第二章 第十一話 対策
翌日の、千早や音葉達との昼食を終えた直後のひと時。
カオルは「トイレ」と言い残し離席。そのままアカデミー敷地内にある中庭にて、食後の転寝を楽しんでいた。
「カオル、起きてください」
「……ん、なんだ? もう昼休み終わりの時間か」
「いえ、そうではありません。聖川綾乃教諭からの通信が入ってます」
「アヤちゃん? はて、アヤちゃんの姿が見えないけど……」
「寝ぼけているんですか? ですから通信が入っていると――」
「通信ったって……俺、通信機器なんて持ってないぜ?」
「ああ……言い忘れていました。私達使い魔には通信機能が標準装備されていまして、使い魔同士で通信のやり取りが出来るのです」
「へぇ。ケータイ電話の代わりも出来るのか。そいつは便利だな……って、おい! 俺、誰からもメアドやケータイ番号聞かれてないぞ!? これって俺、皆に仲間外れにされてるって事じゃないのか?」
「落ち着いて下さい。それは私的通信には使えないだけの事です。それより、早く出てください。相手がお待ちかねですよ」
「出る……たって、どうやって?」
「そのまま喋ればいいんです。では、通信回線を開きますね」
プツン、という音と共に、インギーの瞳が赤く点滅を始める。
と、インギー越しに、綾乃先生の声が鮮明な音で聞こえたのだった。
『ごめんね鬼首ヶ原さん、折角のお昼休みに』
「うわ、本当に聞こえた……あ、いえ。ぜんぜん平気ですよ」
『そう、よかった。ところで今さっき、牧坂さんからデモ・マガバトルの申請があったんだけど――』
「牧坂……ああ、カーリーだっけ。そうですか、わざわざすいません。で、断ってくれたんですよね?」
『いえ、受けちゃったわよ』
「ええっ!? 受けちゃったのかよアヤちゃん」
思わず、驚きにカオルの声が裏返る。
『当然受けたわよ。だってこんな好カード、逃す手は無いわ』
「好カードって……てっきり断ってくれるもんだと思ってたのに」
『あら? マズかったかしら』
「当然だろ? こっちはまだ、基本魔法攻撃の調整が済んで無いんだぜ!?」
『その点は大丈夫。試合の日程は、一週間後となっているから』
「一週間後?」
一応、開始までの期間に余裕があるのか。と、安堵と落ち着きを取り戻すカオル。
『そうなの。その間に、基本魔法の調整をみっちり教えるから……あと、新しい専用攻撃技もね』
「PAS……ですか」
『そ。でないと、アレには歯が立たないわ』
「何ですか、そのアレって」
『う~ん。立場上、相手のデータを教えられないの。まぁ、それは見てのお楽しみね』
綾乃先生が、うふふと笑ってはぐらかす。
その意味に、カオルはなんとなくだが、嫌な予感を覚えたのだった。
『それじゃ、詳しい事は午後の授業で』
「あ、はい。失礼します」
またプツリという音と共に、傍らを飛ぶ子ブタの瞳の点滅が収まる。
そして、元に戻ったインギーが、カオルへと忠告めいた言葉をかけるのだった。
「カオル、気をつけてください」
「ああ。アヤちゃんは、この一週間で力の調整と『必殺技』の習得を行わなければ、俺に勝ち目は無いと踏んでいるようだ。ヤツはそれほどの敵という事なんだろう――」
「いえ、私が注意を喚起しているのはそこでは……まぁ、それも気をつけなければいけませんが」
「なんだよ。じゃあ何に気をつけろってんだ?」
「カオル。あなたは興奮気味になると、地の言葉遣いが出るようです」
「ん、そうかな?」
「はい。今の綾乃先生との会話で、途中から、地の男性的な口調になっていましたよ? しかも教師に向かって『アヤちゃん』と」
「う! そ、そう言えばそんな風に呼んでたかも」
「まぁ、向こうが気が付かなかったのか……それとも気にならなかったのかは分かりませんが、以後気をつけてくださいね」
「ああ、そうだな。気を付けるよ」
カオルは、気付かぬうちに口走っていた言葉を思い起こす。
だが、無意識に出てしまう感情の篭ったそれらは、止め様が無いかもしれない。
