く。
そして、カオルの抱いた焦りはそのまま自らの加速へとつながり――やがて、「ドンッ!」という衝撃と共に、音速の壁を越えるのだった。
最後まで目を通していただき、まことにありがとうございました!
最近頭痛が痛いです。
これが死期という奴でしょうか?