プロローグ 1
不定期連載になりますが、もしよろしければお付き合いのほど、よろしくお願いいたします。
2022年3月初頭――
昼間にしては薄暗い、寒々とした空の下。廃墟と化した街の屋根々々を伝い飛ぶ、一つの影があった。
長身痩躯に腰まである長い髪、そしてひらひらと舞う短めのプリーツスカートというシルエットから、女性――おそらくは少女である事が伺える。
「カオル、あまり突出しすぎちゃダメですよ」
その傍らには、奇妙な生き物の姿があった。まるで蝙蝠を思わせるような羽を生やした、こぶし大の小さな「豚」だ。
「彼」が発した言葉に、少女は一度小さな頷きを見せ、目の前にそびえ立つ一等高い廃ビルの屋上めがけて大きくジャンプ。
フロスティーホワイトのデザインブレザーと、胸元を彩るワインレッドのリボンを靡かせながら、――スタッ! と、軽やかな着地を見せた後に、「ふぅ」と、一息。
「この距離間隔を保っていれば、敵に気付かれる心配は無いだろうが……まぁ、用心に越した事は無いかな」
カオルと呼ばれた少女の凛とした切れ長な目が、遥か遠くに視線を移す。その先には、これも「少女」であろう四つの影が、同じく廃墟の屋根を、同方向へと飛び交っているのが伺えた。それは、自らが「囮」となるべく先行して進む、四人の仲間達の影だ。
「カオル、エリオット・ヴァルゴから通信です」
「ああ、開け」
可憐な声が、短く返す。と、傍らを飛ぶ小ブタ自身が通信機の役割を果たし、エリオットなる者からの通信回線を開いたのだった。
『――プツ。かおりん、補足したよ! 目標体はここから約五十六キロの地点。毎時十キロの速さで北へ向けて進行中』
「敵種識別は?」
『敵種情報照合。弩級悪魔獣、一。識別、日本襲来型三式二号! 情報通り、去年の秋に青森県の三沢基地を自爆で吹っ飛ばした奴――あれ? ちょっとまって……ああっ!』
『どうしたの、エリー!』
『なにかありまして? エリーさん』
通信越しに聞こえる少女達と思しき声が、突然の異変を伝える。
『大変、ターゲットが反転した! こちらに向けて急速に接近中!』
『バレた! 何で? もしかしてエリーの悪魔獣探信儀に気付いたのかも』
『えー? これでも最小限の感度で探ってるんだよー!』
『もう奇襲は無理か……まぁいいわ。みんな、作戦変更。パターンBに移行、この場で迎え撃つ!』
『『『了解っ!』』』
声を揃えての返答が凛々しく決まった直後、遠くに固まって見える四つの人影が散開。「迎え撃つ」という言葉の通り、それぞれが五十メートルほどの間隔を空け、半月形の配置に付いた。
「カオル、赤坂千早から通信です」
「開いてくれ」
『――プツ。お姉さま! さっきの会話聞こえました?』
「ああ、聞こえてたさ。ここで殺るんだろ?」
『はい、それじゃよろしくお願いします!』
「任せな……さァて、一発ぶちカマしてやっかな?」
『お姉さま! 何度も言ってますが、そんなはしたない言葉はやめてください。お姉さまのイメージが崩れるじゃないですか!』
通信越しにがなる少女のかわいい声に、カオルが一瞬たじろぐ。毎度の慣れた掛け合いとはいえ、彼女が時折見せる「乙女らしさへの注意喚起」にだけは、どうにも未だ慣れない様子。それは、どうリアクションを取っていいやら分からない、といった感じだ。
「はいはい、こりゃ失礼……では、一撃カマして差し上げますわよ。これでよろしくって? 千早さん」
『あははは。かおりん、あっちゃんの真似にてるー!』
「お、エリー。今のお嬢の真似だって判ったかい?」
『 お ね え さ ま !! 』
「ははは、冗談だよ」
カオルの少し強張った心の色を、「楽」の感情が塗り替えていく。
(肩の力が抜けた気がする。なんだ? 緊張してたってのか……? ま、久しぶりのミッションだからしょうがないさ)
