あたしと彼らと遊園地
「えーと、筒見ちゃん。大丈夫?」
「……あんまり」
あたしは今、まあまあ賑わっている午後の遊園地のベンチで膝を抱えている。
隣には井澤くんがしょうがないな、という体で腰掛け、時々ケータイをいじっている。こんな状態でかれこれ30分はたっているから、たぶん千香子と連絡を取っているんだろう。
今、あたしは1週間前の自分の判断をひどく後悔していた。4日前、ここに来ると決めたことももちろんだけど、もとをただせば1週間前、夏期講習最終日に戸田くんに甘い顔をしたのが始まりなんだから。
とりあえず、うんって言っておいてあとはあんまり関わらないでいたらいいや、と高を括っていたのが甘かったのだ。元々そこまで親しくもなかったから、こんなにぐいぐいこられるとは思ってなかった。失敗したー。
「えーと、ごめんな」
「井澤くんは悪くないよ」
「うん、でもあの二人を止められなかったし」
あの二人とは、戸田くんと千香子のことだ。信じられないことに、二人一緒になってあたしを戸田くんとくっつけようとしていたのだ。結果、あたしは半分騙されるような形で千香子と井澤くん、戸田くんの四人で、遊園地に来ることになったのだ。
そして、それを知ったあたしは、お昼の途中でプツンといって、一緒に来ていた3人の前から逃げ出した。
「二人してひどい」
「そうだな」
「でも、あたしもひどかったかも」
「ああ、『大っ嫌い』?」
井澤くんのセリフに、あたしは黙ってうなずいた。お昼のテーブルから立ち去るとき、あたしは怒っていたとはいえ最低なセリフを吐いたのだ。そりゃ、あたしの気持ちも考えないで勝手なことしないでよと思ったし、あたしがちょっと押しに弱いからって、見くびられてるようにも感じた。二人のそういうところは嫌だと思う。
でも、大っ嫌いはなかったかもと思う。だって嫌いなんて言われたら、誰でも傷つく。千香子は友達だし当然だけど、戸田くんだって関わってしまった以上、傷つけたりするのは怖い。誰からも好かれるなんてありえないけれど、それでも誰にも嫌われずにいたい。あたしはただの小心者なのだ。
「あたし、嫌われたかな」
「そりゃないでしょ。この場合、そういう心配するのはチカと戸田の方。てか、筒見ちゃんは戸田を嫌いになってもおかしくないと思うよ」
「そうだよねえ」
はあ、とため息をついて足を地面に下ろす。なんでか憎めないのだ。きっと、千香子やうちの弟に似てるからだと思う。末っ子で甘え上手、自分に正直すぎて社交辞令が見抜けない。そのくせ変なところで気が利いたりする。扱い方を覚えないと大変な相手なのはわかっているのに、突き放すこともできない。
「筒見ちゃんて長女なんだ」
「わかる?」
「あの手のタイプを放っておけないんでしょ? 俺と同じだ」
「井澤くんは長男?」
「そう。弟が二人」
「うちは弟一人だよ」
大変だよねと言ってお互いに苦笑する。何だかんだ面倒くさいと言いつつ、頼られたり甘えられたりするのが快感なのは、多分一番上の性なんだよね。自覚はあっても、十何年と染み付いてきたものは簡単には直らない。
だから、ああいうタイプについ構ってしまうのだ。
「あのね」
「んん?」
「あたしって、ずるいよね」
「そうなの?」
「だって、冷たくして嫌われるのが嫌で、結局突き放せないんだ。ほんとなら、突き放した方が相手のためなのかもしれないのに」
戸田くんとお付きあいする、って可能性は今のところすごく低い。別に、彼のことは全面的に嫌いなわけじゃないし、生理的に駄目なわけでもない。うまく人の間を立ち回れるところは素直に尊敬できる。素直になにを言っても許されるところはずるいと思うけど、それは人柄ゆえなんだろうし。もしかすると、まわりにはわからないように、全部計算してるのかもしれないけど。
いずれにせよ、あたしとは全然違った人で、うらやましいという認識はあっても、特別好きという感情はない。
「でも、戸田は戸田で筒見ちゃんのそういうところを利用してると思うけど」
「そうなのかなあ」
「多分、押し切ったらいけると思ってんじゃないかな」
「……戸田くんは、なんであたしなんか好きなんだろ」
そこまでするほど、自分に誰かに好かれる要素なんてあるとは思えない。地味だし、普通だし、可愛くもないし、可愛げもないし。あまり主張しない割りに我が強いから、家族にも面倒くさいと言われるくらいだ。
前に千香子にも言われたけど、彼女としてはちょっと残念なタイプだと思う。
「理屈じゃないんじゃない?」
「えー、そういうもの?」
「少なくとも俺はそうかな。気になるなら、直接聞いたら?」
