第六話 召喚・魔人セルフィオン
「さぁて、鬼首ヶ原さん。次はワタシが相手になるわ!」
新たな敵の出現に、カオルはその声の方へと視線を向ける。
子犬の姿をした使い魔を従え、満面の自信に彩られた表情と、もう勝利を掴んだかのようなリラックス感を放つ少女がそこに居た。
「今度の敵は、えらく自信満々だな?」
「ええ、自信たっぷりよ。鬼首ヶ原さん」
鼻息荒くのたまう少女を目にし、カオルはさっきまでの勝利の余韻を、心中深く封印した。
(ただの過信か? それともブラフ……いや待て! 周囲の奴らを見てみろ)
ふと気づく、オーディエンス達の異様な盛り上がり。
「きゃ~! 静音ちゃんの『セルフィオン』が見れるわよ!」
「稲垣さん、セルフィオンきゅんで新人なんか沈めちゃえ!」
「セルフィオン様ぁ~! がんばってー!」
どことなくエレガントな佇まいの「稲垣静音」を中心に、その周囲を取り巻く少女たちが、瞳を輝かせて「勝利」を確信している。その様子は、郡山音葉とはまた違う「戦いの慣れ」をカオルに感じさせた。
「セルフィオン? 何だそりゃ」
カオルの呟きに、稲垣静音が答える。
「うふふ。ワタシの召喚する魔人・セルフィオンは――この世界最強と言っていいわ!」
「召喚系、てヤツか」
召喚系。
カオルの中では、まったく予想出来ないバトルスタイルだ。
「あなたがいくら基本戦闘力が高いルーキーだとしても、このワタシのセルフィオンの前では膝を屈する事になるでしょうね……」
ウェーブのかかった黒髪を掻き上げながら、不敵な笑みと共に勝ちを宣言する稲垣静音。そんな彼女を前にして、カオルの緊張度合いが急激に増していく。
『どんな戦闘になるんだ?』という、過去のバトルデータが一切通用しないであろう戦い。
そんな未知の敵との戦いを前に、恐れと、それ以上の期待感が、カオルの鼓動を加速させているのだ。
「そろそろ時間ね……それでは、第二回戦! 双方ともに名乗りを上げてください」
綾乃先生の号令一下、二人の少女が互いに向き合い、それぞれの氏名を声高に叫ぶ。
「一年二組、稲垣静音! いきます!!」
「一年、鬼首ヶ原薫、受けて立つぜ」
負けじと名乗りを返す薫の表情が、一瞬強張る。
未知数の敵に対する恐怖は、この世界へと来る以前に、嫌と言う程味わった。『あんな思いはもう嫌だ、気を引き締めて行こう!』心の中でそう叫んだカオルは、
「インギー、開始と同時にジェイクを召喚。少し距離を取り、遠距離からの攻撃で奴の出方を窺う」
「了解、カオル」
傍らを飛ぶ子ブタに、作戦指示を与えるのだった。
「それでは――デモ・マガバトル開始!」
「インギー! ジェイクだ」
「了解」
「くーちゃん、召喚、セルフィオン!!」
「あいあいさーだワン!」
カオルがバックステップで距離を置きつつ、召喚したジェイクの照準を稲垣静音へと合わせる。
と、彼女の姿と共にカオルの目に飛び込んできたもの。
それは、地上に描かれた直径二メートルほどの円と、その内部には見た事もない文字列が、眩い輝きを放ちながら浮かびあがり――中央に、一人の中性的な顔立ちの少年が、美しいキラメキを纏いながら出現していた。
「バサリッ!」、と背中から生えた漆黒の翼を広げ、七色の光の粒を撒き散らすその姿は、まさに「妖しき美の結晶」という言葉が似合う、小悪魔的美少年だ。
「きゃ~! セルフィオン様降臨―!!」
「ステキ―! セルフィオン様ぁ~!」
黄色く甘い少女たちの歓喜の声が、カオルの耳に飛び込んでくる。
「こいつが……セルフィオン?」
「フフフ……そうよ! これこそが、ワタシの召喚獣。その名も魔人セルフィオン! 彼の美貌と甘い囁きの前では、いかなる魔法少女の心もトロトロにとろけてしまうという、まさにこの世界最強の――キャッ!」
稲垣静音が仰々しく語る最中、パンパンパンッ! と銃声が鳴り響く。
