第九章 第七話 実技テスト・個人編 5
「ふーん。やるね、ジョーカー」
ジョー・カーラングルの挑発的な視線を、カオルは屈託ない笑顔で返す。
そこには、彼女が隠し持っていた実力を、ただ素直に評価・称賛している姿があった。
「……フン」
ふと、ジョーカーがカオルから視線を外し、少々不満げな表情で座り込む。
それはきっと、カオルに思った風とは違うリアクションを取られた故の、不満……あるいは戸惑いなのだろう。
「さぁて、お次は私達か。音葉、いっちょ行こうぜ?」
「は、はい! お姉さま」
思いがけず、カオルからの「共に」のお誘いを受け、「カオルお姉さまの戦いぶりを見れない」という残念感から一転。
音葉の気持ちは、歓喜に舞い上がる。
「お姉さま、がんばろうね!」
「ああ。音葉こそ、しくじるなよ? Aクラス入り、がんばろうぜ」
「うん! まかせて」
そして、戦場への扉を二人して通過……しようとして、音葉はカオルと同じ扉へと付いて行くという、ボケなのか天然なのか判断しがたい行動をとるのだった。
「おい、お前の戦場はあっちだ」
「てへへ。まちがえちゃった」
音葉が呑気に笑って誤魔化す。
けれどその間違いは、決して天然や嬉しさのあまり調子に乗った、という行動の類だけではない。
音葉自身、極度に緊張していたのだ。
「「ふたりともー! がんばってねー」」
エリーと千早の声援が聞こえる。
嬉しさの反面、カオルには小さなプレッシャーがかかる。
「ああ、まかせな」
カオルは親指を立てて、にっこりとほほ笑んだ。
けれど内心、そんなお気楽な表情とは裏腹な気持ちが、彼女を支配していた。
「やばいな」
「なんです? カオル」
傍らを飛ぶインギーが、その小さな呟きを受け取り、尋ねる。
「声援を受けて、ほんのちょっと気負っちまった」
「らしくないですね」
「いやまぁ、それは私にとっちゃ程よい刺激になるんだが……音葉、大丈夫かな?」
「郡山音葉がどうかしましたか?」
「Aランク入り、がんばれ。って、音葉に変なプレッシャー与えちまっただろ?」
「心配、ですか?」
「まぁ、ちょっとな」
要らぬ一言のせいで、調子が狂う。
些細な事が切っ掛けで、生死を分かつ。そんな場面を、カオルは戦場で幾度か見て来た。
それ故の、小さな気掛かりなのである。
「でも、音葉の事だ。どんなピンチでも、のほほんとすり抜けてくれるだろ」
「ですね。それよりもご自分の事を考えてください。カオル」
「ああ、そうだな」
「で、どうします? 速攻を決めますか? それとも――」
「そうだな。まぁ一応、考えがある」
カオルは何かを決意したかのように、気持ちを切り替える。
軍隊時代の、作戦直前を思わせる高揚感と緊張が、カオルの脳裏に蘇るのだった。
「ではでは、時間は10分。実技テスト開始~」
「郡山音葉、いっきま~す!」
「鬼首ヶ原カオル、いきます」
二人同時にテストが開始された。
「敵、目視確認っと!」
開始直後に天高くジャンプを決めつつ、カオルは敵発見を告げた。
一瞬反応遅く、二式一号はカオルを視線で追う……が、彼女を視界に収めた時には、既に雌雄が決していたといっても過言ではないだろう。
「インギー! ディープパープルだ」
「了解」
阿吽の呼吸、ともいうべきタイミングで、カオルの右手に相棒のスナイパーカノンが召喚され――
「遅い!」
上空から、瞬時にグランドベイビーの頭部へと狙いを定め、トリガーを引いた。
――ドンッ!
ノーマルの魔法威力でしか撃てない現状ではあるが、それでも、その紫の弾道の持つ破壊力は、目を見張るものがある。
「ズドンッ!」という貫通音から遅れて、「グオオオオッ!」という、うめき声。
見事に二式一号のコアを打ち抜く、華麗な一撃を決めたのだった。
「単純な照準合わせだが、標的がデカいし、動きも鈍いから、至近距離なら目ェつぶってでも当たるってもんだぜ」
スタリ、と地上へ着地したカオル。
その背中には、「ズズンッ!」という、グランドベイビーが崩れ落ちる気配を感じていた。
『おお~、郡山さん。そして鬼首ヶ原さん。テスト終了、やるわね、二人とも!』
カオルのフィールドに、綾乃先生のアナウンスが響いた。
それは、カオルのテスト終了――と、同時に、音葉の終了を意味している。
「結構、速攻で決めた筈なんだけどな」
音葉も、ほぼ同時にテストを終えた。それは、彼女の今回の成績がアップしているという事に他ならない。
「はは。もしかして、俺の発破が効いたかな?」
もしそうなら、なんだか少しうれしいかも。
ふと、カオルの心にそんな気持ちが浮かんだ。
「ありがとうございました」
そして一礼の後。体育館へと戻ったカオルが見たもの。
それは、自分への称賛の眼差し――ではなく、
「……まじ? 音葉すごい」
「音葉、今まで実力隠してたの?」
「開始直後、悪魔獣を一刀両断って……千早超えた!?」
そんな、音葉への驚きの言葉達だった。
ふと、千早の表情が目に留まる。
顔面蒼白、と言ってもいい程に血の気が引き、「負けた」と表情で物語っている。
「なんだろう? スッゲェ番狂わせでもあったかな」
そんなカオルの一言の後。
彼女の左腕に、軽い衝撃と、柔らかな弾力が襲い掛かった。
「きゃ~! お姉さまが応援してくれたおかげで、ソッコー決めれたよ! ほめて~!」
「え、あ、うん。よ、よかったな……音葉」
「えへへ、ありがと~!」
その喜びは、敵を瞬時に倒したという歓喜ではなく……あくまで、カオルからの応援のおかげで倒せた、という嬉しさの表現だ。
そこには、二式一号を一撃で瞬殺した――千早でさえ、二太刀必要だったというソレを超えた。などという、成績に対する考えは一切見受けられない。
少なくとも、カオルにはそう感じられた。
『全ては、カオルお姉さまにいいところを見せたいがため』
ただ、それだけのために、初めて戦いに本気で向き合った結果。
郡山音葉が見せた実力は、クラスの誰しもを愕然とさせたのだった。
最後まで目を通していただき、誠にありがとうございました!