第二章 第五話 米嶋舞華
新年明けましておめでとうございます!
本年も旧年同様、特別なご愛好を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。
闇しかない世界。
周囲を見渡しても、真っ暗な空間が永遠に続くだけの場所に、カオルは一人佇んでいた。
「なんだ、ここは?」
誰に問うでもない言葉が、不意に漏れる。
と、そんな呟きに答えるかのように、目の前にポゥっと小さな明かりが灯った。
その薄明かりを目にした途端、カオルの中に、何か懐かしさのようなものがこみ上げてきたのだった。
「こいつは一体……」
恐る恐る手で触れようとする。けれど、
「あ……」
触れるか触れないかの直前で、その輝きは、スルリと逃げるようにカオルの指先から離れてしまった。
追いかけるか? カオルが自身に問う。
その瞬間、カオルの心の中で、小さな「思い」が芽吹いたのだった。
『追ってはだめ』
女性の声。
まるで、自らが発したかのような声だ。
「何で追っちゃだめなんだ?」
『私には必要ないものだから』
「だからって、このまま追わないってのもなんだか消化不良だ。それに、アレは俺の大切なモノの一片なんだぜ?」
そう「自分」に言い聞かせるカオル。
漠然とだが、ソレが何か分かっている気がしている。鬼首ヶ原薫には、そう感じられていた。
『厄介を背負い込む事になるわ』
「は。今以上の厄介があるってのか?」
『今が幸せに感じる程のアクシデントが待っているわ』
「たしかに、そいつは御免被りたい……けれど!」
そう一言発した途端、カオルはダッシュで「輝き」へと接近。
目いっぱいに右腕を伸ばし、ソレを手中に収めようとして――
「おっしゃ! 取ったぞ!!」
「……あら、何を取ったのかしら?」
「――――あ、あれ?」
首を左右に振り、改めて自分の置かれている環境を確認する。
今いる場所。この場所は知っている。
「保健室……だな」
「そう、保健室よ」
一人ごちるように零した問い。それに答える見知らぬ声に、カオルは驚きを見せた。
「はうっ! だ、誰だ?」
「うふふ、これは失礼しました。私は――」
清楚さと礼儀正しさを伺わせる声。
カオルは自然のうちにその発信者へと視線を向け、無意識にその人物の名を口にした。
「あ……君は――米嶋舞華」
「あら、私の名をご存知なのですか?」
亜麻色の長い髪の毛と青みがかったグレーの瞳が印象的な、ハーフ少女がそこにいたのだった。
カオルは一瞬、マズイを言う表情を見せる。
「ごめんなさい。どこかでお会いしましたかしら?」
途端、冷静を装い、標準的なソレへと顔を変化させつつ言う。
「あ、いや。知っているのはその……そう、あんたが有名人だからさ。こっちは知ってるけど、あんたは俺……じゃない、私の事なんか知らないで当然だよ」
「そうなの? 生徒会長って有名人かしら」
「そりゃもう有名人です。舞華お姉さま」
舞華お姉さま。彼女をそう呼ぶ声には聞き覚えがあった。
「よう、千早。お前もいんのか」
「『いんのか』じゃないわよ。ずっと看病してあげてたってのに!」
千早に言われて、ふと気付く。保健室で寝ていた理由。
「そう言えば……倒れたんだっけ?」
「そうです、カオル。ここに付いた途端、意識を失ったのです」
インギーの言葉に、その瞬間を思い出す。
「ああ、そうか。アレからずっと傍にいてくれたんだな、千早」
「そうよ」
「で、今は何時だ?」
「今は4時。もう放課後よ」
「もうそんな時間……ありがとう、千早」
カオルの謝辞に、千早は一瞬息を呑んでたじろぎを見せる。
面と向かっての感謝の言葉に、未だ不慣れな様子だ。
「べ、別にそんなこと……いいわよ」
「それはそうとして――米嶋、さん。あんたは何故ここに?」
「それはね、私がお呼びしたの」
カオルの疑問に答えたのは、千早だった。
「なんでまた?」
「実は今日、舞華お姉様とお話があったの。二週間後に控えた、一・二年合同演習での『選抜合同模擬戦』の面子表の提出と、開催にあたっての細かい打ち合わせの約束があったんだけど……あなたがこんなだから、舞華お姉様に無理言ってここに来てもらったの」
「そうか。それは悪い事したな。つか、ほっといてくれても良かったのに」
「そんな訳にも行かないでしょ。それに、乗りかかった船だし。最後まで面倒見るわ」
「そ、そっか。ありがとう……な」
「そう。赤坂さんは本当に優しい子なんです。ずっとあなたの心配をしていたんですよ?」
「へぇ」
「ち、違うわよ。誤解ですお姉様」
「うふふ、そう? でも、それを抜きにしても、赤坂さんはいい子ですよ」
「いえ、そんなこと……ないです。お姉様」
なんだか、誰にも見せたことがないような、デレデレとした千早の表情。
『こいつ、こんな表情もできるんだな。てか、犯罪スレスレの顔だぜ』
そう思うと、カオルに自然と笑みがこぼれてきたのだった。
「な、なに笑ってんのよ」
「いや、なんにも」
「まあいいわ。それはそうと、大事な事をひとつ」
と、デレた千早の表情が、急に真面目さを取り戻した。
「その選抜メンバーだけど、鬼首ヶ原カオル、あなたにも一年生代表で出てもらうと思ってたの」
「私が?」
「本当はね、二組の稲垣静音に頼んでたの。でも、あなたとの模擬戦のあと、辞退してきたのよ」
「静音が辞退? なんでまた」
「そこまでは知らないけど。で、あなたを是非にと推してきたの。だけど、この様子じゃ……とりあえず、花岡先生の診断待ちね」
「そう言えば、恵那先生は?」
「あなたの診断書を持って、学園長の下へ行かれたわ」
「……そうか」
なんとなく漂う、自分自身の身体の異変。
その「先の見えない不安」に、カオルは小さな心細さを感じていた。
最後まで目を通していただき、まことにありがとうございました!