勿論それは、カオルが放った魔法弾丸であり、そのどれもが、的確に彼女の額辺りを捕えていた。
「ちょ、ちょっとお!! 何いきなり銃をぶっ放してんのよ!?」
「あ、ダメだったか?」
「って言うか、このセルフィオンを見て、あなた何も感じないワケ!?」
「あーいや、特に」
「ハァ? この美少年魔人の虜にならない女子はいないハズよ……ま、まさかあなた同性愛者なの?」
「ば、バカ言え!」
赤面しつつ答えるカオル。
そして更に、三発の魔法弾丸を稲垣静音へと撃ち込み、
「そこまで! 勝者、鬼首ヶ原さん」
意図もあっけなく、その勝敗は決したのだった。
「何だったんだ? 今の」
と、呆気にとられつつ銃を収納するカオルの耳に、襲い掛かる攻撃があった!
「きゃー! いやぁー! セルフィオンくんが負けちゃったぁー!」
「ちょっと新人! 何セルフィオン様をシカトしてくれてんのよ!」
「あなた、セルフィオン様ファンクラブ全員を敵に回したわよ!」
黄色い罵声と怒号が、精神攻撃よろしくカオルの心に直接攻撃をかけてきたのだった。
――が。
「いやー、この先あと二戦もこんなバカばっかだと楽なんだけどな」
6000から7000へと変わるASP標示を見つめながら、インギーへと呟くカオルの耳には、どうやら届いていない様子。
元来、聖川綾乃以外の女性に対して苦手意識を持っていたカオル。ましてや、趣味も話も合わないであろう年下のムズカシイ年頃少女たちの言葉は、彼女にとって単なるノイズでしかなかった。
――だが! である。
「でもさ、でもさ、鬼首ヶ原さんってちょっとカッコ良くない?」
誰ともなく言い出したそんな一言が、やがて周囲に伝染するかのように広がり
「うんうん! なんだかあのワイルドな口調がステキよね」
「やっぱさ、召喚天使より現実だよね」
「たとえ美少年でも、男子には目もくれないあのストイックさ……ステキ!」
誹謗中傷の類であれば、聞き流すに容易いカオルも、その逆である言葉には免疫を持っていなかったらしく……好意的な言葉たちの前では――
「う……うぐぐ……」
「どうしたんです? カオル。立ちすくんでキョロキョロと」
「あ、いやインギー……今しがた聞こえた、慣れない女子からの評価に……変な緊張と汗が……」
まるで挙動不審とも言える振る舞いとなってしまっていたのだった。
「だから言ったじゃありませんか。粗野・粗暴な男性的言動は謹んでくださいと」
「あ、ああ。だがよ、つい今さっきまで男だったんだぜ? 普段の癖で仕方ないじゃないか」
「この世界では、男性的な事は少ないんです。以後気を付けてください……と言っても、もう既に遅いようですね」
そう、時既に遅し。
カオルの周囲には幾人もの少女たちが群がり、
「鬼首ヶ原さん、ステキでした!」
「カオルさん! ファンになっちゃいました~!」
「鬼首ヶ原さん、いえ! カオルお姉さま! おつかれさまでした」
羨望と恋焦がれる瞳で、カオルへと言い寄って来たのだった。
「う、うわ! な、何だお前ら……ちょ、離れろって!」
「ホラ、カオルお姉さまが離れろって仰ってるじゃない! あなたたち離れなさいよ。てか、私が抱き付く分のスペース空けなさいよ!」
「何言ってんのよ! カオルお姉さまは私のモノなんだからね!」
「ちょ、お前らケンカすんなよ! つーかマジでどいてくれって……おいそこっ! 腕に乳が当たってるって!!」
「きゃー! 照れるお姉さまって超かわいー! もっと当てちゃおー」
「ひ、ひぃ!」
素っ頓狂な怯え声を上げるカオル。体内の血流が加速を増して流れているのが自覚できる。
それ程、心臓のバクバクが容赦なく彼女の身体に激しいビートを刻んでいた。
だが、そんな中――カオルは「とある場所」に、ほんの小さな違和感を覚えたような気がしたのだった。
(う……これって、なんだろう? ちんこでも生えたか?)