と、そんなことを考えているカオルの耳に、元気な少女の声が届いた。
「カオルお姉さま~!」
ふと見ると、そこにはポニーテールを揺らしながら手を振り駆けてくる、かわいい姿があった。
「ん? あぁ、音葉か」
「もう。音葉か、じゃないよ~! 探したんだから」
「やぁ、悪い悪い。いい天気で気持ちよかったもんだから、日向ぼっこしてたんだ」
「ひなたぼっこ? なんだかババくさいわね」
と、音葉の後ろから、小さな笑みと共に、からかいの言葉がカオルへと届けられた。
「千早……それにエリーと静音も。なんだみんな、私がいないと寂しいのか?」
「何ノンキ言ってんの。あなた、カーリーに喧嘩売ったんだって?」
「お、耳が早いな千早」
「あのね、今さっきカーリーがかおりんの事を尋ねてきたの。で、用向きを聞いたら、デモ・マガバトルの日取りを伝えに来たって。ねぇかおりん、カーリーに何したの?」
「何したって……いや、向こうが一方的に絡んできて……なんか知らないけど、一番風呂の権利を賭けて戦うハメになっちまった」
「一番風呂か。なるほどね、さもありなんだわ」
「なんだ静音、それほど有名なのか?」
「結構有名よ。なんか、一人でお風呂に入りたいんだって言って、同時間に入ろうとする子は、実力行使で排除するって。だから、下校してすぐのお風呂には、誰も入らないんだよね」
「つーか、誰もそんな時間に入りたがらないよ。普通」
「ま、普通はね。でもここに、そのモノ好きが居たって事ね」
「ん、まぁそう言う事かな」
「なんで~!? カオルお姉さま、私達と一緒にはいろーよ!」
「ん~……たまにはさ、一人静かに入りたい時もあるんだよ。なんつーかさ、自分を見つめ直す時間って言うのかな?」
「おお~、かおりんは大人だね!」
「いやいや、それほどでもあるかな? それより、エリー。カーリーってのは、どんなバトルスタイルのヤツなんだ? 結構強いのか」
「うん。召喚系の中でもトップクラスで、A+の実力だよ」
「A+……と言うより、その上かな。あえて言うなら、特Aダブル+だね」
「そ、そんなに強いのか? 静音」
「そりゃあ。誰かさんのセルフリオンなんか足元にも及ばないほどよ」
「あ、千早ひっどーい! 私のセルちゃんは、美しさと強さを兼ね備えた――」
「あー、分かった分かった。喧嘩するなよ、二人とも。それで、ヤツの召喚するバケモノの特徴は?」
「うん。ドラゴンタイプのモンスターで、名前はシヴァ。特筆すべきは、その攻撃力と凶暴性。そして、冗談みたいな耐久力だよ」
「冗談みたいって……エリー、具体的には?」
「えっとね、召喚系Aの静音ちゃんが操るセルフィオンの耐久力が、魔法少女5人分だとすると……シヴァはその10倍以上かな?」
「10倍!?」
「そして、カーリーは誰かさんみたく、まったく隙を見せない」
「あれあれ千早さん。もしかして私に喧嘩売ってますか?」
「召喚魔人に美意識とか、そんな無意味な事に注力してるからよ」
「う……言い返せない。けど! 私だって、こないだの鬼首ヶ原さんとの戦いで――」
「まぁまぁ、二人とも。今はカオルお姉さまの戦いの参考になる助言をだね……」
「いや、これ以上はいい」
「え!? お姉さま、なんで? シヴァの攻撃方法だとか、弱点だとか、情報を仕入れてたほうが絶対有利だよ」
カオルは、これ以上の情報収集は不要と感じていた。
それは、相手を過小評価した故の怠慢――などではなく、
「情報は実際に戦って、身体で仕入れたい。今後の戦いのためにもさ」
この先、悪魔獣との戦いにおいて、未確認との戦闘は避けられないだろう。
そんな事態を睨んでの、己への試練。そして未知の相手との戦い方の模索。
カオルの思惑は、そんな「今後の戦い」を視野に入れての事だった。
最後まで目を通していただき、まことにありがとうございました!
今日、女の子からチョコをもらった人。
よかったですね……
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