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第二章 第九話 詮索

 校門前で、千早を待つエリーと合流したカオル達。

 アカデミーから寮までの短い道中は、少しぎこちないながらも、瞬く間にその時を刻み終えた。


「では、皆さん。私はここで……ごきげんよう」

「お疲れ様です、舞華お姉さま! また明日」

「ごきげんよう、舞華せんぱい!」

「お疲れ、生徒会長・・・・さん」


 カオルも、舞華へと別れを送った。

 と、


「いやですわ、生徒会長だなんて余所余所しい名前。舞華と呼んでくださいな?」


 舞華はカオルに対し、笑顔でフランクな付き合いの注文を要求してきたのだった。


「そ、そうかい? じゃあ、おつかれ……舞……華?」

「はい、おつかれさまでした」


 楽しそうに小首を傾げ、改めてカオルの挨拶を受ける生徒会長。

 そんな二人の間には、まるで本来の年齢差のような感覚が見え隠れしていた。


「ちょ、ちょっと! あなた、先輩に対して呼び捨ては無いでしょ!?」


 が、それは傍か見れば、無礼以外の何者でもない。カオルはふと、自分が14歳の少女だという事を思い出し、


「あ、そ、そうだな。すまない……じゃなかった。すみません、舞華さん」


 慌てて体裁を繕うのだった。


「うふふ、いいですよ。別に。では、先生。失礼いたします」

「はい、さようなら米嶋さん。また明日ね」


 そして二年生棟へと向かう、米嶋舞華。そのうしろ姿は、カオルをしても、年長者の佇まいを感じてしまうほど、落ち着きを見せていた。


「たいした人物だな。流石は中隊長のむす――」

「何? ちゅうたい?」

「あ、いやその……そう! 中隊長とか、将軍だとか、人を率いるタイプになれる感じの人だなぁって思ってさ」

「そうだね。舞華せんぱいはこのアカデミーの中でも、一番の統率者だと思う」

「確かにね。率先して人の前に立ち、進むべき道を示してくれるタイプの方だわ」


 何とかうまく誤魔化せた。カオルの胸に、安堵の気持ちが込む上がる。

 だがソレとはまた別に、新たな言い訳を探さなければならない一言が、千早の口からもたらされた。


「でも、中隊長だとかなんだとか……あなた、まるで軍隊にでも居たかのような言い回しね」

「え!? それはその……じ、実は私……軍オタなんだ」

「……軍オタねぇ」

「ちーちゃん、ぐんおたって何?」

「それはね、エリー。軍事関係にバカみたく興味を持って、その世界に精通してる人の事よ。ミリタリーオタクとも言うかな」

「そうそう。軍オタ、ミリオタってヤツだ」

「そっか。だからかおりんって強いんだね」

「かもね。なるほど、軍オタか……」


 ため息をつきながら、千早が呆れた口調で返す。


「わ、悪かったなオタクで」

「まぁまぁ。だからこそ、あの戦闘能力の高さや戦いにおける意識の持ちようがあるんじゃない? ね、鬼首ヶ原さん」

「あ、あはは、そうですよ……たぶん」


 綾乃先生が、カオルへと助け舟を出す。

 けれど千早は、それは誤解だと言う表情で首を振り、冷めた口調で切り出すのだった。


「別に責めてるんじゃないわ。私も剣術オタクだし」

「は? 剣術オタク?」

「そ。我が家は代々、赤坂流の剣術を後世に伝える家柄なの。そんな家庭で育って、小さい頃から赤坂流の極意を叩き込まれて育ったのよ。嫌でもオタクになちゃうわ」

「ああ。それで、ね」

「な、何よ? 何か言いたげね」

「いや。剣捌きが素人じゃないな、と。いや、それ以上に実践(ヒトキリ)型だと思ってさ」

「わ、分かるの?」

「詳しくは専門外だから知らないけれど……お前の剣筋も、ジョーカーと同じく人の急所を的確に狙ってきてたもんな」

「……ホント、あなた何者?」

「はは、ただの戦闘オタクさ」


 カオルは笑って誤魔化した。

 けれど千早の瞳の奥には、カオルの正体に「それ以上の何か」があるという思いが篭っているのが見て取れるのだった。


「ま。他人のプライバシーの詮索は、野暮の極みってヤツよ。二人とも」

「そうですね、先生。所詮、他人は他人だし」


 綾乃先生の一言に、千早は、そっけない言葉で返した。

 些か困り顔といった表情で、それ以上は何も言わない綾乃先生。

 が、カオルはなんとなく感じたのだった。


『今の一言に、千早の性格を決定付けた過去が絡んでいるんじゃないか?』


 所詮、他人は他人。

 そんな思考は、過去、心へ深い傷を負わされた経歴がある可能性を示している。

 けれど、そんな事を今この場で口にしたところで、悪戯に千早の気持ちを害させてしまうだけ。

 そう。それは分かっていた。


「けれどさ、千早。他人を信じなきゃ、自分自身をも信じられなくなるぜ?」


 が、ついついお節介な性格が顔を覗かせ、説教染みた言葉が口を突くのだった。


