第二章 第十四話 ソロ活動
それは、全長約8メートルはあろうかという、所謂火吹き竜だ。
六肢の体躯は赤黒い鱗に覆われ、触れるだけでも怪我を負いそうな「危険」を振り撒いている。
そんな凶悪が、悪魔獣「通称・毒サンタ」を、強引なまでの爪と炎と牙でねじ伏せたのだった。
「こいつが……カーリーの召喚獣・シヴァ?」
「そう。召喚系の中でも、とびっきりのヤツよ。鬼首ヶ原さん、倒せるイメージは湧いた?」
「いえ、正直おっかねぇっす」
「うふふ。でもね、彼女とその僕は、何も完全無敵って訳じゃないのよ」
「へぇ……あ、あれ?」
と、カオルは、シヴァの後頭部からニョキリと生えた二本の雄々しい角の、右の一本が欠けている事に気付く。
「角のさきっちょ、欠けてますね」
「あ、気が付いた? そう……それこそが、彼女とドラゴンが無敵ではないという証拠なの」
「へぇ。あんなおっかねぇのに立ち向かえる中学生女子がいるんだ」
「何を隠そう、あの角を折ったのは赤坂千早さんよ。その時は確か、赤坂さんが勝利を収めたんだっけかな?」
「千早が? なんとまぁ。いや、あいつならさもありなんか」
カオルの表情に、笑みがこぼれた。
「あら。あなただって、稲垣さんの召喚魔人・セルフィオンを前に、動じる事無く向き合い、容易く倒したじゃない……て言うか、芝居が見え見えよ? 鬼首ヶ原さん。アレに対しても、そんなに恐れを抱いてないんじゃなくって?」
「そ、そんな事は無いですよ。私だってあんな怪物前にしたら、腰抜かしますって」
一応の否定を見せるカオル。だが、綾乃先生の言葉は図星だった。
言葉では「おっかない」とは言ったものの、シヴァに対する恐怖を、カオルはそれ程感じていなかったのだ。
だが、自分は女子中学生である。その事を加味した結果、一応は、初めて見る「バケモノ」に対しての恐怖を演出しておかなければ……そう考えての言葉だった。
そんな中。二人の会話に割って入るように、モニターから怒気も激しい声が飛んできた。
『ちょっとカーリー! その毒サンタは、私達が最初に見つけた獲物よ。邪魔をしないで!』
『……ノロノロしてる方が悪いんだ』
『ノロノロって――今、会敵したばっかだっつーの!』
『そうだよ! こいつは私達の獲物なんだからね。横取りはナシだよ!』
音葉達のチーム全員が、突然現れて敵を仕留めた「友軍」を非難する。
そこにあるのはまるで、カーリーとシヴァを新たな「敵」として認知したかのような、一触即発な空気だ。
『フン。なら、今の悪魔獣殲滅ポイントはそっちにくれてやる……これで文句は無いでしょ?』
『――えっ?』
意図もあっさりと身を引いた、意外とも言えるシヴァの一言。
そんな彼女に、チーム・トゥインクルスターズの面々は、驚きと戸惑いを隠せなかった。
『い、いらないよ! そんなの。それより謝ってよ。私達は、ポイントを横取りされた事よりも、乱入してきた危険行為を咎めてるんだよ!?』
音葉が怒るのも無理はなかった。
現に、8メートルを超す質量のモノが、何の予告も無く、高速で落下してきたのだ。
現実世界の一般軍人なら、その衝撃だけで大怪我は――否、恐らくは避ける事も出来なかったかもしれないだろう。
だが、カーリーの口から返された言葉は、その場に居た少女たちの心を逆撫でするものだった。
『……怪我、無かったんでしょ? ならいいじゃん』
『ハァ!?』
『ちょっと、カーリー! そんな言い方無いじゃない』
『……フン』
キャンキャンと苦言を呈する音葉達の言葉を聞き流し、カーリーはつかつかとシヴァの元へと歩く。
そしてヒラリとその背中に乗り、
『行くよ、シヴァ』
その小さな呟きを受け、ドラゴンは『グオオオオオッ!!』と雄叫びを一度上げて、軽やかに飛翔。何処へともなく飛び去ってしまったのだった。
「とまぁ……ソロ活動の子たちは、突然乱入してグループチームの獲物を横取りしたりするの」
「横取り……ですか」
「うんまぁ、レーダー役がいないから、いるグループの後を付けて敵を発見させて、かすめ取る……ってな事が幾度か起こってるのね」
「掠め取るって……アヤちゃん、それは違――――あー……いえ。ごめんなさい、なんでもないです」
一瞬、カオルは何か言おうとして、思い止まった。
「私も暫くはソロ活動になると思いますけど、気を付けます」
「うふ、そうね。みんな仲良く――なんて事は言わないわ。その辺は生徒の自主性を尊重する事にしてるから。ただ――」
「ただ、何ですか?」
「ある程度の結果オーライには、目をつぶらないとね」
その言葉は、カオルにとって、意味深な「含み」があると思われた。
裏を返せば、それは「敵さえ殲滅してくれればいい」という事だろう。
「さ、それは置いといて。そろそろ基本魔法攻撃の調整を行いましょう」
「あ、はい。じゃあよろしくお願いします、綾乃先生」
いよいよ始まる、綾乃先生直々のレクチャー。
「他人から手ほどきを受ける」という久々の真剣さと、「果たして上手くいくのか?」という一抹の不安。そして、「アヤちゃんから個人指導を受ける」という少々のトキメキ……様々な想いが、カオルの中に渾然一体となって渦巻いている。
そんな中。一つの考えが、カオルの中に小さく芽吹いていた。
『カーリーのヤツ、あれは憎まれ役を自ら買って出ていたよな……』
彼女の戦いぶりを見て、何かが引っ掛かる。カオルには、そう思えてならないのだった。
最後まで目を通していただき、まことにありがとうございました!