第九章 第四話 実技テスト・個人編 2
『『敵、目視確認!』』
モニター内の二人の声が、スピーカーから同時に響く。
千早と池ノ内千奈は、バトルエリア内到達とほぼ期を同じくして、敵を視認した。
というのも、別エリアでの戦いではあるが、敵もバトルエリアも、全てが一律。条件の全てが、全員同じなのである。
故に、目の前に配された悪魔獣の種類も位置も同条件であり、開始直後から嫌でも視界に入るのだ。
因みにではあるが――公平を期するための処置として、一番手の千早と千奈には、前以って綾乃先生から二人へと条件の告知がなされたいたため、そこに驚嘆や狼狽の類は無かった。
「敵・悪魔獣は――二式一号か。あの程度の中堅雑魚、千早にとっちゃ楽勝かな?」
カオルの、誰に言うとも無い予想が零れた。
二式一号は、地面を這うように進むため、敏捷性に欠ける。が、口から発せられるエネルギー砲には、絶大な威力があり、直撃を食らえば、かなりの痛手は必至である。
しかしながら、千早もカオルも、この敵とは以前闘った事があり、しかも千早はこれを一体、一人で撃破している。
「うん。ちーちゃんなら問題ないよ」
とは、カオルの左隣に座り、観戦しているエリーの言葉だ。
彼女もまた、千早の実力をよく知っている一人である。もはや安定した気持ちで、この一戦を観戦していると言って良い。
「調子に乗って、ミスしなければ……だがな」
そう、カオルの右横で不安要素を語るのは、もはやカーリーの専売特許のようなものなのかもしれない。
あえて否定的な意見を打ち、気を引き締めさせる効果を与える。意図せずに出る耳の痛い言葉は、彼女の「仲間への心配」の表れなのだろう。
「それはないでしょう。一対一の勝負なら、あの程度の敵に後れを取る事は無い筈ですわ」
カーリーの隣で、彩香の力強い言葉が聞こえた。
そこには、仲間を過信するという意思はなく、ただ普通に、彼女の実力と敵のレベルを秤にかけて導き出された答え。という意識が伺えた。
「でも、それはあくまで赤坂さんに限った事……」
そう付け加えた言葉に、カオルは小さな戸惑いを覚えた。
「池ノ内って、そんなに強くないのか?」
「んとね、かおりん。チーム・ブレイブフラワーの池ちゃんは、かおりんと同じ遠距離アタッカーで、成績は『B』なのね。で、チームのリーダーである保奈美ちゃんの方針でね、堅実な戦いを心がけてるみたいなの」
「堅実な戦い?」
「うん。変身して、ちょっと時間がかかってもいいから、遠距離から身を守りつつ、敵を確実に倒す。という戦法だよ」
「なるほど。それじゃ高得点は狙えないって事か……けど、実戦じゃあそっちこそがセオリーなんだがな」
「でもでも! すっごい力を手に入れた以上はさ、ガイ~ンと敵をなぎ倒して、さっさと勝負を決めたいってのが心情だよね。お姉さま」
カオルの前に座っていた音葉が、振り向きながら話に加わった。
「ん~まぁ。それも分からないでもないけどな……」
強大な力を得たが故の、その使用方法。
正直カオルはまだ、それを用いた戦い方の確固たる方針を決めあぐねていた。
『行くよ、ピカゴロー。転、戦闘特化式魔法少女形態!』
『了解だゴロ!』
と、そんな少女達の会話を割って、池ノ内千奈の変身を宣言する声が、スピーカーから飛んだ。
そう。敵と対峙し、変身したのは千奈だけ。どうやら千早は、ノーマルスキンでの戦闘での勝利を狙う目論見だ。
戦魔形態へとその身を変化させると、通常・制服着装状態よりも数倍の敏捷性、攻撃・防御力アップが望める。
正確には、
近接戦闘特化型では――敏捷性4、攻撃力4倍、防御力2倍の数値変化。
遠距離攻撃特化系では――敏捷性3倍、攻撃力4倍、防御力2倍の数値変化、プラス隠密行動効果付与。
補助魔法強化系は――敏捷性3倍、攻撃力3倍、防御力3倍の数値変化、プラス魔法効果範囲拡大の効果付与。
防御魔法特化系は――敏捷性2倍、攻撃力3倍、防御力5倍の数値変化。
召喚魔法特化系は――敏捷性3倍、攻撃力2倍、防御力4倍の数値変化、プラス、召喚獣にも能力倍化という恩恵が付与。
という具合で、この世界内での「個人基本戦闘能力」に倍率が掛かるのである。
池ノ内千奈は遠距離攻撃特化系であるので、戦魔少女変身後は上記の恩恵が与えられるため、悪魔獣との戦闘は比較的易く、勝利もより身近なものである。
が、千早はその何分の一も劣る状態での戦闘である。
その分、悪魔獣を倒す時間、手順、方法などで、様々な倍率補正が行われるため、高得点が狙い易い。
無論、リスクも高く、失敗すれば――言わずもがなの結果が待っている。
『トラッキー、虎鉄を召還』
『おう、まかさんかい!』
千早の右手に姿を現した、一振りの日本刀。同時に、彼女の戦闘本能に、灼熱の何かが漲った!
『飛天赤坂流・剛突衝斬!!』
猛烈なダッシュと共に、一瞬で地走天使との距離を縮める。
そして、抜刀からの煌くような一閃が、悪魔獣の左前脚を、肩口から一刀両断にした!
『オオオオオオッ!』
そして更に!
鈍い叫びと共にバランスを崩して地に突っ伏す敵へ、千早の追い打ちは容赦無かった。
『魔法秘剣・ファイアスラッシュ!』
突如、千早の愛刀が炎をまとい、真一文字に空を断裂!
勢いに任せたその一振りは、炎の刀身をグンッ! と伸ばし、その範疇の障害物を真っ二つにした。
『グオオオオッ!!』
炎に包まれながら断末魔の叫びを上げる、幾辺かの肉塊となった二式一号。
程なく、その唸り声も止み、炎は一筋の煙となって消えた。
「はい、赤坂さん。テスト終了! おつかれさま」
『ありがとうございました!』
千早は、まだ戦いの興奮から覚めあらぬまま。といった口調で、礼と挨拶を綾乃先生へと捧げた。
そして、余裕とも言える表情で、一年一組専用体育館へと帰還を果たしたのだった。
最後まで目を通していただき、誠にありがとうございました!