「わ、分かった風な口を利かないでよッ!」


 当然、千早のその直後の行動は予想出来た。そして、その予想通りの言葉が返ってきた。


「行きましょう、エリー」

「あ、ちーちゃん待ってよう! 先生、かおりん、またあした!」


 挨拶もせずにその場から逃げるように駆ける千早の背中に、カオルは声をかけようとして、


「鬼首ヶ原さん、今はそっとしてあげて」


 綾乃先生の制止が、カオルの言葉を胸の内へと仕舞い込ませたのだった。


「事情、知ってるんですね? 綾乃先生」

「まぁね。教師だもの」

「どんな訳かは知りませんけれど……私でも彼女の力になれるかな?」


 それは、カオルの心から自然と出た言葉だ。

 無意識のうちに、仲間への心配が芽生えて、そんな言葉を口にさせたのだろう。


「きっとなれるわ。でも、今はその時じゃないんだと思うの……」

「そうですか」


 カオルはそれ以上、何も口にはしなかった。

 距離を取り、見守る「優しさ」もある。それを知っているが故の沈黙だ。


 そして二人は、無言のままエレベーターへと乗り込み、それぞれの部屋へと別れていったのだった。 






 自室へと辿り付いたカオルが、まず最初に行った事。

 それは、まだ誰もいないであろう「風呂」へと入る事だった。


「やっぱ、こういう広々とした風呂はいいなぁ。軍隊時代の簡易温泉やドラム缶風呂に比べたら雲泥の差だ」

「そうですか。でもなんで、こんなに早く入浴を?」

「……風呂ってのはさ、一人でのんびりと入りたいじゃないか」

「やはり、周囲に誰かが居ると目の毒すぎましたか? それとも周囲の目が気になります?」

「ま、まぁそのどっちもかな。アヤちゃんが入ってきて、鼻血出して倒れたらカッコ悪いし。血の池に浮かぶ俺、なんて姿をみんなに見られたとあっちゃ、俺の株価が大暴落だもんな」

「そうそう。周囲の視線もそうですが……特定の人物の視線にも、気をつけてくださいね。カオル」

「特定の人物? 誰の?」

「やはり気付きませんでしたか。米嶋舞華です」

「舞華? 彼女が何だよ?」

「彼女、カオルの素性を薄々と感じている様子です」

「ハァ!?」


 カオルが素っ頓狂な驚きを見せた。

 全く思いもよらなかったインギーの一言に、カオルはただただ、湯船で疑問符を頭に浮かべるだけ。


「彼女、おそらくはあの場で――保健室で、カオルに真意を確かめようとしていました」

「真意って?」

「あなたが本来、男性の鬼首ヶ原薫であるかどうか、という事についてです」

「き、気が付かなかった。でもどうして……?」

「それは、あなたの名前と……初対面で彼女を知っていた、と言うことに起因するのではないでしょうか?」

「そうか……そうだよな。言われてみりゃあ、鬼首ヶ原薫なんて名前、早々あるもんじゃないし。しかも俺はあの時、俺は彼女と初対面なのに、思わず名前を口走っちまったっけ」

「そうです。故に、聡明な彼女は、あなたが鬼首ヶ原薫ではないかと感付き、あなたに事の真意を尋ねようとしたのです」

「なんてこった……油断したな、俺」


 フルフルとかぶりを振り、自責の念に駆られる仕草を取るカオル。

 と、そんな最中。ふと「とある疑問」が浮かび、インギーへと尋ねるのだった。


「でも、何で彼女はソレ(・・)を誤魔化したんだ?」

「ええ。その際、私の視線に気付き、ソレを誤魔化したのでしょう……全く賢い人です。まぁ私も、余程『それ以上この場では控えて下さい』という空気を出していたのでしょう」

「そうか。なんだか面倒ばかりが増えるよな。千早といい、舞華といい」

「そうですね。ですが、赤坂千早の件はカオルが首を突っ込む筋合いではないのでは?」

「そうだな。が、性格なんでね」


「――余計なお世話は、人を不快にする」


 突然、誰も居ないと思われていた湯気の向こうから、聞き慣れない少女の、か細く低い声がした。


「う! だ、誰だ?」


 慌ててその声の主の正体を探るカオル。

 と、白い湯気に薄っすらと浮かぶ、小さな丸い物体が一つ。静かに、水面をすいーっと滑るようにして近づいてきたのだった。


「パールバティ。同じクラス。カーリーの愛称で通ってる」

「カーリー……ああ、たしかインド系の」


 そこに居たのは、同じ一年一組に所属する生徒――パールバティ・牧坂。日系の父とインド系の母を持つハーフで、褐色の肌の色と小柄な体格が印象的な、一見男の子かと見紛う感のある少女だ。

 そんな彼女が、ザバリッ! と、首まで浸かっていた湯船から立ち上がり、カオルを前にして――


「人とは関わりたくない。鬼首ヶ原カオル、今すぐここから出て行け」


 と、にべもなく言い放つのだった。


最後まで目を通していただき、まことにありがとうございました!

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