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第二章 第七話 コイバナ



 程なくして、保健室へ綾乃先生がやって来た。

「やっほー、鬼首ヶ原さん居るかしら?」

「ヤッホーじゃ無いわよ綾乃。遅いわよ、何してたの?」

「ごめんねー。学園長の所に寄ってて、ここに顔を出すの遅くなっちゃった。ところで、どう調子は? 鬼首ヶ原さん」


 ブレザーを羽織り、帰宅の徒に付こうとしていたカオルへと、先生が問う。


「あ、はい。一応大丈夫です」


 心配して来た……と言うよりは、彼女が問題無い事を確認しに来た、と言う感じが見受けられる物言い。

 それはまるで、元より心配の必要がない、とでも言うような印象だ。


「そう。なら、良かった。鬼首ヶ原さん、今から寮まで送るわ。あなたたちも、もう下校してね」


 千早と舞華に視線を送りつつ、綾乃先生が言う。


「はい先生。なら私も一緒に……舞華お姉さまもご一緒しませんか?」

「そうね。今日の用事はもう無いし、お供させてもらおうかしら」


 途端、千早の表情にほんのりと喜色がさした。


『千早は分かりやすいな』


 そう感じるカオルの胸中にも、なんだか嬉しさのような物がこみ上げてきていたのだった。


『みんなで楽しく下校か。いつ以来だろう』


 みんなで楽しく。

 その言葉の中には、中学時代に送った日々の思い出が含まれていた。

 カオルの脳裏に思い描かれるのは、聖川綾乃を含む、仲の良い友人達との下校風景。

 少ない小遣いの中での買い食いや、ウインドーショッピング。そして公園なんかでの他愛のない長話。


「なぁ、寮までまっすぐまで帰るのか?」


 何気なく、考え無しに口を突いた、カオルの問い。


「何言ってんのよ。どこに寄り道できる場所があるっての?」


 そんな彼女の言葉に、千早が呆れたように返す。

 そう。この学園から寮まで然程距離は無く、道中にたむろ出来る施設も見当たらない。

 せめて駄菓子屋でもあればな……そんな懐かしい子供心が、ふとカオルの胸に去来していた。


「クスクス。それに、先生と一緒に帰るのよ。教師に面と向かって寄り道して帰ります……なんて言えないわ」


 上品に笑いながら、舞華が諭すようにカオルへと言う。

 けれど、当の教師である綾乃先生は――


「そうね、寮までの道すがらに何も無いのは残念だわ」

「綾乃先生、教師がそれ言いますか?」


 カオルが冗談っぽく、呆れた様子で返した。


「えへへ。実はね、あなた達と同じ中学生の頃は、まともに帰宅した事がないほどの寄り道魔だったのよ」


 テレを見せつつ語る綾乃先生の言葉に、カオルは、一瞬心臓の鼓動が高鳴るのを感じた。

 それは紛れもない、彼女と共有している記憶。


「それは意外ですね。聖川先生は幼い頃から規律を重んじるタイプの人かと思ってましたわ」

「米嶋さんにはガッカリさせちゃったかな? でもね、楽しい仲間との楽しいひと時は、どんな堅物をも軟化させちゃうものよ……特に恋愛なんかが絡んじゃうと――」

「えっ! 聖川先生って中学生の頃から男と付き合ってたんですか?」


 男女交際の話題に、千早がやたらと勢いの良い食い付きを見せた。

 男子の存在がないこの世界では、やはり経験者の体験談が最高の「ご馳走」なのだろう。


「え? つ、付き合ってただなんて……そうじゃないけれど……想いを寄せていた人は居た……かも?」

「きゃ~! 先生、その人ってどんな人? イケメン? お金持ち? それとも幼馴染?」

「うふふ、それは内・緒」


 綾乃先生が、少し照れた笑いとかわいいウインクで誤魔化しを図る。

 が、千早以外のオーディエンスも、先生の淡い恋心の詮索を開始。


「先生、そこまで言っといてお預けはナシですわ」

「そ、そう! ちゃんと最後まで話て下さい、綾乃先生!」


 特にカオルの詮索は執拗を極めた。

 それはもはや、少女が抱く興味本位の域ではなかった。

 ――当然、自分が関係する、恐らくは当事者であろう事なのだから。


「鬼首ヶ原カオル、あなたちょっと興奮しすぎよ」


 と、千早の冷めた声がカオルを我に返し、身体をピクリとさせる。

 と同時に、何故か米嶋舞華の眦も、誰にも気付かれないほどの一瞬、ピクッと反応を見せた。


「あ、いやその……すいません、先生。なんだかコーフンしちゃって……」

「あー……ううん、いいのよ。それより、私の恋バナを聞きたいのなら、まず自らのそういった話をするのがスジではなくって?」


 もっともらしい事を言って、煙に巻こうとする魂胆が見えみえだった。が、意外にも、米嶋舞華はその提言に賛同の意を見せて――


「そうですわね。自らの事は棚に上げて、他人の詮索……なんて事は筋が通りませんものね」

「ええっ、舞華お姉さま! も、も、もしかして彼氏とか居るんですか!?」


 千早が、今まで見せたことの無いような、驚きの声を上げた。


「いえ、そんな方は居ません」


 と、舞華は、笑顔で、そして勤めて上品に、千早の質問に否定を見せる。

 その答えに安堵の表情を浮かべた直後、舞華の口から、そのホッとした心に冷水を掛けるような一言が放たれたのだった。


「ですが……心に決めた方は……いますわ」

「――ッ! ま、マジですか!? お姉さま」

「ええ。現実世界にいらっしゃっ()方なんですけど――」

「それはどんな人ですか!? イケメン? お金持ち? それとも幼馴染? と言うか、なんだかお姉さまが取られちゃうようで悔しい~!」


 千早が、カオルよりも必死に、人の恋路の詮索と自らの個人的意見を混同しつつ、まくし立てる。

 そんな彼女を、舞華の優しい声が制したのだった。


「まぁまぁ、落ち着いて。でもね、残念ながらその方と私は、面識がないの……一度もお会いした事が無いのよ」

「面識が無い……だって?」


 会ってもいない人間に恋心を抱くなんて、奇妙な話だな。そう感じたカオルが、舞華へと尋ねた。


「けれど、私と言う存在を認識はしていて下さっているのは確かなの。まぁ、あちらは、私の事など『知人の娘』程度にしか思ってらっしゃらないかもしれないけれど」


 小首を傾げて笑う舞華。

 そしてその視線は、次第に熱いものへと変化を見せながら……鬼首ヶ原カオルへと移されるのだった。



最後まで目を通していただき、まことにありがとうございました!

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