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第一章 終 第十六話 就寝

 入浴後の脱衣所にて。


「いや。すまないが、もう今日は疲れたから寝る」


 生徒達がカオルの歓迎会を開こうという提案を、眠気と疲れを口実に、また後日と断りを入れる。

 それは正直な言葉であり、カオル自身、まだ精神的に女性の身体というモノに完全な折り合いがついていないと言う節があるのだった。


「じゃあ鬼首ヶ原さん。また明日、学校アカデミーで」

「じゃあね、お姉さま。またあした~!」

「かおりん、また明日ね」

「ああ。またな」


 今日一日で知己を得た面々が別れの挨拶を交わす中、無言でぷいっと去る千早。

 そんな彼女の背中に向け、カオルは満面の笑みで言葉を送った。


「千早も。また明日な!」

「え、ええ。また明日」


 千早が少しだけ振り向き、すぐさま照れを隠すように正面を向く。

 そんな彼女の後を、てこてことエリーが可愛く追うのだった。


探知者サーチャー攻撃者アタッカーか。チームとしては欲しい人材だな」


 自分の部屋へと向かう道すがら、カオルは何気なく一人零す。

 それは、無意識ながらも、対悪魔獣模擬戦を見据えての言葉だ。


「何ですか? カオル」

「いや、なんでもないさインギー。とにかく部屋に入ろう。確かこの部屋だったはずだよな?」

「ええ。一番最上階の、最奥の部屋でしたね」


 与えられた部屋へと、最初の一歩を踏み出す。

 そこは1LDKの、一人暮らしにはもってこいといった居住空間だった。

 落ち着いた趣の六畳ほどのリビングには、ソファーやテレビやテーブルが、くつろげる空間を演出。

 その奥の八畳はある部屋には、ベッドやクローゼットや鏡台、そして勉強机。その上にはパソコンが置かれてあり、しっかりとプライベートルームの役目を担っていた。


「は。なかなかに良い部屋じゃないか。中学生に与えるには、ゴージャスすぎるかもな」

「そうでしょうか? 私にはよく分かりませんが」

「俺が高校の寮に居た頃は、八畳の畳部屋に野郎が二人。しかも雑魚寝ときたもんだ」

「それはちゃんとお布団を敷かないカオルがいけないのでは?」

「ふん、うっせぇ。んなメンドい事してられっか……まぁ軍隊時代の地獄の暮らしに比べたら、それもまだいい方だけどな」

「へぇ、それはどんな酷い環境だったんです?」

「聞くも涙、語るも涙ってモンさ。交代で寝る多段ベッドに、前の奴の温もりが消えないうちに潜り込んでの睡眠。野戦での行軍最中に仮眠をとるための穴蔵。敵襲来をガナるスピーカーに怯えながら、まともに眠れない日々……おかげで、どこでも瞬時に寝れる習慣が付いちまったよ」


 まるで懐かしむように、カオルはインギーへと語るのだった。


「とにかくだ。今は疲れたから、泥のように眠りたい」

「そうですね。こちらの世界に来て、いきなり模擬戦ですから」

「そうだよ。あのババァ、俺を目の仇にしてやがんだぜ、きっと」

「そうでしょうか?」

「んだよ、インギー。あのババァの肩を持つってのか?」

「いえ、そうではありませんが……あの方を見るに、カオルの潜在能力を買ってらっしゃるのではないでしょうか?」

「潜在能力ねぇ……んなモン、俺にあるってのか?」

「それはどうかはわかりません。ただ、あなたは実験体です。未だにどんなことが起こるかわからない……と言うのが、正直なところですからね。故に、我々には予想もつかない未知の力を秘めている可能性があるのです」

「実験体か。いい気持ちがしねぇな」

「何せ、今回が初の成功例であるプロジェクトですからね」

「前例が無いってのはおっかねぇな。そう言えば、俺の前の奴にも実験体がいたんだっけか」

「はい。残念な結果になったと聞いています。それ以外は……」


 一瞬、カオルの中に何か言い様の無い不安が巻き起こる。

 その不安は、自分自身の身がどうなるのか――と言う不安もさる事ながら、『ちゃんと仲間の仇討ちが取れるのだろうか』という願望への不安の方が大きかった。


「まぁいいさ。それより……アヤちゃんの急な呼び出し。あれ、なんだったんだろうな?」


 そんな懸念を掻き消すように、カオルは話題を変える。


「さて。なんでしょうね……もしかするとカオル、あなたに関しての事ではないでしょうか」

「お、俺の事? まさか、俺の正体を!?」


 少し狼狽してインギーへと尋ねる。

 だが、そんなカオルへと、彼女の使い魔はすました表情で言うのだった。


「それは無いでしょう。なにせ極秘裏のプロジェクトですからね。私が察するに、カオルの今後の指導方針ではないでしょうか?」

「そ、そうだよな。とにかく彼女アヤちゃんに、俺がこんな姿になったって知られるのは……恥ずかしい」

「そうですか。では、そういったプレイだと考えるのはどうでしょう?」

「そうだな。それも悪くな……めっちゃ悪いわッ!」


 乗りツッコミよろしくインギーへと吐き捨て、


「ったく。ま、今の彼女は教師だから、その辺の連絡事項か何かだろう」


 と一人零して、ベッドに身を預けるカオル。


「きっとそうでしょう。それが妥当な線ですよ」


 と、インギーが返答を寄越す。が、その受け手からの次の返答がない事に気付き、


「カオル? あ……本当にあっという間に寝れるんですね」


 ベッドに大の字になっているカオルへと、インギーは返信不要の言葉をかけるのだった。


「じゃあ、私も寝るとしましょう」


 そして自らもカオルの傍らに降り、蹲りつつ目を閉じる。


 こうして、カオルの慌ただしい一日は、深い眠りと共に終わった。

 『彼』の短い一生の終焉と、新たに始まる『彼女』としての第一歩と共に。



最後まで目を通していただき、まことにありがとうございました!

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