第三章 第一話 書き換え
天も地もない、薄闇だけが支配する空間。
気付けばカオルは、そんな一度どこかで見たような景色の中で佇んでいた。
「ここは……夢の中か?」
「カオル、見覚えがあるでしょう? あなたが死後、初めて私と会った場所です」
「インギー……ああそうか、最初にお前と契約した場所か。て事は何だ、また最初から契約しなおせって事か?」
「いえ、そうではありません。あなたのアバタープログラムに修正を加えるべく、この場所にやってきたのです。すなわち、ここはメンテナンスエリアですね」
「メンテナンス――ああ、そうか。俺の魔法力を修正するんだっけか」
「そうです。そして既にカオルは、バージョン修正を受けています。気付かないでしょうが、あなたの魔法力の上限にリミッターが付けられました」
「なんだ、カオル・バージョン1.1.0はグレードダウンの改悪版だな」
「そうとばかりは言えませんよ? これからここで、あなたの新たな『力』を作り出し、実装するのですから」
「新たな力、か。専用攻撃技ってヤツをふやしてくれるのか?」
「はい。あなたのレベルは、入学早々のデモ・マガバトル4連戦のため、現在5です。これは一般の生徒が入学して二ヶ月ほどの成長振りですよ」
カオルは、今までの戦いを思い起こし、「自分よりレベルが上の生徒を三人も倒した成果か」と一人納得する。
が、正直な話……「レベル5? それだけ? なんだかもっとレベルが上のような気も……」という思いが顔を覗かせていたのだった。
(いやいや、それはただの思い上がりなのだろう)
「ん? なんですかカオル」
「いや、なんでもないさ。続けてくれ」
「そうですか、では。えー……そのレベルに見合ったPASを召還、もしくは既存の武器の改良、技の追加が出来るのですが……何か良い武器や技のリクエストはありますか?」
「良い武器ね。勿論あるさ」
「それはなんです?」
インギーの問いに、カオルはにやりと笑って答える。
「あのテのデカブツには、効果的な戦法があるのさ」
「でかぶつ? ああ、もしかしてシヴァの事ですか?」
「そう。図体のデカい、それでいて凶暴なヤツとの戦い方。遠距離からの高火力スナイプ……俺達が幾度もあのクソ悪魔獣共をブチ殺してきた戦法だ」
「そうですね。大きな標的には、わざわざ近くに寄らずとも、遠くから陰険に狙撃するのがいいですね」
「……陰険ってお前なぁ」
「いえいえ、褒めているのです。卑怯でも勝てばいいのですから」
「てめぇ、気を悪くするぞ?」
言いつつ、インギーのぷにぷにほっぺを両手で「ぐにーん」と引っ張るカオル。
「いへへ(いてて)、いふぁいでふよかふぉる(痛いですよカオル)」
「うっせぇ。人の気分を害した罰だ」
けれどそこに、怒気は含まれていない様子。
「まぁ確かに、卑怯でも勝てばいいんだ……勝てば、な」
そしてカオルは、少し躊躇うように零す。
軍隊では、ただ効率良く悪魔獣を駆逐・殲滅する事だけ考えればよかった。
そこには同種族同士の意思の疎通もなく、障害として存在するだけの「敵」。奴等には、躊躇も後ろめたさも感じる事は無いだろう。
だが……今回の相手はクラスメイト。
そこに、カオルは言いようの無い「何か」の存在を見つけてしまったのだ。
「カオル、深く考えないでください」
「あ、ああ……そうだな。俺達ぁ所詮、兵器なんだもんな」
「……」
何か言いたげで、それでも答えを返さず、口を閉ざすインギー。
きっとこの使い魔も、感情を押し殺して憎まれ口を言ってるのだろうな。
カオルは、そう心の中で思うのだった。
「それではカオル――新たな武器のイメージを」
と、インギーがそんな空気を換えるように、マガ・アルマの注文を尋ねる。
「そいつはもう決まってるさ。遠距離高火力って言やぁ、対戦車ライフルだろ」
「そうですか。では、今からソレを具現化します……カオル、ジェイクとエリウッドの時のように、受け取るイメージを」
「おう、こうか?」
まるで、子供を抱きかかえるかのようなポーズを取るカオル。
すると、その腕の中に、キラキラと眩い星屑のような輝きが生れ落ち、次第に何かを象って行く。
「こ、こいつは……いいね、ズシリとくる重さが心地いい」
そこに現れたもの。
それは、無骨な超大型のライフルで、大きな口径、長い銃身と、見る者を圧倒するかのようなシルエットだ。
「射程距離は約二千メートルで、最終到達地点までその攻撃力は維持されます。そして、弾倉には五発の魔法弾丸が装填可能で、交換時は弾倉のみの召還できますので」
「オーケィ。じゃあ早速名前を決めなきゃな……俺の好きなロックバンドの一つ――こいつの名は『ディープパープル』だ!」
嬉しさと猛りがこみ上げるような表情で、ディープパープルをしげしげと眺めるカオル。
それはまるで、誕生日のプレゼントにバットとグローブを貰った野球少年のよう。
「へへ、よろしくな。新たな相棒」
そして、別れを惜しみつつ、新たな武器を格納。
「早速、あっちの世界に戻って試し撃ちと行こうぜ」
「そうですね。では戻ります…………って、あれ?」
と、宙を舞う小ブタが、ハテナマークを浮かべつつ首をかしげる。
「どうした、インギー」
「いえその……あれ? おかしいな」
「報告は結果だけを端的にな」
「すいません……学園に戻ろうとしたんですけど、エラーが出るんです」
「エラーだって?」
「はい。早い話が、戻れないんです」
「ハァ!?」
カオルが思わず叫んだ。
「も、戻れないってどういうこった!」
「お、おおお落ち着いてください。ととととりあえず――私の首から手を反してぶんぶんと振り回すのをやめませんかああああああ?」
「お、おう、すまない。気が動転してしまったようだ」
「ふぅ……とりあえず、全く帰る事が出来ないという訳ではありません」
「そうか、そりゃ良かった。で、何か手があるってのか?」
「はい。本日書き換えたカオルの能力を一度リライトして、ここに来る前の体に戻します。おそらくはその書き換えの際に、何かが干渉し合って、エラーが発生したのではないかと」
「……って事は、ディープパープルも?」
「いえ、それは書き換えたのではなく実装されたものですので消えません。ただ、聖川先生が施したプログラムを削除して元の危険状態へと書き換え、ダミーの書き換え完了パッチをあててみる……というものです」
「ダミーのパッチ?」
「そうです。一応、あっちの世界に戻るには、インストール完了の認証が要りますので」
「で、そいつは成功するのか?」
「ええ。元の状態で帰るだけですので……おそらくエラーは発生しないかと」
「つまりは……元の木阿弥って事か」
「言ってみればそうですね。けど、エラーの元を修正し、新たなプログラムを作り直してもらえれば済む事ですよ」
「そうか……そうだな。じゃあ、早速帰ろうぜ? インギー」
「はい。では――」
瞬間、二人の姿は薄闇の世界から忽然と消えうせた。
だがこの時。カオルの胸中には、良からぬ思惑が漂っていたのだった。
最後まで目を通していただき、まことにありがとうございました!