第七話 VS赤坂千早
「インギー。今回も試合開始と共に、ジェイクを召喚。だが、今度は接近戦だ」
「近接戦闘ですか? あなたの武器は遠距離攻撃用ですよ、カオル」
カオルの言葉に、ふと疑問を呈するインギー。
「分かってるさ。だから、ヤツの剣のレンジ外ギリギリでの攻撃に専念するんだ。なぁに、剣技能力B+だっていう郡山音葉の動きにも、余裕で付いて行けたんだ。A+っつっても、所詮は十四歳の女の子……まぁ、どうにかなんだろ」
「そうですか、了解です。あ、でもですねカオル……今回もジェイクだけでいいのですか?」
「ああ、構わないさ。なにせこっちゃあ攻撃方法が少ないんだ。工夫して奥の手を作らなきゃな」
へへへと笑い、インギーとの作戦会議を終えるカオル。と、
「ちーちゃんちーちゃん! 解析かんりょ~」
そんな中、赤坂千早へと駆け寄る、小さな少女の姿があった。
まだ小学生かと思われるような体躯と、あどけない顔。ふわりとしたセミロングの髪が金色に靡き、大きく愛らしい瞳は碧く輝いている。察するに、恐らくは外国人と思われる生徒だ。
「随分と速いわね、エリー」
「うん、だって相手はチュートリアルもまだ受けてない――」
「しっ! 声がおっきいわよエリー」
「あっと。ごめんにゃ、ちーちゃん」
舌をペロッと出して、にへへと笑う金髪少女。その見た目の幼さは、とても十四歳とは思えない印象を与えるのだった。
そんな小さな女の子に、赤坂千早は膝を折って背丈を合わせ、耳を近付け――
「んとね、解析の結果はね……」
「フン、なるほどね」
やがてヒソヒソ話は終わり、ニヤリと表情を変える。
「面白いわ……ありがと、エリー」
「どーいたしまして!」
「それじゃ、行くわよトラッキー」
「おう! 一発キャンいわしたろや」
背中に白い羽の生えた、デフォルメされた虎を従え、赤坂千早がにじり寄る。
そんな彼女が湛える不敵な笑みは、カオルの神経を逆撫でするに十分だった。
「聖川先生、休憩なんて必要ないわ。とっとと始めちゃてください」
「え? でも赤坂さん、五分間の休憩を取るのはルールとして決まっている事。それは知ってるでしょ?」
「早くお願いします。この鬼首ヶ原って子を……今すぐ叩きのめしたいので!」
「ダメよ。鬼首ヶ原さんはさっきまで戦って――」
正面切ってカオルへと挑発的な視線を送る、赤坂千早なる少女。
そんな敵対心溢れる気配に、カオルの中の何かが、ザワザワと疼き始めたのだった。
「いえ、いいんです綾乃先生。戦いには『機』ってものがあるんですから。俺――あ、いえ、私だって今のこの闘争心を消したくないんで」
静かに、淡々と「戦いへの意欲」を語り、カオルも赤坂千早へと対峙する。
だが、見据える彼女の瞳には、新たな戦いへ望めると言う喜色が溢れていた。
「そ、そう。なら仕方が無いわ……ではこれより、第三戦目を開始します! 双方、名乗りを上げてください」
「 一 年 一 組 、 赤 坂 千 早 ッ !! 」
まるで肺腑を抉るような、赤坂千早の名乗り声。それに触発され、カオルもまた裂帛の気合を込め、名乗り返すのだった。
「 一 年 、鬼 首 ヶ 原 薫 ッ ! 」
「それでは――デモ・マガバトル開始!」
「インギー、ジェイクだ!」
「了解カオル」
「トラッキー、『虎鉄』を召喚!」
「あいよ、旦那」
一瞬の輝きを振りまき、赤坂千早の右手に、一振りの日本刀が生まれる。
そして、静かにその鞘から抜刀――したその刹那!
「――うッ。は、速い!」
カオルの予想を大きく上回る、急激な加速による間合い詰め!
瞬き一つの間に、双方の間は赤坂千早の得物の攻撃範囲まで縮められてしまった。
「 で ぇ い っ ! 」
まるで空間をも切り裂くような、両手での切り上げ。
瞬時に「戦い」よりも「全力での回避」を選んだカオルだが、それでもなお、ギリギリのところで「事無きを得た」という状況。
(んにゃろう、中々やるじゃねぇか。改めて剣技A+の腕前というモノを思い知らされたぜ!)
そう心の中で苦笑い……する余裕も無く、第二刃がカオルを襲う!
「遅いおそいッ! ガンナーの弱点は機動性の乏しいところ。いくら戦闘能力が人より秀でていても、己の魔法感覚を理解していなければね!」
「――ぐっ! クソッ」
右に、左に、間髪入れず走る、一筋の輝き。それらを、どうにかこうにか避ける事で精一杯のカオル。
追い詰められた小動物のような感覚に不快さを感じ、たまらずダッシュステップで距離を開ける。
――しかし!
