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Side ―王子さま―
「そういえばさ、蓮。三森さんとはどうなった?」
5月の登校中、中村が近づいてきたと思えば開口一番にそんなことを聞いてきた。
俺は三森という名前の女子を脳内で検索し、三森イコール委員長の方程式を組み立てると、そうだなと短く呟いて前を向いた。
もう一ヶ月も前の話だ。
アレから委員長とは会話らしい会話をしていない。
「どうともなってないけど」
「なんで!? お前、この間まで自転車で送り迎えしてたじゃん」
「委員長のメガネが直るまでだっただろ。そのあとは、どうなったか知らないし」
家が特別に近いわけじゃない。
旧知の友とかいうものでもない。
偶然メガネを壊してしまって、家が同じ方向だっただけ。
一緒にいるのはメガネが直るまでの間。
それが少し寂しくも感じたけれど、これ以上なにを言えばいい?
会話はできるだろうけど、長くは続かない。
お互いに相手のことを気にかけて変な間ができないようにと取り繕う。
会話が楽しくないとか言うわけじゃない。でも友達と話すように、心から全部が楽しいとは思えない。
自分をなんだか誇張したい。
年ごろの男なら女の子の前でいいカッコしたいと思うのが普通だろう。でも、そんな自分がなんだか恥ずかしいような。
だから、どうやったって行動がおかしくなって。
距離が離れて、会話をしないようになっていった。
「三森ってどんな人だった?」
「どんな人っていうと――トイプードル?」
「それ犬じゃん」
「でもそんな感じだった」
下駄箱に到着し、上履きに履き替える。と、上靴の出す際、なにかが一緒に滑り落ちた。
それは愛らしいピンクの便箋で、世に言うこれは、
「ラブレター!?」
「どうしてお前がそんなに嬉しがるんだ」
「おまっ、馬鹿か! ラブレターもらって嬉しがらない男子がいたらそれは病気だ! いや、オカマだ! ちくしょう! なんでだよ、ちょっとだけ顔がいいからって。そうだ、わかったぞ。それは男からのラブレターだ! やーいやーい、ホモ!」
「喜ぶか、悔しがるか、どっちかにしろよ」
手に取った便箋は甘い香りがした。でもそれがなにかわからない。
(そういえば、委員長もなんかいい匂いしてたな)
でもやっぱり、なんの香りかはわからない。
ここで見る気にはなれないので鞄に放り込む。
「それどうするんだよ、蓮」
「どうって?」
「OKするのか?」
……考えてなかった。いきなりだし。
せっかくの高校生活。
恋愛は醍醐味だろう。
彼女はほしいし、デートも一度くらい行ってみたい。
この手紙に応じたら、俺もはれて彼女もち。
夏の海とか、クリスマスとか、バレンタインとか、勝ち組にいれるってわけだな。
そう考えながらチャイムを聞いていた。
程なくして授業も終わり、下校を知らせる鐘が鳴る。
鞄を手に階段を下っていると、大きなダンボールに溢れんばかりの資材を詰め込んで上ってくる委員長が見えた。
ふらふら、よろよろと見ていて危なっかしい。
ダンボールの中にはカッター等の刃物も入っているのか、ガチャガチャとした音も聞こえる。
「持とうか?」
「え? あ、木島くん、今から帰るの?」
「のつもりだけど……持つよ」
顔を上げてこちらを確認する委員長をよそに、彼女の手からダンボールを奪う。
とうぜんのように委員長は俺から自分の荷物を取り返そうとするが、そこは身長の差にものを言わせる。
「いいよ。わたし持てるから」
「見てるこっちの気が気じゃないから。どこまで?」
「……教室まで」
「ん」
頷いて、来た道を戻る。別に重くはない。けれど、委員長が持つとやたら重そうに見えた。
女の子はあまり筋肉なさそうだし、この程度でも重たいのかもしれない。
俺の後をついてくる委員長はこちらを心配げに見ている。
「なに?」
「え、や、しゃべるの、久しぶりだなって思って。重くない?」
「重くないよ」
そこで会話が途切れる。
黙ったままで歩く。
背後から一年生が走りすぎていった。
「ラブレターもらったんだって?」
それは今日の朝の出来ごとで、まだ中村以外知らないはず。
俺自身、手紙の中身を見ていないのに。
なぜ知っているのだと、顔にでも出ていたのだろう、委員長は慌てて口を開く。
「中村くんが教えてくれたの」
「アイツ……」
中村のやつ、委員長と話す機会なんてあったのか。
くそう、俺だって会話の話題があれば話せるのに、持っている話題といえば、自分がラブレターをもらったというどうでもいいようなこと。
知らず知らずに不機嫌顔になった俺に、委員長がびくついて肩をすくませる。
「仲いいの?」
「え?」
「中村と」
「や、今日はお昼に購買部のところで会ったんだ。わたしいつもパンだから」
そうなのか。
委員長はお昼パンなのか……いや、違う。そんなの知っても嬉しくない。
そう、気になんて――
「別に、ラブレターって決まったわけじゃないし」
強引に話を元に戻す。
しばらく、なんのことだかわからないという顔をした委員長だけど、話が先ほどの話題に変わったのだと理解すると俺の横に並んだ。
「中身、見てないの?」
「なんか、見づらいから」
俺の肩よりまだ低い身長。
大きなメガネ――委員長曰くジョン2号――越しの瞳は興味の色に染まっている。
けれどそれを俺に気づかれたくないのか、わざと他のほうばかりを見ている。
「気になる?」
「え!? や、そんなこと、ないよ」
両手をぱたぱた振って、首をぶんぶん振って、全身で違います! って伝えてくれている。
けれど、興味はあるようだ。
教室に着く。
ダンボールを机の上に置くと肩を回す。
「ありがとう」
「いえいえ」
役に立てたならよかったと告げようとすると後ろからトン、と軽い音が聞こえた。
なにかと窓側を振り返ると、雨粒が窓を叩いていた。
回数が多くなった、と思うと途端に激しい音を立てて降りだす。
先ほどまで晴れていた空は一瞬にして灰色に染まり、グラウンドで活動していた生徒たちは急いで校舎へと避難してくる。
「天気予報はあてにならない、か」
朝のお天気お姉さんは一日中晴れだと言っていた。
天気のマークも晴れだけだったのに。
開いている窓を閉じて振り返ると委員長の眉がハの字に曲がっていた。
「委員長」
「う、ん」
窓のほうを見たままぼんやりと声が返ってくる。
教室に残っていた連中は相傘の相手を求め、声を掛け合っている。
「委員長、今日の用事はこれで終わり?」
「うん」
どうやって帰ろうかと思案しているのか、やはり生半可な返事が返ってくる。
ちょうどいい。
ぼうっと外を見る委員長の腕を取る。と、こちらを見る大きな瞳。
「一緒に帰ろう」
「へ?」
「ほら、鞄とって来る。おいてくぞ」
「あ、ま、まって」
いきなりの展開だけど、『おいていく』という言葉が効いたのか、委員長は急いで鞄を取りに行く。
その姿を見て、少し思う。
俺は委員長に気があるんじゃないかと。
だって、生まれてはじめてのラブレターより、目の前の少女といれることが嬉しいのだから。