第二章 第四話 異変
生徒の危機を知らせる、けたたましい異常事態緊急警報が鳴り響く。
途端、カオルの身体は、それまでの市街地から一転。気が付けば、体育館内へと戻っていた。
「あ、あれ? ここは体育館……だな」
「ええ、そうよ鬼首ヶ原さん。あなたの身に異常が起こる危険性があったため、急遽プログラムを停止したの」
綾乃先生の言葉を、どことなくうわの空で聞くカオル。
その表情は、なんだか疲れているようであり、多量の発汗も見受けられた。
「カオル、意識をしっかり持ってくださいね」
「あ、ああインギー。大丈夫だ、心配ない」
「いえ、心配なくは無いわ鬼首ヶ原さん。今さっきの莫大な魔法エネルギーの消費、覚えているでしょう?」
「あ、はい……そう言えば、なんであんなスッゲー威力のビームが出たんです?」
少しけだるそうに、カオルが尋ねる。
「それは分からないわ。でも、あなたの場合……いえ、何でもないわ。とにかく、保健室へ行って、少し休んでいてちょうだい」
綾乃先生が大事を取って、カオルに休息を勧めた。
「先生! 私、付き添いとして一緒に行きます。いいですか?」
そう自らカオルの介護役を立候補したのは――意外にも赤坂千早だった。
「そうね。あなたなら一時限分のカリキュラムをロスしても、何の問題も無いわ。許可します」
「あー! 千早ずっこい! 私も一緒に行きたい」
「バカ。遊びで行くんじゃないのよ!」
当然叱られて、おとなしく身を引く音葉。
心配そうな眼差しは、どことなく涙が滲んでいるよう。
「う~……お姉さま、大丈夫? 無理しないでね」
「ああ、心配ないって。じゃあ先生、ちょっと保健室に行ってきます」
「ええ、行ってらっしゃい。花岡先生には、こちらからモバイル通信で連絡しておくから」
そんな綾乃先生の言葉に送られ、カオルは、千早と共に保健室へと向かうのだった。
「で、何したの?」
「は?」
「チュートリアルの最中よ。何しでかしたの?」
保健室への道中。
基本指導模擬戦での出来事を知らない千早が、その詳細をカオルに尋ねた。
「何しでかしたって……基本攻撃魔法を出したら、街ごとふっ飛ばしちまった」
「ハァ!? なんでよ?」
「知るかよ、こっちが聞きたいぜ」
「そもそも、基本魔法にはレベルにより上限値が設定されてあって、絶対に限度以上の攻撃は撃てないハズよ?」
「ああ、インギーから聞いたよ。するってーと、そのタガが外れてんのかな?」
「そんな事ってあり得るのかしら?」
「さてね、俺には分かんないよ。もしかしたら、俺の身体はエラーを引き起こす要因を持ってるんじゃないかな?」
少し困り顔で答えるカオル。
そんな彼女の表情を見て、千早の口調が変わった。
「ご、ごめんなさい。興味本位で聞くような事じゃなかったかな?」
「なんだよ、急に改まって」
「だって、アナタって大怪我したって経緯があるんでしょ? 身体的ダメージに関する事とか、余計な詮索だったかもって……」
心配と、無神経に尋ねて申し訳無いと言う気持ちが表れているその表情に、カオルはなんだか嬉しさを感じた。
「気を遣ってくれてんだ。ありがとうな」
「ご、誤解しないでよ。気なんか使ってないわ……」
まるで典型的なツンデレ少女のような、そっけない受け答え。
が、いくら女性との会話経験が少ないカオルでも、流石に彼女の本意は分かっている。
「ははは、愛いヤツだよな千早は。特別に、私の事を『カオル』と呼ぶ権利を与えてやろう」
「な、なによそれ!? いらないわよ、そんな権利」
「ん? なんなら、音葉と同じく、お姉さまと呼ぶ権利を与えてやってもいいぜ?」
「バカな事言わないで!」
「あははは……おっと、笑うと頭がくらくらするな……」
「そらごらんなさい、バカな事言ってるからよ」
「う~……ちょっと反省」
「大体ね。私が『お姉さま』と呼ぶ方は、この学園に一人しかいないのよ」
「へぇ、お前でも人を尊んだりするんだ?」
「失礼ね!」
「冗談だよ。で、それは誰だ? もしかすると、綾乃先生か」
「いえ。聖川先生は尊敬できるだけど、あくまで先生でしょ」
「へぇ、同じ生徒の中にいるんだ? 少し意外だ」
「まぁ、彼女を尊敬して、憧れているのは私だけじゃ無いし、結構な有名人だから、そのうち知る事になるでしょうね」
「有名人?」
「そ。上級生であり、この学園の生徒会長でもある人よ」
「生徒会長か……名前は?」
「二年三組、米嶋舞華さんよ」
「――ッ!」
米嶋舞華。
その名前を聞いたカオルは、一瞬身を硬直させた。
「なに? 知ってるの?」
「あ、いや……ぜんぜん」
知っている。
カオルはその少女の名を知っていた。
関東防衛師団、米嶋中隊隊長、米嶋光久一等陸尉。
生前、カオルが懇意にしてもらっており、第二の父として慕っていた人物。
その娘の名が、米嶋舞華だった。
時折写真を見せて娘の自慢をする事があり、カオルは彼女の顔も良く知っている。
「おかしな人ね。もしかして、さっきの暴走で脳までやられちゃった?」
「はは、そうかもな」
「かもな、って……ホント、調子狂っちゃうわね、アナタって」
「よく言われるよ」
そんな話を交わす中。
カオル達の視線の先に、保健室のルームプレートが見えた。
「失礼します。先生、一年一組の鬼首ヶ原さんが体調を崩したそうなので、連れてきました」
ノックと共に、千早が優等生な口調で保健室の中を伺う。
「聞いてるわ。入って頂戴」
「失礼します。先生、ちょっと具合が……」
カオルがそう言いかけた直後の事。
彼女の視界は、不意に黒いシェードが降りたような感覚に見舞われた。
「あ、あれ?」
異変を感じる間も無く、カオルは膝から崩れ落ち、その場に蹲ってしまったのだった。
「ちょ、ちょっと! どうしたの!?」
「鬼首ヶ原さん、しっかり! 赤坂さん、彼女をベッドまで運ぶのを手伝って」
「はい!」
薄れ行く意識の中。
カオルの耳には、慌てふためく二人の声が、うっすらと響いていた。
最後まで目を通していただき、まことにありがとうございました!
いよいよ年末も押し迫ってまいりました。
本年同様、来年も本作品に特別なご愛顧を賜りますよう、心よりお願い申し上げます。