これにより、いつもの自分を取り戻せたカオルが、ポツリとごく小さく零した。
「……お陰でなんだかリラックスできた。ありがとう」
『え、なんですか? ごめんなさい、よく聞こえなかった――』
「いや、なんでもない」
そう一言返して、笑顔を一度収める。そして右手を横に差し出し――
「召喚、カスタムスナイパーカノン――【ディープ・パープル】!」
そう叫んだ直後。光の結晶を伴って、カオルの右横に身の丈の倍はある、長く野太い銃身のライフルが姿を現した。
その形状は、まるで物干し竿にピストルグリップやストックを取り付けたような無骨さが漂う物々しい代物で、所謂「対戦車ライフル」「対物ライフル」と言われるモノを、さらに一回り大きくした図体だ。
「まさか、こんなデカい得物で狙撃をやるとは思わなかったよ」
「ですが、このチームの戦力や攻撃手法を考慮すると、これが一番効率的且つ成功率が高いでしょう」
カオルが「ふんっ」と鼻で「分かってるさ」の意を返す。それは自分自身が立案、志願した作戦内容に他ならず、分かっていて当然の事。
「あれよりもずっと小型だが、現実世界《向こう》では四度、このフォーメーションで、『三式初号』を始末してるんだ。軽い軽い」
「そうですね。ですがカオル、慢心にはご注意ですよ?」
子豚の諭す言葉に、一瞬カオルの眦が動いた。
「まったくさ……そのせいでこんなトコに来ちまったんだもんな。自重しなきゃ……っと」
忘れられない過去の「恐怖」が、カオルの心を律する。
「……あんな想いは二度とゴメンだ」
小さな呟きを零し、改めて正面に見える仲間達へと目を向けた。
一人で戦うわけじゃない、仲間達との協力。自分の慢心と油断が、仲間を危険に晒す事になる……高い代償を払って得た苦い教訓を思い出し、カオルはかぶりを振った。
「とは言え、今のカオルならきっと大丈夫。さぁ、集中しましょう!」
「ああ、そうだな。さぁてインギー、始まるまで皆との回線はフリーにしておいてくれ」
「了解です」
インギー。そう呼ばれた子豚が、不意に遠くから迫りくる「何か」を見つけ、叫んだ。
「きました! 十一時の方向、かなり早いです」
「んー……まだ見えないな。相変わらずインギーは目だけはいいようだ」
「お褒めに預かって光栄です。ですが、いいのは目だけではありませんよ……とか言ってる間に、ほら! もう見えるでしょう? 遠くに薄っすらと煙のようなものが」
「ああ、見えたよ。つーか、ホントやけに早いな」
遥か彼方に微かに見える、もうもうと立ち上がる黒い煙。それが瞬く間に近付いてくるのが肉眼でも分かる。
「千早、結構早いぞ! 抜かれるなよ?」
『ええ、任せてくださいお姉さま! この身に代えても、ヤツの注意をこちらに引き付けておきます』
「ああ。だが、無理はするな? エリー、お嬢、カーリ、お前らもな」
『うん、わかってるよー』
『はい。カオルさんもお気をつけくださいな』
『承知』
『お姉さまも気をつけてくださいね! じゃあみんな、行くよ。力をあわせてがんばろうね!』
『『『了解!』』』
四人の少女達の力強い声が、通信越しに聞こえる。
「了解――っと」
その猛りに合わせるように、カオルも返答し――
「どうやらヤツは結構敏感らしいな。インギー、そろそろ回線を切れ。感付かれちゃまずい」
「はい。ではみなさん、ご武運を!」
インギーの一言の後、プツンと言う音と共に、周囲をまた静寂が包む。
「はみ出し者の問題児たちが、いつの間にか良いチームになったもんだ」
「そうですね。カオル、あなたを中心として……」
インギーが無表情で語る。だがその言葉には、この少女――鬼首ヶ原薫の「この世界」への順応ぶりを、そして四人の仲間たちの成長ぶりを褒め称えている心情が見て取れた。
「さて、と。こっちも準備に取り掛かるか……あーあ、キッタェネ屋上だな。これじゃ折角の制服が汚れっちまう」
