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Side ―委員長―
ジョンがジョン二号になってから、木島くんと話をすることがなくなった。
一緒にいれた間、少しは仲良くなれたと思ったけど、それでもなにも話題がないまま話しかける勇気はなくて。
校門を過ぎると同じ制服を着た生徒が足早に歩いている。少し前にいた亜子ちゃんがわたしに気づいて駆け寄ってきた。
「ちぃ、メガネ直ったの」
「うん、この子はジョン二号」
「……ちぃのメガネって、全部ジョンになるの?」
「うん」
あ、木島くんだ。友達かな? 男の子と話してて、嬉しそうに笑って。
髪の毛、寝坊でもしたのかな、少しだけ外はねになってる。
わたしのは……よし、大丈夫はねてない。
と、木島くんが相手の人を小突いた。小突き返されて……仲よさそう。
「ちぃ? おーい」
亜子ちゃんが目の前で手を振る。
けど、その先に木島くんがいるから、つい視線がそっちに向いちゃって。
「いいなぁ、男の子」
言葉がこぼれた。
「はい?」
「な、んでもないよ」
平然を……装えてないかもしれないけど笑顔で手を振ってみる。
もう話をする機会もないんだし、いつまでも見ているのは失礼。
そんな理由をこじつけて木島くんから視線を外した。
話す機会がないのなら、いつかは忘れる。
そう思っていたのに、神さまは急展開が好きなようです。
劇の台本にある、大どんでん返しっていう展開は好きだけど、それはお話の中だからで、現実の世界でそんなことが起こると対処に困る。
今だって、大どんでん返し! なんて大げさなものじゃないけど、
「見てるこっちの気が気じゃないから。どこまで?」
「……教室まで」
「ん」
うなずいて軽々と、木島くんはわたしが持っていたダンボールを持ち上げてしまう。
見上げると、綺麗な顔が見えた。男の人に言うのもどうかとは思うけど、美人さんだ。
どうでもいい会話をしていると、すぐに教室に着いてしまう。
とたん、待ってましたと言わんばかりに雨がザーザーと降りだす。
(傘持ってきてないのに……走るしかないかなぁ)
雨音はその強さを増すだけで、弱まる気配を見せず、わたしはただぼんやりと窓の外を眺めていた。
お姫さまがピンチなときは王子さまが現れて、カッコよく助けてくれるけど。
(雨の中、向かえにきてくれるのはお母さんくらいかなぁ。あでも今日はバーゲンの日だし。大丈夫かなお母さん、濡れてないといいんだけど)
「委員長、今日の用事はこれで終わり?」
「うん」
どうやって帰ろうかな。なんて考えてたらいきなり木島くんに腕を取られて、
「一緒に帰ろう」
微笑まれてしまった。
……まずいよ、顔が赤くなる。
どうしてそんなこと言ってくれるのかとか、やさしいのが嬉しいとか、でも恥ずかしいとか、全部顔に出そうでうつむく。
「ほら、鞄とって来る。おいてくぞ」
「あ、ま、まって」
急ぐふりをして鞄を取りに走るとき、喜びで緩んでいる顔を見られていないかだけが、それだけが心配だった。
一緒の傘に入って帰る。
外靴に履き替える前によったトイレの鏡では、変な箇所なかったはず。
臭いとかも、くさくない。髪、はねてない。リボン、歪んでない。よし!
「委員長、ちぃって呼ばれたいのか?」
「え!?」
「……え?」
「え、や、えっと、な、なんでも、ないです」
名前、呼んでもらっちゃった。
本当にまずいよ、顔が尋常じゃないくらいに赤いし熱い。
反撃と称して木島くんを蓮くんって呼んでみると、木島くんも照れた。
そんな些細なことに、木島くんのほうを向いちゃう視線を外すのが大変で。
わたしのことを見てくれるはずないって分かってるけど、それでも溢れてくる嬉しさはとまらなくて。
目の前にある幸せ。
掴めそうな彼の手。
もしわたしがもっと綺麗で、なんでもできて、自分に自信があれば、その手を掴もうと腕を伸ばしたんだろう。
けどそんな勇気はなくて、見上げるのが精一杯で。
相変わらず雨はやまない。
二人で入っている傘は二人で入ると小さくて、見上げると木島くんが見える。
他の人にも同じように笑ってやさしいんだろうなって、そんなことを考えたら少しだけ胸が痛んだ。