第二章 第十二話 フリーバトル
午後の魔法戦闘授業のため、カオル達のクラスは、一組専用の体育館へと集合。
普段はピリリと張りつめた雰囲気が支配する授業前だが、今日はいつもと違った空気が立ち込めていた。
「ねぇねぇ、鬼首ヶ原さんとカーリーがやり合うんっだって?」
「らしいよー。なんでも、お風呂入浴時間を巡っての戦いなんだって」
「マジ!? そりゃとんでもないガチバトルになるかもね」
「あ~あ、カオル様もカーリーのそこに触れちゃったか」
「まさに、カオルお姉さまとカーリーの、一番風呂を賭けた血で血を洗う抗争の勃発だよね!」
「あのなぁ音葉。お前もしかして、話をややこしくしようとしてるんじゃないか?」
嬉々として「注目の対戦カード」の噂を語り合う、クラスの少女達。
言ってみればそれは、野次馬的な、ただのお祭り騒ぎでしかないのかもしれない。
だが、そんな「きゃいきゃい」とかしましい空気は、一人の少女の到来により、一瞬で掻き消されたのだった。
「みんな邪魔、どいて」
「な、何よ――って、カーリー!」
カオルの傍らではしゃぐ生徒を押しのけ、その場に居る者全てに、敵対心丸出しの瞳で対峙する少女――パールバティ・牧坂だ。
「よぉ、カーリー」
「鬼首ヶ原カオル……対戦日時はもう聞いた?」
「ああ。綾乃先生から聞いたぜ?」
「なら……何か問題は?」
「一応は無いかな」
「そうか、ならいい。分かってるだろうけど、一番風呂の権利は渡さないから」
そう言って踵を返そうとしたカーリへと、カオルが呼び止めて言う。
「ああ。その事だけど……」
と、カオルは勝者の権利に対し、「やっぱ一言ある」といった様子を見せたのだった。
「なに?」
「一番風呂の権利以外に、副賞として、『お互いの言う事を何でも一つ聞く』ってのを付けるのはどうだ?」
「……言う事を聞く?」
「そう。元はと言えば、お前から一方的に売ってきた喧嘩だ。なら、こっちの願いも少しは受け入れてくれてもいいだろ?」
「……何を企んでいる? 鬼首ヶ原カオル」
「特に何も。つか、どうせ負ける気はないんだろ? なら、お前にとって良い事が増えるじゃないか」
「……まぁ、いい」
「よし、決まった。こっちはそれまでに基本魔法攻撃の調整を整えておく。一週間後を楽しみにな」
「余計な賞品を付け加えた事、後悔させてやる」
睨むようなカーリーの瞳が、カオルを一瞥する。
そして彼女は背中を向け、カオルを取り巻く人の輪から去って行くのだった。
「いつもながらヤな感じ~」
感じた様を、そのまま包み隠さず音葉が口にする。
きっとその言葉は、その場に居た生徒達の心の声そのものなのだろう。
けれど、カオルは――
「そう言うなよ。あいつはあいつなりに、孤独に頑張ってんだから」
カーリーを擁護する意図を込めて、音葉をなだめるのだった。
「へぇ。鬼首ヶ原さんって、これから戦う相手に寛大なのね。それとも、何か裏があるのかな?」
「あ、綾乃先生」
「っていうか、授業始めたいんだけど……いいかしら?」
「こ、これは失礼しました! 全員整列ッ、二列横隊!」
カオル達の騒動に気を取られていたクラス委員の赤坂千早が、綾乃先生の到来を気付けずに、慌てて生徒への集合と整列を促す。
途端、その声に煽られるように、体育館中央で規則正しい隊列が生まれた。
「さ。みんな揃ってる?」
「一年一組、全員集合しています!」
「うん、よろしい。で、今日のカリキュラムなんだけど……先生は鬼首ヶ原さんのコンディション・エラーを調整しなければいけないの。だから皆さんの今日の課題は、フリーバトルとします」
「「「はい!」」」
小気味良い、少女達の返答が帰ってくる。
と、「フリーバトル」なる言葉の意味に対してハテナマークを浮かべるカオル。
そんな彼女を見て、
「フリーバトルってのはね、全員参加型のデモ・マガバトルなの。エリア内に潜む敵をサーチして、自由に戦うんだよ。チームプレイでも、ソロプレイでも自由だし、発見した悪魔獣と戦闘するもしないも自由なのね」
「へぇ」
エリーが解説役を買って出たのだった。
「まぁ、戦闘における独自の判断、そして協調性が試されるって訳よ」
そして、フリーバトルにおける肝心な部分を、千早が付け加える。
「何だかゲームみたいだな」
ふと、カオルの脳裏に、フリーバトルに対して否定的な印象が芽生えた。
「確かに、その印象は拭えないわね。でも、これも立派なカリキュラムの一つよ?」
「聖川先生の仰る通りよ。現に、二年生方はコレで立派な成果を上げているんですもの」
「いやまぁ、ダメだとは言ってないさ。ただ、ゲーム感覚と実際の戦闘は違う――」
と言いかけ、カオルは言葉を止めた。
それは、インギーに背中を軽く突かれて、その瞬間、自らが語ろうとしている「経験からの心配」の意味に気付いたからに他ならない。
『14歳の少女が言うこっちゃないな』
そして改めて「いや、なんでもない」と、言葉を濁すのだった。
「まぁとにかく、これから順番にフィールドゲートを通過してもらいます。くれぐれも、向こうでの同士討ちは起こさないでね」
「「「はい!」」」
生徒達の返事と共に、綾乃先生がフィールドへと向かうドアを召喚。
「では各自、ミレス・マガ・モードへの変換の後に、ゲートを通過してね」
魔法少女への変身許可が下されると、それぞれがまばゆい光に包まれ、その身に煌びやかなコスチュームをまとい始めた。
「さぁ、『ブレイブフラワー』のみんな、いくよー」
「『トィンクルスターズ』、集まって―」
チーム名の下、少女達は5人ずつのグループとなり、ぞろぞろとゲートを通過する。
その後を、千早とエリー、そしてチームを組まない者達が続く。
「あぶれ組は――ジョーカーに、樋野本彩香とか言うお嬢様に……そしてカーリーか」
その三名がゲートをくぐる様を、目で追うカオル。
その視線に気付いたカーリーが、足を止め、一瞬カオルを睨み返した。
『私の闘い振りを、そこでよく見ているんだな』
とでも言いたげな瞳が、カオルを責め立てる。
それを受けて、言い様の無い「ワクワク感」が、カオルの中に芽生え始めていた。
「今すぐにでも戦いたげね、鬼首ヶ原さん」
と、そんなカオルの心を読んだかのように、綾乃先生が尋ねた。
「あ、いえ……それより、早く力のコントロール方法を――」
勿論、今すぐにでも戦ってみたかった。
けど、そのためには何を置いても、魔法力の暴走を制御しなければならない。
どちらにせよ、カオルの気持ちは逸っていた。
「まぁ、待って。それより、牧坂さんのバトルスタイル、ちょっと見てみたくない?」
「えっ! カーリーの戦いぶり……ですか?」
「そ。彼女の戦闘方法は、クラスの誰もが知っている事だし。それに、このくらいは丁度いいハンデになると思うわ」
それは、カオルの逸る心を見抜いての、綾乃先生の「落ち着きなさい」という気配りなのか。
それとも、「デモ・マガバトルの経験の差」に、公平さを重んじての判断なのか。
ともあれカオルは、心の中に生じ始めた「興味」が、ムクムクと大きくなって行くのを抑える事が出来ないでいた。
最後まで目を通していただき、誠にありがとうございました!