第二章 第一話 初登校
次の日の朝。
ベッドのクッションの心地よさと、体を包む暖かさに、カオルは最上級の目覚めを感じていた。
そんな中、寝る前の記憶と少々異なる「違和感」に気付く。
なんだか、ベッドの中にもう一人誰か居るかのような感覚があるのだ。
「……なんだ……インギーか……にしては、結構デカいな。もしかしてお前、寝るとデカくなるのか……」
などと半ボケの脳で意味不明の勝手な解釈を巡らせている中。ほのかにカオルの鼻腔をくすぐる、甘く、優しい香りがした。
うっとりとしたまどろみの最中、寝返りをうち、寝ぼけ眼でその違和感の元を確認。
――そして、一気に目が覚めてしまった。
「どわっ!? だ、だ、だ、誰だよ!!」
そう。そこにはインギーではない、「誰か」が居た。
触れれば壊れてしまうかのような華奢な体に、不釣合いなほどの豊満な乳房。
まだあどけない少女のような表情で、静かに寝息を立てている、純白の下着姿の「彼女」。
それは誰あろう――
「ア、アヤちゃん!? ……あ、いや綾乃先生!! 何やってんですかこんなところで」
「ふみゅ……ん? あ、おはよう鬼首ヶ原さん。それに使い魔の……」
「おはようございます。改めまして、イングウェイと申します。インギーとお呼びください」
ニコニコと、何食わぬ顔で一人と一匹に朝の挨拶を送る綾乃先生。
そんな彼女の空気に、カオルは一瞬飲まれそうになりながらも、
「お、おはようございます……じゃなネェよ!? 何でおま……じゃない、あなたがここで寝てるんですか?」
目の前の半裸を再認識し、まくし立てるように言うのだった。
「ん……あ、あれ? 私、部屋間違えちゃったかな? ごめんなさいね、ちょっと酔って帰ってきたものだから……」
「え? 部屋を間違える程に泥酔してたんですか?」
「うん。ごめんにゃさいね~」
てへへと笑って誤魔化す聖川綾乃。
そんな彼女に、昔となんら変わっていない「かわいらしさ」を感じ、カオルは不思議と沸き立つ笑みを止められないでいた。
「まったく……ここのセキュリティーはどうなってるんですか?」
「あら、鍵は掛かってなかったわよ」
「あ……そう言えば、掛けた覚えが無い……かも」
「ふふ。あなたこそ、セキュリティーをしっかりしないとね」
「そ、そうですね……でも、酔って部屋を間違えて入るなんて、教師として問題ありですよ。綾乃先生」
「そりゃあね。教師として、の前に、一人の人間でもあるもの……」
ふと、その瞳の中に憂いを宿し、綾乃先生は小さく零す。
まるで嫌な現実を受け入れたかのような、そんな口ぶりである。
「どうしたんですか? 先生。まさか、あの学園長に何か酷い事を言われての自棄酒ですか?」
「鬼首ヶ原さん。学園長は、威厳と優しさと深い知識を兼ね備える人格者なのよ。そんな風に言っちゃダメ」
にへへ、と笑っていた顔が、学園長を示す言葉を出した途端、真面目な顔に戻る。
それほどまでに、彼女の中での学園長の存在は大きいのだろう。カオルはそう感じ取り、態度を改めた。
「そうですか。そりゃ失礼……なら、どうして酒なんか飲んだんですか?」
「う、ううん。な~んでもないわよ。あっ! そろそろ登校時間じゃない!? 急いで準備しなくっちゃ」
そう言って、そそくさとカオルの部屋から出て行く聖川綾乃先生。
そんな彼女を視線で見送りつつ、カオルは小さく零すのだった。
「酩酊していたって割には……あまり酒臭くなかったな、インギー」
「そうですね。何か誤魔化された感があるような気もしますが……もしかしてすごく下戸なのではないでしょうか?」
「……そうかもな」
なんだか煙に巻かれたような感覚に見舞われた気がする……そう感じながらも、ふと目に留まった置き時計が知らせる「そろそろ急がねぇとヤベぇぞ」という時刻に気を急かされ、有耶無耶となってしまったのだった。
それから程なく。
カオルは綾乃先生に引率され、学校へと向かった。
道中、登校中の生徒たちの好奇の視線に晒されつつも、毅然とした態度で颯爽と歩く。
それは、少し前を歩く聖川綾乃のスタイルを真似しているようでもある。
「さっき、ベッドの中で見たアヤちゃんとはまるで別人のようだな」
カッカッとヒールを高らかに鳴らし、女生徒達からの羨望の眼差しと朝の挨拶を笑顔で受け止めつつ、髪をたなびかせて颯爽と歩くその姿は、さっきまでの少女のままの可愛さは見当たらず、大人の女性の代表とも言える様な佇まいである。
そんな人目を引く二人に、聞き覚えのある可愛い声が飛び込んできた。
「綾乃先生、かおりん、おはようございまーす!」
「あら、ヴァルゴさん。赤坂さん。おはよう」
「おはよう、エリー。それに千早も」
「ええ、おはよう」
二人に負けじとばかりに、威勢と威厳を纏う赤坂千早。
が、それは少々背伸びをしている風な感じがする。カオルにはそう感じられるのだった。
『何だ? 俺達に張り合ってんのか』
そう思いつつも、いぶかしさより可愛さが先んじて、思わずカオルの表情が綻ぶのだった。
「な、何よ。ニヤついちゃって」
「あ、いやなんでもない。ただの思い出し笑いだよ」
「……キモ」
「き、キモいとか言うな!」
と、ついつい男だった頃のカオルが顔を覗かせる。
少年時代、全く女っ気の無い生活を送っていたため、「もしかしたらホモなんじゃないの? キモい~!」と囁かれていた……と、一人ありもしない幻聴を脳内で聞いていたカオル。
そんな被害妄想が、カオルの周囲から女性という存在を排除していた大きな一因でもある。
「確かかおりんって同じクラスになるんでしょ? これからよろしくね」
そんな時。まるで場の空気を読んだかのような、エリーの質問が入る。
「あ、ああ一年一組だったっけか。千早や音葉と同じ」
「そうだよ」
「もう既に友達が出来てよかったわ。鬼首ヶ原さん、他の皆とも仲良くしてね」
「さて、どうですかね。私も、願えるなら仲良くしたいですよ」
ふと、カオルの本心が口を突く。
『昨日の歓迎? 振りを見るに、素直な歓待を受ける気がしないぜ』
なんとなく、そんな思いがカオルの中に過ぎっていた。
そして、その想像は――初めての挨拶と共に見渡した24人のクラスの面々を見て、ほぼ確信に変わりつつあった
「皆さん。今日から共に勉強や魔法を学ぶ新たなお友達を紹介します。鬼首ヶ原カオルさんです! 仲良くしてねあげてね」
「「「は~い!」」」
「お姉さま、よろしくー!」
元気に答える声が、おそらく半数。
そんな中、異常にテンションが高い声が1名。
そして、表立ってはにこやかな表情を浮かべ、歓迎の意を見せている4人の少女達。
それ以外は、まるで敵視にも似た視線を送る生徒達。
「はは。ジョーカーに千早に、ダイアナのグループ。それと、後何人かには、あまり歓迎はされてないな」
そこはかとなく漂う一抹の不安。カオルは自分自身に「上手くやっていけるかね?」と苦笑いで問うのだった。
最後まで目を通していただき、まことにありがとうございました!