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半径25センチくらい。直径で50センチくらい。
そんな小さな円の中に二人が納まるにはかなり密着しなければいけない。
が、相手を濡らすわけにもいかず、委員長のほうへと傘を傾けると、それに気づいた委員長は俺のほうへと近づいてきた。
となると密着度が、距離が必然的に近くなるわけで。
「ごめんね、木島くん自転車に乗れば速いのに」
鞄を前に抱えて呟かれる。
確かにそうだけど。
「自転車はあるけれど、この雨で乗って帰ったらずぶ濡れ確定だな」
「それは、そうだけど。わたし、道路側でいいよ?」
「それはダメ」
女の子を道路側にして歩くなんて、野郎の風上にも置けない。
車とかバイクが水溜りの水を飛ばしてきたらどうする。そんなとき女の子が道路側だったらどうする。絶対に防げないぞ。その自信はある。そんな自信は要らないだろうけど、なにかあってからでは遅い。
「だってさ、中村」
「亜子は男女だから大丈夫!」
「ざけんじゃないわよ、あたしはれっきとした女よ! あと勝手に名前で呼ばないで」
「俺と亜子の仲じゃなぁい」
「……キモイ、うざい、どんな仲よ」
「一緒に風呂、入ったじゃん」
悦! って感じで中村が語る。その言葉に橋本の唇がつりあがる。
「あれは……アンタが女子風呂を覗きにきたんでしょうが!!」
「もう、美人だけど、それを上まって男らしいからなぁ亜子は。そんな君にフォーリンラブ!」
前には中村と橋本。
下駄箱で会ったので一緒に帰ろうとなったんだ。まぁ、中村のほうは橋本を待っていたらしいけど。
橋本が顔を赤く染めて中村を蹴り飛ばす。そして早歩きで俺たちに近づいてくる。
「でも、納得いかないわ!」
どうやら怒りが俺のほうへと向いたらしい。
「どうしてちぃは木島くんの傘に入ってるの? ここは女同士、あたしの傘に入るのがどおりってものじゃない?」
「亜子ちゃん……でも」
俺と委員長は互いに顔を見合わせる。
「橋本の傘じゃ、どっちかが濡れるだろう?」
どうして女の子の傘と男の傘では大きさが違うのか謎なところだけれど、橋本の傘は俺や中村の持っているやつより一段くらい小さい。そんな傘に二人が入ることはできない。
「蓮が三森と一緒なのは家が同じ方面だから。そういう俺と亜子も家が同じ方面!」
「……サイアク」
「そう言わないで、つれないお人。一緒に帰ろうぜ、亜子ちゃん」
「名前で呼ぶなっ! ちゃん付けるな!」
橋本の鞄からなにやら固形物が取りだされ、中村を狙う。
あれは、なんだ? 先のほうが尖っているような。いや、見なかったことにしよう。
「亜子ちゃん、楽しそうだなぁ」
憧れを含んだ声が委員長から聞こえる。
「委員長、ちぃって呼ばれたいのか?」
「え!?」
「……え?」
「え、や、えっと、な、なんでも、ないです」
耳が真っ赤になっている。
その様子を見て俺も自分がなにを言ったのか今更ながらに理解した。
「ごめん、委員長は委員長だよな」
気安く女の子を名前で呼ぶなんて、どうにかしてる。
「ちがうよ。木島くんはいつもわたしのこと委員長って呼ぶから。驚いただけで」
「委員長だって俺のこと、いつも木島くんって呼ぶな」
「蓮くんのほうがいい?」
「あー」
うん、これは恥ずかしいな。
顔が赤くなりそうで、慌てて片手で口元を隠す。
「耳が赤いよ、蓮くん」
「確信犯か、委員長」
「さっきのお返し」
にやにや、と、どこからかそんな効果音が聞こえてきそうな顔で俺たちを見ている男の顔が見えた。そいつの名前は中村とかいって、俺と目が合うとそれはもうしたり顔で頷いた。
「俺と亜子はこれから別の道をいく! だから蓮、ファイト!」
「えっ? ちょ、中村!? あたしまだ」
「ええい、亜子は黙ってなさい! 蓮、頑張るんだぞ」
両肩をぐあし、とつかまれ激励される。
橋本は納得していないようだけど、そこは中村が口で丸めこんで連れ去ってしまった。
あいつは、なにを応援したいんだ。
「中村くん、面白いね」
「そうだな」
……静かになってしまった。二人きりじゃ話題づくりに困るのに。
まだ家は遠くて、傘に当たる雨音がBGMの代わりに耳に届く。
「委員長、俺が自転車で帰ったらどうするつもりだった?」
「うーん、走るかな」
「家まで? それじゃかなり濡れるだろ」
「じゃ、雨がやむまで待つとか」
「やまなかったら?」
「そのときは……やっぱり走る?」
誰かの傘に入れてもらうという選択肢はないのか。
水を吸ったコンクリート。歩道の端には小さな流れができている。
タンポポは咲いてない。
「そういえば、あの荷物はなんだったんだ? ほら、ダンボールに入ってた」
教室に持っていったアレだ。中には紙やら文具やらが大量に入っていた気がするけど。
「あ、あれはクラブの道具」
照れたように笑って下を向く委員長。委員長がクラブに入ってたのは初耳だ。もう五月だからクラブに入っていても誰も驚かないけど。
「でもまだ、正確にはクラブじゃないんだ。部員5人もいないから」
「あー、5人以上いないとクラブにできないんだっけ」
「そう! だから、いつでも部員募集中です! 今はわたしと亜子ちゃんだけなの」
ああ、まずい。こちらを見ている。委員長が俺のほうを見上げている。
頑張って笑顔で答えてみるけど、彼女の視線が他を向くことはない。
「……なんのクラブ?」
「演劇部!」
「え?」
えんげきぶ?
舞台上で煌びやかな衣装を着、メイクバッチリな男装の麗人が出てくる……いや、あれは宝塚だ。
「木島くん、演劇に興味ない?」
笑顔が、いつもは控えめな笑顔が満面で、それが俺に向けられている。
興味ないなんて、言えるわけがない。
せっかくできた会話のチャンス。委員長と話す機会ができる場所。
断るなんて、断るなんて。
――俺は馬鹿だ。