もしカオルが男のままであったなら、それはもう大惨事が巻き起こっていた場所。
そこがほんの微かに自己主張をしているような感覚に見舞われたのだった。
(もしかして……女でも勃起するのかな?)
と、そんなバカな考えに頭を悩ませているカオルへと、勇ましい少女の声が飛んできたのだった!
「 あ な た 達 、 ち ょ っ と ど い て 頂 戴 ! 」
ふと見ると、そこには腕を組み、しかめっ面を引っさげた少女が、仁王立ちになってこちらを見据えている。
そんな少女を目にしたカオルの周囲の取り巻きたちは、皆一斉にクモの子を散らすようにカオルから離れ、
「あ、あれは千早さん! 赤坂千早さん!!」
「学年筆頭の千早さんだわ!」
「三人目の相手は千早さんなの!? お姉さまかわいそう!」
「今度ばかりはおねえさまも危ういかも……がんばって、おねえさま!」
口々に、次の対戦カードへの危惧を零すのだった。
「赤坂千早? 何モンだありゃ」
セミロングのストレートヘアに、愛らしいデフォルされたトラ猫の髪留め。
カオルより幾分低めの身長。華奢ではあるものの、しなやかさを秘めていて、機動性に富んでいるであろう体躯。
まだ幼さの残った顔立ちながら、きりりとした眼差しがカオルを見据えている。
「鬼首ヶ原さん。あの子――赤坂千早の剣技能力は、学年トップのA+。私なんかよりずっと剣の腕が立つんだよ。マジで気を付けて」
さっき対戦した郡山音葉が、いつの間にか戦士の表情となってカオルの傍らに居た。
「ああ、ありがとう。ところで悪いんだが……俺の腕に抱き付いておっぱいをグイグイくっつけるのはやめてくれないか?」
「えー!? だってさー、私から1000ASPも奪ったんだよ? これくらいはさせてもらわないとねー!」
「おいバカ、やめろって!」
「それじゃ、こんなおはどう? キャー! 鬼首ヶ原さんのおっぱいおっきいー!」
カオルの胸元にすりすりと顔をうずめ、ハートマークを飛ばす郡山音葉。
無論、周囲の「鬼首ヶ原薫派」となった少女達の抗議の的となり、
「ずるいー! 音葉ばっかり~!!」
「負け犬の分際でカオルお姉さまを独り占めする気?」
「郡山さん! カオルさんの胸元スリスリの権利をかけて勝負を挑ませていただきます!」
もはや、当初の目的が何であったのかすら忘れられた感が漂い出てきた。
「 う る さ い 、 あ ん た た ち ッ !! 」
当然、それは赤坂千早の逆鱗に触れ、怒気を孕んだ一喝を呼んだ。
そして、静まる観衆とカオルを睥睨し、赤坂千早は薄笑みを浮かべて言い放つ。
「鬼首ヶ原薫、逃げるなら今の内よ?」
「……お前ら、離れてろ。巻き添えを食うぞ」
こうして、彼女の放った挑発は、カオルの闘争本能に火を付ける結果となった。
最後まで目を通していただき、まことにありがとうございました!