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第十二話 寮


 シンプルな作りながら、気品と清潔感に満ちた四階建ての建築物、アカデミー生徒・教師寮。

 暖かい色合いの明かりに包まれているそのロビーにて、カオルは聖川綾乃先生からこの寮についての説明を受けていた。


「えっと。まず、この建物は一年一組生徒、および教師専用の寮なの。二階から住居になっていて、一階層に十部屋、一人に一部屋があてがわれているわ」

「一人一部屋ですか。それは有難い……つーか、って一年一組だったんスね」

「ええ、ごめんなさいね。言いそびれちゃって」

「いやぁ、別にいいですよ。名乗り上げの時にちょこっと困ったくらいですから」


 カオルが親しみのこもったような笑顔で、茶化すように返す。

 ふと、そんな仕草が「何か」に触れたのか、綾乃先生は立ちすくみ、カオルの顔をまじまじと見つめるのだった。


「ん? どうしたんですか、先生」

「……あ、いえ。ごめんなさい、ちょっとぼーっとしちゃって」

「もしかして疲れてるんですか。無理はいけませんよ」


 インギーが言う。けれど、綾乃先生はふるふると首を振りつつ、笑顔で答えた。


「ううん、そうじゃないの。ただ、学園長室でも触れた人の事なんだけど、あなたってその人によく似ているなぁって思って」


(どきっ!)


 カオルの心臓が、ひとしきり大きな鼓動を打つ。


「や、やだなぁ。それって確か、男性じゃないですか。そう、同じ『カオル』って名前でしたっけ。でも性別も外見も違うでしょ?」

「ええ、そうね。けれど、あなたから漂う雰囲気と佇まいが、なんとなく似てるの」

「お、男の人に……ですか?」

「うふふ、ごめんなさいね。知人の男性と同じ印象を受けただなんて、不愉快になったかしら?」

「あ、いや……昔から男っぽいって言われてきたから、そう言う事は結構慣れてます。つか、本性現すと、そっちの方が良いって言うか……」


 誤魔化し半分でへへへと笑うカオル。と、綾乃先生は屈託のない笑顔で言うのだった。


「あなた、笑うと本当に『あの人』に似てるのよね……ねぇ、鬼首ヶ原さん。あなたに今二十歳のお兄さんとか居ない?


「(う、やべぇ! これってバレかけてるんじゃないのか? なんとか誤魔化さなきゃ)えっとその……いえ、ずっと一人っ子で……」


 わたわたと手を振って否定するも、それはどうやらカオルの取り越し苦労らしく、


「なんてね、冗談よ」


 少し意地悪な笑みで、カオルをからかう様に言うのだった。


「う……先生、性格悪いっすね」

「う~ん、恵那の性格が移っちゃったかな?」

「恵那って、あの保険医の先生ですか」

「そ。高校からの腐れ縁なんだけどね……いろいろあって、ここにおっことされ(・・・・・・)ちゃった」

「落とされた? ですか」

「まぁ、よくあるツマンナイ話よ。忘れてちょうだい」


 聖川綾乃はそう零すと、肩をすくめ、一人苦笑いを浮かべた。恐らくそれは、彼女にとって思い出したくない記憶なのだろう。カオルは喉元まで出かかっていた「何があったんだよ? アヤちゃん」という言葉をグイッと飲み込んで、何も気づかないフリをしたのだった。


 そんな彼女の気遣いを察してか、


「さぁ、それより早くお部屋に行きましょう。あなたのプライベートルームは四階の一番奥よ、案内するからついて来てね」


 二基あるエレベータのうち、上昇するエレベーターを指差し、「さあ、いそいで!」とばかりにカオルを手招きする綾乃先生。

 四階のボタンを押すと、自動的にドアが締まり、軽やかなモーター音と共に上昇を開始する。


「階段もあるけれど、四階まではメンドクサイからね」


 ペロッと舌を出し、悪戯っぽく微笑む綾乃の表情は、カオルの知る「あの頃」そのままであり……ともすれば、「本当は俺、お前の知るカオルなんだぜ」と、自らの正体を告白してしまいそうになる。

 そんな想いを一人押し殺し、カオルは一階毎に点滅を繰り返すランプを見つめていた。


(四階までの時間が、えらく長く感じられるな)


 懐かしさと緊張と、そして自分を曝け出せない葛藤。それらが、カオルに感じた事の無い時間の経過を与えている。

 もしかするとこれって、鬼首ヶ原薫オレ自身が、「このまま二人でずっと居たい」と願った故の、どこかの誰かが与えてくれた「特別時間経過サービス」なのかもしれないな……そんな都合のいい妄想バカに、思わず自分自身を苦笑い。


