あたしと彼と映画館
「大丈夫?」
「……あー、ちょっと休ませて」
「じゃあそこ座ってて。飲み物買ってくる」
「ごめん、筒見さん」
映画館のロビーのソファーに戸田くんを座らせ、あたしは売店へと向かう。若干はめられたような感じで決まった二人での外出は、二人で映画を観て、お昼を食べ、ちょっと買い物をする、という定番デートコースっぽい流れに決まったのだけど、いきなり初めの映画館でつまずいているところだ。
「コーラとウーロン茶、どっちがいい?」
「コーラでお願いします……」
はあー、と長く深いため息をつく戸田くんにコーラを手渡して、あたしは隣に腰かける。
「苦手なら苦手って言ってよ」
「いや、だってどこでも付き合うって言ったし……」
「けど、気分悪くなったら意味ないじゃない?」
「ですよねー」
まあ、一緒に行ってくれる人がいない、ってあたしが言ったせいで気を使ったんだろうとは思うけど、ホラー映画なんて好き嫌いがあるんだから、断ってくれても構わなかったのに。ダメなら違うエンタメ系のを選んだのにさ。
「けど、筒見さんてホラー好きなんだね。意外だった」
「そう? 非日常の感じがよくない?」
チープなやつだとあまりの雑さに怖がるより笑ってしまうところも楽しいんだけどね。まあ、きっと戸田くんには同意してもらえないと思うけど。
「仮にもデートで、この選択はすごいよ」
「あたし、恋愛映画ってあんまり趣味じゃないんだよね」
「まあ、なんとなくそんな感じはしたけど」
でもまさかホラーとは、とモゴモゴ言ってるのが丸聞こえですよ、戸田くん。
「一番見たいのを正直に言ったんだけど、あたしももうちょっと気を使えばよかったね」
「いや、オレが遠慮しなくていいって言ったし。そして、見栄はって怖いから無理って言わなかったのもオレだし」
「見栄はってたの?」
「そりゃはるさ! 仮にもデートなんだから!」
いやいや、そこは威張るところじゃないし。胸を張って言われても困る。
「まあ、結果いいとこを見せるどころか、ご迷惑をおかけしているわけですが」
「あー、そうだねえ」
否定せずに同意してみせると、戸田くんはまたため息をついた。だって、嘘でそんなことないよ、なんて言うのも白々しいじゃない。
「ごめん。この後も予定とかあったのに」
「まあ、いいんじゃない? お昼を食べるにもまだどこも混んでるだろうし。何時にどこ、とか決まってないんだから」
「なら、いいんだけど」
苦い顔で力なく笑う戸田くんに、なんだか悪いことをしたな、と思う。デート、デートと連呼するのはいただけないけど。でも、やめさせるのも面倒そうなので放っておいている。正直、あたしにはまだ「友達と休日に出かける」以上の認識はないんだよね。
「動けるようになったら、駅の方に行ってみようか」
「そうだね。どっかカフェでも入ろう」
「あたし、別にファミレスでもいいけど」
カフェって場所によっては高校生には辛いお値段だったりするよね、と思いながらそう言ったら、戸田くんは苦笑いを漏らした。なによ、ファミレスだっていいじゃない。あたし、そんなにお小遣い残ってないの!
「筒見さんて、なんていうか、あれだね」
「男っぽい? ていうか、女子らしくないでしょ?」
「いや、それは」
「いーよ。別に自覚はあるし」
家族や友人にもよく言われるので、大丈夫、慣れてます。まあねー、可愛いものやキラキラしたもの、おしゃれなのも、ロマンチックなのも嫌いじゃないんだよ。それなりの憧れはあるさ。だけどね、それに喜んで浸る自分を想像したら、寒気がするっていうかさ。お前、それでかわいいつもりか! ともう一人の自分が言うんだよね。もうちょっと、回りの見えない子だったらよかったのかね。いや、あたしの場合は回りが見えてるっていうより、回りを気にしすぎ? んー、どっちでもいいけど、とにかくいかにも乙女チックなものとかは、体が拒否反応をおこすんです。
「そんなに気にしなくていいと思うんだけど」
「なにを?」
「筒見さん、自分で女の子っぽいものは似合わないって思ってるでしょ?」
「だって、似合わないもの」
納得いかない、みたいな顔で言う戸田くんに、あたしはすっぱり言い返す。そんなこと言われても、納得いかないのはこっちの方だ。あたしなんかをかわいいという戸田くんの言うことは信じられない。
「そんなことないって。……じゃあ、今から見に行く?」
「なにをよ」
「服とかアクセとか」
「ええ〜」
今日はそんなつもりなかったんだけど。なにより、男子と一緒にっていうのが抵抗ある。もともと買い物は一人で心置きなくあちこち回りたい派だから、友達や家族とだってあまり一緒に行かないのだ。
あたしの買い物は、すごく長くて面倒だっていう自覚があるからこそ、誰かと行くなら本当にお互いをわかっている人と、初めから約束してた場合に限ってる。今日みたいになんの目的もなく回ると本当に長いのだ。何時間も歩き回って、なんにも買わないなんてざらだし。
「あたし、買い物長いから、いいよ」