「甘い! 近接戦闘者のダッシュから逃げられると思って!?」
何度逃げても、瞬く間に、また白刃の射程圏まで引き戻されてしまう。
「こっちだって、やられっぱなしじゃ――」
だがカオルも、何も考え無しに逃げ回っていた訳ではなかった。
再度バックステップで大きく間合いを開け、距離を取り、
「逃げらんないっつってんでしょ!」
「――ないぜっ!!」
赤坂千早の突進を、まるで誘い込むかのように待ち受けるカオル。
パターン化された連続行動には、気の緩みが生じる場合がある。そんな可能性に勝負をかけたカオルは、はたして赤坂千早に付け込む一瞬の隙を見出し――発射!
「喰らえッ!!」
「パンッ! パンッ! パンッ! パンッ!」と、乾いた銃声が瞬く間に四度鳴り響く。
至近距離からの発砲に、ダッシュの勢いと幾許かの気の緩みが、魔法弾丸の着弾を許した!
「くぅッ!!」
――が! それはたった一発のみ。
赤坂千早が見せた咄嗟の右側回避に、カオルが放った弾丸の三発は、そのまま空を突っ切り消滅。命中した一発も、左肩を射抜くだけの結果となった。
一手リードしたか? と思われたその瞬間!
赤坂千早は、右回避からそのままダッシュを見せ、再びカオルへと電光石火の接近を果たす。
そう、彼女は怯まない! 恐怖に駆られないのだ。
目標を持って動き、その役目を果たすまで駆け、働き、達成する。そのためには少々の犠牲など構っていられない。
他の女生徒と比べ、彼女は剣の腕もさることながら、目的に対する意気込み、心構えが違う!
須臾の刻、そんな想いに心が奪われたカオル。その結果――
「せりゃあっ!」
「――ッ! しまった!」
赤坂千早が放った下段から上方への切り上げが、カオルの持つ「ジェイク」を弾き飛ばす。
咄嗟の衝撃に、己の相棒を手放してしまった事への後悔が、表情を窺わせたのだった。
「武器は奪ったわ。さぁ覚悟なさい! 鬼首ヶ原薫」
剣先を突き付け、余裕を以って最後を通告する赤坂千早。
だが! そんな彼女の隙を突いて、カオルは叫んだ!
「インギー、エリウッドだッ!」
「了解!」
途端、カオルの左手に光の結晶が宿る。
それは瞬く間に、黒鉄色のボディーを誇る、一丁の銃へと変わるのだった!
「もらった!」
咄嗟の出来事に、対処が遅れるであろう赤坂千早。その一瞬に魔法弾丸をぶち込む!
そんな計算の上での、カオルが打った一芝居は、ものの見事に――読まれていた!
五つの銃声と重なるように、金属同士がぶつかり合う高音が鳴り響く。
それはつまり、カオルが放った五発の魔法弾丸を、赤坂千早はまるで攻撃を分っていたかのように剣を構え……その全てを跳ね返したのだった。
「おいおい、ウソだろ?」
「どっこい、嘘じゃないわよ。あなたのそのもう一つの銃、ずっと警戒していたのよね」
「何? 警戒してた……だって? それはつまり――」
「そう、知ってたの。あなたにもう一丁、銃があるって事」
カオルの脳裏に浮かぶ、さっき見た、赤坂千早と小さな金髪少女とのヒソヒソ話。
(そうか。あの時聞こえた『解析した』ってのは……俺の性能を解析したって事か)
「はは。こちとら初心者だってのに、一切の手加減ナシなんだな」
「違うわ! 勝つための手段よ。たとえそれが、九ヵ月間みっちり魔法戦闘の訓練に明け暮れた者と、今日は入ったばかりのドシロウトの戦いだったとしてもね!」
「いちいちごもっともだ。なるほど、学年筆頭だってのも頷けるぜ」
「なら負けを認めて、さっさと降参しなさいよね!」
「そうだな。それも一つの手かもしれない……仕方ない、エリウッド・クリア」
左手のエリウッドを格納し、まるで「こいつは敵わない」とばかりの表情を見せるカオル。
しかしながら、その表情の裏には――
(やっぱ所詮は十四歳の女の子だな)
そんな思いを巡らせつつ、赤坂千早を「かわいく」思うのだった。
(見せてやんぜ、ついさっきまで現役軍人だった『大人』の戦いってヤツを!)
そう心で叫んだカオルが、突然赤坂千早の視界から――フッと消えたのだった!
「――ッ!」
勿論、消滅した訳でも、煙の如く消え去った訳でもない。
素早く赤坂千早の懐へと滑り込み、剣を構えた赤坂千早の腕を左右の手で掴むカオル。すかさず重心を預けると、千早は無意識に踏ん張ろうとして、足を開いてしまう――その瞬間を狙い、右足での足払い!
不意を突かれた千早が、足元から揺らぎ崩れる!
それは、日本防衛軍が基本戦闘の一つ。訓練学校を出た者ならば、嫌と言うほど身に染み付いてい格闘技――日本式組戦闘・柔術。
「え、何? ひゃッ!」
驚きの声を上げて倒れ込むる少女の頭部に向け、カオルは間髪入れずに左手を構え、
「インギー、エリウッド!」
「了解!」
言うが早いか、銃声が五度。まるで一時に発射されたかのような感覚で鳴り響く!
「きゃあっ!」
直後に聞こえた、絹を引き裂くような叫び。それは紛れも無く、赤坂千早が発した悲鳴であり、すなわち――
「そこまで! 勝負あり、勝者鬼首ヶ原さん!!」
カオルの勝利を意味していたのだった。
最後まで目を通していただき、まことにありがとうございました!