「ん? どうしたの鬼首ヶ原さん」

「あ、いえ……なんでも。ただの思い出し笑いです」

「クス、そう。思い出し笑いであれ何であれ、この時代、笑える事って本当に大事だと思うの」

「……そうスね」

「ここに居るみんなは、多感な年ごろの少女達ばかりでしょ。それが志願であれ義務であれ、戦いに身を投じなければならない運命を背負わされて……心から笑っている子なんて、ごく少数――いえ、一人だっていないかもしれないわ」

「かも……しれないな」

「なにより、ついこの前まで甘いモノとファッションとイケメンアイドルの話しかした事の無い子供たちなのよ。そんな子たちが、いくらこの世の危機だからとはいえ、戦士としての気構えをそう易々と身に付けてくれるとは思えないの」

(……えらい言われ様だな。けれど、それが現実だから仕方ないか)

「それ故、あなたのような戦いに精通している子が、どうしても必要だったの。私や他の教師は、魔法での戦闘方法は教えられても、肝心の戦いへの気構えを教える術を知らなくて……なにせ、戦争なんてした事が無いから」

「アヤ……ちゃん」

「だからね、学園長がお墨付きを与えるほどの薫クン(・・・)の闘い振りを見て、すごく安心しちゃった…………って! わ、わたしったら何言ってんだろ!? ご、ごめんね鬼首ヶ原さん!」

「へ? あ……い、いえ」


 無意識のうちに、お互いが隣に立っている人物の事を「あの人」と錯覚してしまっていたのだろう。

 ほんの一瞬ではあるが、そこには少年時代の二人がいたのだった。


「うう……本ッ当にごめんなさい。私、どうかしちゃってる……鬼首ヶ原さんの事を、つい『雨宮薫』クンと錯覚して……」

「雨宮……薫」


 俺の旧姓だ。カオルは心の中で、そう呟く。


「って言うか、鬼首ヶ原さん! 私の事はちゃんと『聖川先生』と呼びなさいよね。あなたが『アヤちゃん』なんて呼ぶからつい……その……」


 カオルにとって、懐かしさと少し嬉しさが滲み出ている(気がする)笑みを浮かべつつ、綾乃先生は怒ったフリで言う。


「えっと、その……私も先生の事を、つい知り合いのお姉さんと錯覚してしまって」

「まぁ、そうなの? とにかく、これからはお互い気を付けましょう」

「はい、すいませんでした。これからは気を付けますよ……アヤちゃん先生♪」

「もう、鬼首ヶ原さん!」

「あ、先生! もう既に四階ですよ。早く降りなきゃ」


 そのあまりにも可愛くもおっかない叱咤に、逃げを打つようにエレベーターから降りるカオル。


「まったく……その素晴らしい逃げ足も、クラスのみんなに教えてあげてちょうだい」


 プリプリと怒った口調ではあるものの、少し楽しげな表情の綾乃先生。


「さ、あなたの部屋はこの先よ。ほら見て、既にあなたのファンたちが入り待ちをしているみたいね?」

「い、入り待ちって……」


 薄いグレーの絨毯の先、一番奥の部屋の前。そこには既に、五~六人の少女達の人だかりができていた。


「あは、来た来た!」

「お姉さま、まってたよ~!」


 その輪の中には、見知った者が二名。さっき模擬戦で戦った郡山音葉と、稲垣静音だ。


「待ってたってお前ら……また模擬戦しようとか言うんじゃないだろうな?」

「鬼首ヶ原さんの部屋、恐らくこの空き部屋だろうと思って先回りしてたのよ」

「だから、何を待ってったんだよ? そろそろ良い子は寝る時間じゃないのか」

「その前に大事な事があるでしょ? それのお誘いに来たんだよ、お姉さま」

「ああ? 大事な事って……何だ?」


「「「お風呂!」」」


 声を揃えて、その素敵なキーワードを答える少女達。

 カオルは、一瞬「こいつら何言ってんだ?」と顔をしかめたが……


「あ、言い忘れてたけどね……この寮の各部屋には、お風呂が無いの。勿論シャワーもね」

「ええっ!」

「でもご安心。各寮の中庭に、三十人は優に入れる天然温泉の大浴場が完備されているのよ。すごいでしょ! もうね、お肌もつるっつるになるんだから!!」


 やたら高いテンションで、この寮のウリを語る綾乃先生。

 だがそれは、カオルにとって死活問題になりかねない状況だった。



(やべぇ……大浴場が大欲情になって、俺の鼻血で血の海に!)



最後まで目を通していただき、まことにありがとうございました!

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