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2】優しくて甘くて可愛い彼

「そういえば、さえの診察は宇田川がしたんだって?」

 圭太君が私をその逞しい腕の中にやんわりと抱っこしたまま、尋ねてきた。

 私と彼は恋人同士だし、抱き締められることなんて初めてではないけれど、自分の家のリビングで昼間からこうやって堂々と腕を回されると何気に恥ずかしい。

 出かけている家族は親戚の家で夕飯をご馳走になってくると言っていたから、突然人が入ってくる心配なんてないけれど、それでも、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。

 仕事中はあんなに怖い顔をしているのに(風邪やら怪我やらで診察を受けに行った時、眉間に縦皺をビシッと走らせて早足で歩いている彼を何度か見かけた事がある)、今はそんな彼と同一人物とは思えないほど、仕草が優しくて甘いから、嬉しいけど困る。

 距離を取ろうと静かに座面を動けば、移動した距離以上に抱き寄せられた。

 腰に回された腕でグイッと引かれれば、ピタリと彼の体に身を預けるような格好になる。

 

―――うわ、ちょっと、これはかなり恥ずかしい!


 思わず彼の胸に手を着け、腕の力で突っ張ろうとしたのだが、案の定びくともしない。

 それでも何度か挑戦するものの、やはり徒労に終わった。

 ちょっと悔しいけど彼の体温が嬉しくて、私は彼の胸にコテンと頭を預け、さっきの彼の質問に答える。

「そうだよ。でも、なんで知ってるの?外科の診察室と内科の診察室って、離れた場所にあるのに」

 宇田川さんとは圭太君と同期の内科医さんで、栗色のショートヘアスタイルが似合うスラッとした女性のことだ。

 見た目は凛とした美人サンなのに、その中身は日本酒の一升瓶をラッパ飲みするような豪快そのもので、同僚達からは『姐さん』と呼ばれているらしい。

 身体がそれほど丈夫ではない私はたびたび病院のお世話になっていて、それもあって宇田川さんとよく顔を合わせる。

 それに私が圭太君の幼馴染であり、恋人でもあるということも知っている宇田川さんとは仲がよかったりするのだ。

 かつては圭太君とすごくお似合いの宇田川さんを見るたびに不安になっていたけれど、宇田川さんにはすでに婚約者(同じ病院のレントゲン技師さん)がいて、その男性にベタ惚れであることを目撃してからはそんな不安は綺麗に消え去った。

 今では、色々と相談できる歳の離れたお姉さん的存在である。

 その宇田川さんがどうかしたのだろうか。

 私が不思議そうな顔で圭太君を見上げれば、その顔はかなり不機嫌だった。

「あいつがわざわざ報告に来たんだよ。“さえちゃんの肌って、すごく肌理細やかで滑らかで、とにかく触り心地がいいのよ”って」

 口を尖らせて言う圭太君の眉間には、深い縦ジワが刻まれていた。

 宇田川さんは診察の為に見たり触ったりしただけなのだが。おまけに私と宇田川さんは同性。なのに、圭太君はどうしてこんなにも怒っているのだろうか。

 首を傾げれば、

「俺だけがさえの裸を知っていればいいんだ。それなのに……」

 と、忌々しげに呟く彼。

「な、何言ってるの!?裸と言っても上半身だけだし、下着は着けたままだったんだよ。それに宇田川さんはお医者さんで!」

「それでもだ!ああ、もう、早く結婚しちまいたい!さっさと俺のモノだけにしちまいたい!」

 声高に叫んだ圭太君が、いきなりシュンと肩を落とす。

「……でも、さえが卒業するまではなぁ。俺はさえが学生でも、まったくかまわないのに」

 はぁぁと深いため息をついてブツブツと何事かを呟いていたかと思えば、圭太君がパッと顔をあげて私を見た。

 彼の鋭い視線に、私は傍にあったクッションを引き寄せてギュッと握り締める。

「な、なに?」

「お前、春になったら無事に大学院出ろよ。それ以上は俺、待てないからな」

 真っ直ぐに私の目を見て低い声で告げる圭太君に、私は戸惑いながらも頷いた。

「え?あ……、う、うん」

 コクコクと頷く私を見て、圭太君の落ちていた肩が少し持ち直す。

「まったくよ……。さえの大学卒業と同時に籍を入れようと、誰にも内緒でこっそり企んでいたのに。だけどお前はギリギリの時期になって、大学院に行くって言い出すし」


―――こっそり企むって、何?


 不穏なセリフに少し顔が引きつったが、そんな私に構わず、彼は1人で話し続ける。

「お前の親父さんに言われているからなぁ。“さえが学生でいる間は、絶対に入籍は認めない”って」

「そ、そうなの?」

 そんな話を自分の父親と圭太君がしているなんて、今の今までちっとも知らなかった。

 そう言われてみれば、私が『大学院に進みたい』と両親に申し出た時、踊りださんばかりに父が喜んでいたような。

 いつも無口で、私が大きくなってからはお互いにゆっくり話すこともなくなってしまったが、自分は今でも簡単にお嫁に出したくないほど父に大事にされているのだと知って、胸の奥がくすぐったくて小さく笑ってしまう。

 思わず口元を緩ませると、

「何だよ、その顔。さえは俺と結婚したくないのかよ?」

 と、凄まじい勢いで睨まれてしまった。

「ち、違うよ!私だって、早く圭太君の奥さんになりたいもん」

 彼の迫力にたじろいでソファーの座面をずり下がろうとすれば、それよりも早く彼の胸に引き戻されてしまう。

「きゃっ」

 短い悲鳴を上げた私を逃がさないとばかりに、圭太君はギュッと抱き締める。

「俺も早くさえの旦那になりたいよ」

 囁くような切ない口調が返って彼の気持ちを誠実に伝えてきて、私の心臓がトクンと幸せそうに脈を打つ。

「うん、もう少しだけ待ってね。今の研究がうまくレポートにまとまれば、大学院を卒業するから」

「……本当だろうな?実は“新しく研究したい題材が見つかったから、あと2、3年は院にいたい”とか言い出さないだろうな?」

 彼の鋭い指摘に、全身がギクリと強張る私。

 それを見逃すはずのない彼は、ますます視線を鋭くする。

「さーーーえーーーーー?」

 番町皿屋敷のお岩さんもかくやという風情で、圭太君が恨みがましく私を呼んだ。

「だ、だ、だ、だ、大丈夫だよ。今の研究が終わったら、卒業するよ。うん、うん、大丈夫……」

 若干目を泳がせて答える私を不審そうに圭太君が見てくるが、一応は納得してくれたらしい。

 痛いほど私を締め付けていた彼の腕が、そっと緩む。

 そして、コツンと私のおでこに自分のおでこをくっつけた。

「分かった、さえを信じる」

「……そうしてくれると助かるよ」

 いつもは堂々とした頼れる年上の彼氏である圭太君だが、時折こうして子供のような態度となる。

 そんな彼が可愛くてクスッと苦笑を漏らせば、彼がガバッと顔を上げた。

「じゃぁ、さえの大学院卒業の日と入籍の日が一緒になるな」

「……は?」

「卒業した日に籍を入れるんだから、そうなるだろ?」

「……へ?」

「籍さえ入れちまえば、こっちのもんだ。もう、親父さんの好きにはさせない。……あ、もちろん、後日改めて式は挙げるから心配するな」


 私が心配しているのは、彼のこの“少々強引に突っ走る性格”である。


―――でも、そんな圭太君も大好きだけどね。 



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