第九章 第五話 実技テスト・個人編 3
「よっ。流石だな、千早」
千早の帰還を、カオルはとびきりの笑顔で迎えた。
「お姉さま……ありがとう!」
一瞬でマックス状態の笑顔となった千早。だったが、その嬉しさを誇る表情が不意に一転――小さな暗雲を宿すのだった。
「どうした? 千早」
「褒めてもらったのは嬉しいんだけど……」
「なら、なんでそんな面するんだよ」
「初撃、しくじった」
そう、千早はぽつりと呟くのだった。
「しくじったってお前……でも、速攻で倒したじゃないか。しかも、変身無しで」
「うん。でも本当は、最初の一刀目でヤツの首を落として終わる……ハズだった」
「ああ、片腕斬ったアレか」
「そう。あの悪魔獣、瞬時に身を捻って回避行動に出たの。狙いを外されたのが悔しくて」
「けど、結果悪魔獣はバランスを崩して転倒。トドメを刺せたぜ?」
そんなカオルに、エリーが千早の無念がる理由を語る。
「あのね、かおりん。個人戦闘テストではね、ちーちゃんはずっと一撃目で仕留めてきたの」
「なるほど。それ故の悔しさ、か。それは分かるが……これだけの短期決着だ。別に成績ランクが下がるわけでもないだろ?」
「一手目で終わらせたかったの」
「そんなこだわり、必要無いって」
「でも……実戦では、二手目があるかどうかわからないもの」
千早が、口惜しそうに語る。
そこには、生まれてこのかた「剣に生きてきた者」の心得が、顔を覗かせているように感じられた。
「そうか……そうかもしれないな」
ふと、何かを考えるように、カオルは言葉を零した。
千早への気遣いに、言葉を選んだ。周囲の者には、そう聞こえたかもしれない。
確かに、それもあった。が、カオルの思慮は、もっと別のところに存在していた。
(なるほどね。千早は未だ、戦いを力推しだけで片付けようとしてんだな。まぁ、実力があれば、それもいいさ)
一人何かを納得し、カオルは再び視線をモニターへと移す。
そこには、未だ悪魔獣とのデモ・マガバトルを繰り広げる、池ノ内千奈の姿があった。
『ブレイ・ローズ、いきます!』
薔薇のイメージを思わせる、戦闘特化式魔法少女形態の彼女――池ノ内千奈。
そんな戦闘魔法少女が、落ち着き払った口調で、相棒の使い魔であるデフォルメした雷様「ピカゴロー」へと新たな指示を出す。
「ピカゴロー、マジカルラケット!」
「了解ゴロ」
返答と共にブレイ・ローズの右手に召喚されたのは、一本のテニスラケットだった。
「なんだありゃ? 悪魔獣相手に、テニスでも始めんのか」
外見はいたって普通のテニスラケットに、天使の羽のようなオブジェが装飾されており、全体的にローズピンクの色合いが成され、可愛さを主張している。
「池ちゃんはね、テニス部なんだよ。すっごい上手いんだから」
毎度の如く、エリーが説明役を買って出た。
が、カオルにとって、彼女はどんな戦い方をするのか――というよりも、あれで戦えるのか? という疑問の方こそ知りたかった。
「彼女は遠距離特化型だっけ……あのラケットで布団叩きよろしくシバキ倒すのか?」
「違うよお姉さま。うん、見ていれば分かるけど……部活や特技を活かした戦い方する子は、ちょっと面白いよ」
と、音葉がカオルの疑問を焦らす形で煽り、更なる興味を引き立たせる。
「おもしろい、か。それはちょっと楽しみだな……って、言ってるそばから、ブレイ・ローズが悪魔獣から距離を置きだしたぞ?」
目いっぱいの光速ダッシュにより、あっという間に悪魔獣とブレイ・ローズの距離が開く。
そして、200メートルは開いたであろう距離で自らに制動を掛け、立ち止まる。
『行くよ! ブレイブソウル』
ブレイ・ローズが高らかに叫んだ。
途端! 彼女の左手に、光り輝くエネルギーの球体が現れ――
『ローズ・ギガンティック・サーブ!』
テニスのサーブよろしく、左手の魔法エネルギーによる球体を、右手のラケットで――強打したッ!
『ドォンッ!』
激しい爆音と共に打ち出される、魔法エネルギー。それは、一瞬の間を置く事無く、一直線に悪魔獣を目掛けて飛んでいき、
――ズドンッ!
『オオオオンッ!』
激しく悪魔獣の胴体へとめり込み、一瞬にして標的を行動不能へと追いやってしまった。
『まだまだ!』
ブレイ・ローズがそう叫んだ途端。
魔法エネルギーの球体が、まるで壁に跳ね返るかのような勢いで、打ち手の元へと舞い戻る。
それは、敵が打ち上げてしまった絶好球のように、ブレイ・ローズのラケットへと吸い込まれ――
『ローズ・ファイナル・スマッシュ!』
絶好の一打を決めるのだった!
『グフゥッ!』
彼女が放った攻撃は、再び激しく胴体へとめり込み、
『グオオオオッ!』
――見事、貫通!
敵は「ズズン」と前のめりに倒れこみ、勝敗の是非を、全くの沈黙にて表すのだった。
「はい、池ノ内さん。テスト終了! おつかれさま」
『ありがとうございました!』
満面の笑みにて、手ごたえを現すブレイ・ローズ。
そこには、戦い方がうまく図に当たったという嬉しさが見えていた。
「へぇ、あんな戦い方もあるのか」
カオルにとって始めて見る、実際の武器系統以外での獲物による戦闘。
それは、カオルに新鮮な驚きと、新たな戦闘の可能性を模索する機会を与えたのだった。
最後まで目を通していただき、まことにありがとうございました!