第二章 第二話 ミレス・マガ・モード
カオルにとって、一般学習の時間は、眠気との戦いでもあった。
小・中・高と、成績が学年上位に位置していた鬼首ヶ原(雨宮)カオル。彼女自身、中学生の勉強を教わり直す4時限目までの間は、まったくの無駄な時間と思えていた。
「あ~めんどくせぇな。どうせなら全科目、魔法戦闘についての講義にしてくれりゃいいのに」
カオルは昼食のサンドイッチをほおばりながら、食堂の長テーブルに座る郡山音葉や稲垣静音、そしてエリオットヴァルゴと……それに「エリーの引率者として付いて来た」かの様な体を成して座る、赤坂千早へと語った。
「だよねー。勉強なんかしたくないー」
「いや……勉強は大事だけどな」
「そうよ。だから音葉はバカなのよ」
「うっさい! 嫌いなものは嫌いなの!!」
お気楽な音葉に対し、堅物を誇るきらいがある千早。
寄ると触ると喧嘩ばかりといったこの二人。だが、二人共にお互いを毛嫌いしているといった感じは無い様子。
「ホント、お前ら仲良いよな」
まだまだ短い付き合いではあるが、もはや二人の会話に仲裁を入れるのがカオルの役目となり始めていた。
「ただ、この戦いが終わった後、いくらでも勉強すればいいじゃないか? それより今は、悪魔獣をぶっ倒すレクチャーをしてもらう方が重要なんじゃないかって思ってさ」
「うん、それはそうだけど。でもね、先生が言うには、私たちの今後を見据えて、普通の生活と戦いの両立を図ってるんだって」
パックの牛乳をストローで飲んでいた静音が、カオルに言う。
「両立ねぇ。フン、あのババァが考えそうなこった」
一人納得して零す。
「だからこそ、現実世界との時間経過を変えてまで、長期にわたる学習ってスタンスを取ってるんだろうね」
エリーの言葉に、カオルを除く一同が頷いた。
それは少女たちにとって、魔法戦闘が結構なオーバーワークであるという事を暗に示しているのかもしれない。
昼食を終えて午後の授業となると、カオルの眠気は一気に吹き飛んだ。
午後からの二時限。それは、魔法戦闘の授業であり、彼女にとって未経験な出来事の連続は、新鮮な驚きに満ちていた。
「それじゃ、鬼首ヶ原さん。これから悪魔獣との模擬戦を行うにあたり、あなたにも戦闘特化式魔法少女形態への変身許可を与えます」
「ミレス・マガ・モード?」
「そう。あなたの力を数十倍に強化してくれる戦闘モードなの。所謂ヘンシーン! ってやつね」
綾乃先生がお茶目にポーズを取る。そして、続けてインギーへと問うのだった。
「使い魔さん。初めての変身だけど大丈夫かしら?」
「ええ、もちろんです。ではカオル、戦闘形態への移行を行います」
「お、おう……なんだか知らんが、いっちょバッシーンと決めてくれ」
「では参ります。通常・制服着装解除。戦闘特化式魔法少女形態へ」
突然、インギーの黒くつぶらな瞳が一転。燃え盛るような緋色のそれに変わり、異様さが漂い出した。
と、それに呼応するかのように、鬼首ヶ原カオルの頭上へと、不可思議な光の輪が現れる。
光の輪は、ゆっくりと回転。静かに降下しながら小さな輝きを撒き散らし、カオルの身体に変化を与え始めた。
「服が――消えていく。いや、服に変わって、なんだか光のヴェールがまとわりついているような感じだ」
やがて光の輪は足元まで降下。カオルの身体は、完全に美しい輝きに包まれた。
すると光の輪が、今度は上昇を開始。
「へぇ……こいつはいいや」
感嘆するカオルの目に映ったもの。
それは、足元から徐々に装着されていく、可愛くもかっこいいという表現が似合う、いかにも戦闘系魔法少女といった感のある衣装――いや、もはや「武装」といって良いものだった。
黒と銀のスリムでシャープなレッグアーマー。
鋭角的でお洒落な、エメラルドグリーンのスカート。
腰のくびれと胸元の豊かさを強調する、コルセット調アーマー。
そして、頭部を華麗に飾る銀色のティアラ。
「おぉ、すっげぇ! 髪の毛の色までエメラルドグリーンに変化してんのな」
自らの髪の毛を右手ですくい上げ、その美しさにため息を漏らすカオル。
「きゃ~! お姉さま素敵過ぎる~」
音葉の黄色い声を先頭に、次々と生徒達の歓喜の声が上がった。
「はいはーい、皆さんお静かに」
綾乃先生が、手をパンパンと叩いて皆に注意を即す。
「さて、鬼首ヶ原さん。これであなたも、今日から立派な魔法少女よ」
「あー……その実感はあまりないけど……がんばります」
綾乃先生が満足そうに「うん!」と一際大きく頷き、続いてオーディエンスと化していた他の生徒達にも戦闘形態への変身を促した。
「フェリーにゃ! 通常・制服着装解除。戦闘特化式魔法少女形態へ移行して!」
「了解だにゃ」
「トラッキー、転・戦闘特化式魔法少女形態」
「おう、ほないくで!」
「がーちゃん、ミレス・マガ・モードにチェンジ!」
「ぐわぐわー」
音葉が、千早が、エリーが、そしてクラス中の少女達が、一斉に使い魔へと戦闘形態への変換を指令。
まばゆい輝きの中、生徒達は揃って、さまざまな個性溢れる戦闘衣装に身を包んだのだった。
「みてみて、お姉さま。私の戦闘服も可愛いでしょ」
「ああ。水色と白のコントラストが、音葉によく似合ってるよ」
「でしょでしょ? 結構気に入ってるんだ~」
「かおりん、私のは? 私も似合ってるかな?」
「エリーは黄色か。すごく可愛さが前面に出た、いい戦闘服だな」
「えへへ。うれしいな」
「お。千早は赤を基調としているのか。お前の戦闘力の高さと華麗さが、そのまま色に変換された感じだな」
「う……よ、余計な事言わないでよ!」
「あはは、ちーちゃん照れてる~」
「て、照れてなんかない!」
さながら、コスチュームプレイの品評会といった趣となった魔法戦闘の授業。
だが、和気藹々とした空気はここまで。
これから二時間は、「戦闘」という名の授業に身を置く少女達から、笑顔が消える時間。
「清聴! これより魔法戦闘の訓練を執り行う。私語は一切禁止」
「「「はいっ!」」」
綾乃先生のキリリと通った「一喝」により、生徒達は緊張を身にまとうのだった。
『いよいよか……』
カオルの胸中に、ワクワクにも似た緊張が駆け抜ける。
同時に、綾乃先生や生徒達が見せた、訓練とはいえ戦闘に向かうという意識の切り替えように、カオルは小さいながらも心強さを感じるのだった。
最後まで目を通していただき、まことにありがとうございました!