「平気だよ。オレ、姉ちゃんの荷物もちで慣れてるから」
さ、行こう、と腕を引っ張る戸田くんに、あたしはズルズル引きずられるようにしながらアーケード街に出た。
「あ、ほらこれとか」
「うん、かわいい。千香子に似合いそう」
最初に入ったお店で戸田くんが手に取ったのは、薄い桃色の蜻蛉玉の付いたヘアゴムだ。綺麗な黒髪の千香子には映えるだろうな、と思って言ったら、難しい顔をされた。
「筒見さんにも似合うよ」
「可愛らし過ぎるでしょ」
「えー、じゃあこっちは?」
「どっちかというとそっちの方が好きかな」
次に手渡されたのは、紺地に赤い金魚が描かれたガラスの飾りが付いたヘアゴム。こないだ千香子と選んだ浴衣に似合いそう。まあ、お金ないけど。1200円は高い。
「じゃ、これにしよう!」
「えっ、いや、買わないよ?」
「うん。オレが買うよ?」
あっさりとそう言う戸田くんに、あたしはポカンとして聞き返すしかなかった。いやいや、意味がわからない。
「なんで?」
「プレゼント」
「それこそ、なんで?」
「今日の記念?」
「……そういうの、どうかと思う」
少女漫画に出てきそうな単語だ。リアルで言ってる人初めて見た。そして、そのセリフが他でもないあたし自身に向けられていることが、恥ずかしくてかなわない。
「嬉しくない?」
「誕生日とかならまだしも、なんでもないのに、プレゼントとか貰えないよ」
「オレがあげたいだけでも?」
「……そう、だね」
だって、お返しはいらないの? とか、何か裏があるんじゃ? とか、後で代わりに何か要求されたりしない? とか考えてしまうのは私がおかしいの?
「別に、難しく考えなくてもいいよ? お返しとか欲しい訳じゃないんだし」
「え、いや。とにかく、プレゼントとか、ちょっと困る」
なぜばれた。そんなにあたしはわかりやすいの? だって、お返し不要と言われても、貰いっぱなしっていうのはどうにも、貸し一つ、みたいに思えてしまうんだから仕方ない。なんかどっかで返さなきゃなー、って。これはもう、性格なのだ。難儀な性格だとは思うけどさ。
あたしが微妙な顔をしていると、戸田くんは明るい笑顔で首をかしげた。
「筒見さんて、真面目だよねえ。……うちの姉ちゃんなんか、貰えるものは貰うし、なんでもねだるもん」
「……そうなんだ」
それはきっと、戸田くんのお姉さんだからだと思うんだ、とはあえて言わない。だって確実にかわいくて、ちやほやされて然るべき、って感じの人だと思うから。そういう人だから許される振る舞いってあると思うんだ。
「じゃあ、これあげるから、またデートして」
「へっ?」
戸田くんのお姉さんについてひとしきり考えていたら、相変わらずの笑顔をした戸田くんに突然そんなことを言われた。
「高坂と、浴衣買ったんだよね?」
「よく知ってるね」
「井澤が言ってて。その時、これ着けたらよさそうかなって」
「あたし、今、お祭りかなにかに誘われてるの?」
「うん。花火、行かない?」
「うーん……」
花火といえば、直近では明後日の木曜日だ。この地域ではお盆前に大きなお祭りがあるんだけど、その前夜祭で市内を流れる大きな川で花火が上がる。全国から観光客が来るようなお祭りだから前夜祭もそれなりに派手で、毎年結構な人手になる。
「河川敷の公園は混むけど、穴場知ってるんだ」
「そうなの?」
「うん。だから、どうかな」
人混みが苦手なあたしは、毎年家のベランダから半分にかけた花火を見ている。地元なんだし、一回くらいは間近で見たいなあ、と思うんだけど、当日の昼間に公園で場所取りとかしてる人をみて、やめちゃうんだよね。そこまでできないわーって。だから穴場っていうのは魅力的かも。ゆっくり見られるならその方が嬉しいじゃない? 戸田くんと、というのがいまいち素直にうなずけないとこだけど。けど、二人きりじゃなきゃいいかなあ。
「……二人で?」
「えっ、うーん、……高坂たちも誘う方がいい?」
「もし、行くなら」
そこまで答えて、あたしはハッとした。あたし、戸田くんに流されてない? 何だかんだで、このままだとヘアゴムも受け取って、一緒に浴衣で花火コースじゃない? なんなんだろう、この人。確実に誘導されてるんだけど、乗ってしまいそうになるのはあたしの警戒心が足りないんだろうか。それとも、戸田くんがうまいんだろうか。
「じゃ、すぐメールする」
「えっ、ちょっと待って?」
「はい、そうしーん」
うわああ、これじゃもう断れないじゃない! だって、千香子、井澤くんと花火行くって言ってたもん。一緒に行かない? って言ったら行く! って返ってくる確率が高いよねえ。あ、でもデートなら二人で、ってことも……。
「あ、返事きた」
「っな、なんて?」
「行くって」
「ああ、そう……」
ああ、やっぱりか。まあ、千香子と一緒なのは楽しいし嬉しいんだけど、なんかやっぱりまんまと乗せられてる気がする。「じゃあ、これ買ってくるね。」と嬉しそうにレジに向かう戸田くんの後ろ姿をみて、あたしはこっそり長いため息をついた。