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第九章 第二話 ゲン担ぎ

 突然の上級生の来訪に、しかも、先日来からイップスを抱えている米嶋舞華の登場に、千早は思わず委縮する。


「ま、舞華お姉……いえ、米嶋先輩、そして鴻池先輩。お疲れ様です」


 鴻池由紀に気遣い、舞華への「お姉さま」呼びを自粛しつつ、千早が敬礼を見せる。

 そして周囲の一年生達も、二人へと敬礼を送った。


「ん、お疲れ」


 鴻池由紀の凛々しい声が、短く返す。


「これはこれは、先輩方。なぜ一年生の教室に?」


 少々怯えを見せている千早を気遣い、「ここは俺が」と、カオルが二人の用向きを受けた。


「ああ、それは……そこの赤坂千早に用事があってな」


 カオルとはまた違った「男役・・っぽさ」で、同級・下級生から人気のある鴻池由紀。

 そんな彼女が、女子からすれば魅力的な口調と共に、視線を千早へ向けた。


「わ、私に……ですか?」


 途端に、千早の中で一層の不安が加速する。


 けれど由紀は、


「ははは。その君の怯えの元を払拭しに来たのだ」


 と、笑ってのけ――


「ほら、舞華。赤坂に言う事があるんだろ?」


 彼女の後ろで、歯切れ悪そうにしている舞華を、ずいっと前面に押し出したのだった。


「ええと、あの……赤坂さん」

「は、はい!」

「先日は……その……申し訳ない事をしました」

「……え?」


 一瞬、何の事か分からず、千早はキョトンとする。

 が、すぐさま先日受けた叱咤の件であると気が付き、


「い、いえ! あれは私の責任です。舞華お姉さまから厳重注意を受けて当然で……」

「にしても、言いすぎましたわ。赤坂さん、どうか許していただきたいの」

「そんな、許すも何も……私こそ、申し訳ありませんでした」


 言って、千早は深々と頭を下げた。

 そして顔を上げ、ぎこちなさはあるものの、笑顔を見せるのだった。


「うふふ、良かった。赤坂さんに許していただけて……これで、心置きなく実戦テストに向かえます」


 舞華の、温和で大人びた微笑みが、千早を包む。

 けどれ、彼女が発した言葉にカオルは引っかかりを覚え、


「心置きなく実戦テストに迎えるって……今回はそんなにヤバいのか?」


 舞華に尋ねるのだった。


 そう。

 中間・期末テスト終了後の魔法戦闘実地テストにおいて、二年生は実戦マガ・バトルが課題となっている。

 今までは、安全性が確保されている状況下での戦闘ではあったが、今回からレベルが上がるのか?

 そんなカオルの心配に、鴻池由紀が笑って言うのだった。


「いやいや、そういう訳じゃない。今回も、おそらくレベルが低い悪魔獣をサーチし、実戦に持ち込むパターンだろう」

「でも、それだって十分危険でしょ?」

「二年生をナメるなよ? 実戦となれば、先日の合同演習とは比べ物にならない程、皆、気合が入るんだぞ」

「はは、そうですか。でも、じゃあなんでまた?」

「それはね、鬼首ヶ原さん。心にモヤモヤを生じている限り、上手く立ち回れない可能性があるの」

「可能性?」

「そう。私ってね、一つのことにクヨクヨと捕らわれる性格なの。だから、スッキリさせておきたかった……本来は、自分一人でここに来るべきだったのだけれど、由紀に背中を押してもらわなければ、もしかすると未だにウジウジ思い悩んでいたかも……」

「そうですか。だから、戦いに行く前に、スッキリさせたい……と」

「そうなの、赤坂さん。でも、話せてよかったわ」

「それは……こちらも同じです。感謝します、舞華お姉さま」


 二人のわだかまりが氷解する。

 そんなシーンに、安心したカオルの茶々が入るのだった。

 

「なぁ、それってさ、死亡フラグじゃないですかね?」


 けれど舞華は、ううんと首を振り、答える。


「死亡フラグだなんてとんでもない。言ってみれば、これは『ゲン担』ぎですよ」

「ゲン担ぎ、ですか」

「そう。戦地に赴く前に、想い(・・)を打ち明ける。そうする事により、スッキリした気持ちで、戦いに赴ける……因みに、戦地で『帰ってから打ち明ける』と友人に明かすと、死亡フラグかもしれませんね」


 舞華が、ニコニコとカオルへ語った。

 

 ――と。

 舞華は、急に何かはた(・・)と思い出したような表情を浮かべる。

 それはまるで、更なるゲン担ぎに「何か」を打ち明けたそうな印象を受けさせるものだった。


「? どうかしたんですか、舞華先輩」


 ふと、心配になったカオルが尋ねた。

 けれど、帰ってきた答えは……


「……え? あ、いえ……うふふ、この想いを打ち明けるのは、まだ先。ですね」


 意味不明な回答に、皆揃って、頭の上にハテナマークを浮かべるのだった。


「ま、まあ……舞華は時折、おつむ(・・・)がバグるんだ。気にしないでくれ」

「ちょっと由紀! そんなんじゃないわよ」


 舞華は由紀に対し、わざと怒った風にほっぺたをふくらませ、抗議する。


「あはは、冗談だよ。とにかくだ、赤坂」

「はい!」

「君は一年の筆頭だ。しっかり頼むぞ……私たちが全滅してしまった時とかな」

「そ、そんな事!」

「由紀、冗談が過ぎるわ。とは言え、絶対に無い! とは言い切れないのもまた事実……その時は、あなたが一年生筆頭として、皆を引っ張って頂戴ね」

「……必ず、お約束します!」


 千早は、舞華の瞳をまっすぐ見据え、心からの言葉を送った。


「そう。その言葉を聞けて、嬉しいわ」


 そして舞華は、カオルに視線を移し、


「鬼首ヶ原さん。赤坂さんをよろしくサポートしてくださいな?」


 彼女に、全面的な信頼を見せるのだった。


「了解。だからって、無茶はしないでくださいよ?」

「ええ。その言葉、心に刻みます」


 にこりと微笑んで、「では、ごきげんよう」とあいさつを交わす一年生と二年生。 

 そこには、普通の中学生の、なんでもない風景があった。


 数日後、戦場へと赴くという使命を覗けば……。


最後まで目を通していただき、誠にありがとうございました!

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