一人嫌事を零しつつ、埃まみれのコンクリートへと寝そべる。銃身に取り付けられたバイポッドと呼ばれる二脚の足を、床へと据え付け、遠距離用のご大層なスコープを覗き見ると――そこには幾度か目にした事のある形状だが、それよりも巨大な物体が居た。
「いつ見ても非常識極まりない物体だな。こいつら作る企画会議の際、誰か注意する奴とか止める奴はいなかったのか?」
スコープ越しに迫りくる、円錐形の物体。四階建てのビルに匹敵するその巨躯には、か細く長い二本の腕と、頭頂部にはまるでベツレヘムの星を思わせる神々しい星型の物体がちょこんと乗っており、全身はモスグリーンで彩られている。
そこには、キラキラと輝く大小さまざまな大きさの球体が無造作にちりばめられており、さながらクリスマスツリーを思わせる風体だ。
「さぁ、いよいよ会敵しますよ! カオル、準備はいいですか?」
「いつでも来いだ」
ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ と地鳴りを響かせ、一目散に四人の少女の包囲網へと突っ込んでくる目標物。いとも容易く突破されそうに思えたその瞬間! 四人の人影それぞれから色とりどりの光線が目標物へと発せられ、「ソレ」の激しいまでの進攻の勢いを、見事に挫いたのだった。
「あ、いよいよ始まりましたね! 予定通り、四人の一斉攻撃による足止めが決まった様子ですよ?」
「ああ、上手くやってくれたな。そんじゃ、こっちもがんばるとするか」
改めてスコープを覗き込む。そこには、四人の少女がそれぞれの手にした得物から、カラフルな魔法技を発しているのが伺えた。が、それらの攻撃はどれも敵への効き目らしきものを見せている気配は無い。
「うん、打ち合わせ通りにちゃんと手加減してるな。それでいて、ちゃんと足止めさせるほどの効力は損なわせていない……皆、絶妙の按排だ」
「ええ。下手に攻撃すると自爆されちゃいますからね。あ、赤坂千早の挑発攻撃に、目標の動きが完全に止まりましたね。今がチャンスですよ!」
「判ってるって……」
望遠照準器内の照準線を、目標物の頭頂部分に鎮座するキラキラ星へと合わせる。
そこにはらんらんと赤く光る二つの丸く小さな半円球と、三日月型の「ニヤリ」と歯を見せる口のようなものがある。そう、それはまるで――顔。
「今、そのニヤケ面に風穴をあけてやる!」
目標物との距離はおよそ九百メートル。このディープ・パープルと呼ばれる魔法武器の有効射程距離は約2千メートルなので問題は無い。おまけにこの得物から繰り出される魔法弾丸は、有効射程距離いっぱいまで、その絶大な威力を損なう事無く突き進むという代物だ。
いつもと変わらぬ心境と息遣い。体に染み付いた経験が、弾丸の着弾地点への弾道を瞬時に導き出す。
時折揺れ動く対象物に呼吸を合わせ、トリガーにかけた人差し指に力を込め――そして絶好のタイミング!
―― ド ン ッ !
激しい衝撃音が、コンクリートの床の埃を舞い上げる。銃口から射出された紫色の輝く閃光の矢が、光の尾を伴い、ただひたすら獲物めがけて駆け抜け、
―― ガ ス ン ッ !!
瞬く間に、ターゲットの急所であるてっぺんの星の中心を貫き、やがて輝く粒子を撒き散らしながら、鉛色の空に溶けて消えたのだった。
最期まで目を通していただき、誠にありがとうございました!
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ついでにと言ってはなんですが、現在進行中のもう一つの作品もよろしくお願いいたします。
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「所詮俺はXXXがお似合いだ! 」