「そんな恥ずかしいことしないよ」
仮にうまいこと聞けたとしても、悩まれたらへこむし。それにきっと、あたしが納得できる答えは持っていないと思う。
「謝りたいらしいけど、どうする?」
会話が切れたところで、井澤くんがケータイを見ながらそう言った。
「千香子と戸田くん?」
「そう。来るって言ってるけどどうする?」
「……わかった」
一緒に遊びに来たのに一人だけ帰るって訳にもいかないし、そうなると必然的にまた顔を合わせることになる。それなら、一度お互いの言い分をぶつけてしまった方がすっきりするし、話も早い。
「じゃあ、場所教えちゃうよ?」
「うん。なんかごめんね、井澤くん」
「いいよ。あいつら、一回本気で怒られればいいのに、ってちょっと思ってたし」
そう言って明るく笑う井澤くんに、そんなに大したことじゃない、と言ってもらえたようで、少しだけ気持ちが軽くなった。
****
「「ほんっとーにすみませんでした!!」」
二人並んで90度のお辞儀をする千香子と戸田くんに、あたしはため息をついた。
「なんで普通に誘わなかったの」
「だって、わたしとシュウと3人だと遠慮するじゃない」
「当たり前でしょ。なんで友達のデートに一人でついていくのよ」
「だから、もう一人いたら沙代も来てくれるでしょ?」
まあ、デートじゃないなら行ってもいいけど、それでも2対2に別れるのが目に見えてるんだから、相手によっちゃ微妙だよ。あたしにはそこまで親しい男子がいないんだから、せめて女子でしょ。まあ、そうしたら今度は井澤くんが居たたまれないだろうけど。
「それで戸田くん?」
「わたしともシュウともそこそこ仲いいし、それに沙代のこと好きっていうし」
「それで? どうせ、あたしと戸田くんが付き合ったらダブルデートできるじゃん! とか考えたんでしょ」
「う、みんなが楽しいなら一番いいかなーと思って……」
そう言って、叱られた子犬よろしく頭を垂れる。この光景も実は数回目だ。本人に悪気はないのだけれど、千香子にはどうにも楽しいことを優先させ過ぎるところがある。そうなると、その途中のこととか、やらなきゃならないことがスコンと頭から抜けてしまうんだよね。
「あの、オレが高坂に頼んだんだ。みんなで遊べたら楽しいって言ったのも、オレだし」
「なんであたしに直接言わないの? こないだ、メール教えたよね?」
「だって、オレから誘ってもすんなり来てくれなさそうだったから」
うむむ、それは否定できないけど、でも理由もなしに断るような真似はしませんよ。一応ね。
「時と場合によるかな」
「……本当に?」
「そんな、問答無用で断るほどひどい人間でもないんですけど」
推測は概ね間違ってないけど、戸田くんはあたしがそんな人間だと思ってたわけ? 戸田くんの中であたしは一体どういうイメージなんだ。
「そんな風に思った訳じゃないよ。けど、早く一回会ってもらいたくて」
「別に普通に誘ったらいいじゃない。そしたら、あたしだって普通に予定とか考えるのに」
今回断らなかったのは、確かに千香子がいるからっていうのが大きかった。だって、あたしとも遊園地行きたいって言ってたから。そういう意味では、正解だ。けど、だからと言ってそこにのっかるっていうのは、潔くないっていうか、ずるいと思うんだよね。
「わかった。じゃあ、そうする。メールもちゃんとするから」
「……そうして」
みるみる表情を明るくする戸田くんに、ああ、またなんか墓穴掘った気がする、と思った。戸田くんの明るい笑顔が憎らしい。メールなんてきっと無視することもできるだろうけど、あたしから普通に連絡しろみたいなことを言っておきながら、無視とかひどすぎるし。それに戸田くんのお友達の皆さんにバレたら、今度は悪口程度じゃすまされないよね。しょうがない、戸田くんが飽きてくれるのを待つしかないか。
もういいです。好きにすればいいよ。
一つため息をついて、あたしは負けを認めることにした。
「もう、変に示しあわせたりしない?」
「「しない! 」」
きれいにハモる二人に、井澤くんはついに吹き出した。さっき二人が来るまでの間に井澤くんが言ってたんだけど、こうして見ると、この二人は確かに似ているかもしれない。考え方とか行動パターンとか。
「わかった。それなら、もういい」
「じゃあ日曜は二人だけで買い物いこ?」
「……あは、いいよ」
相変わらず切り替えが早い千香子に、あたしは一瞬あっけにとられ、つい笑ってしまった。
それを見た戸田くんは唖然とした顔でこっちを見ている。
「じ、じゃあ、オレも!」
「え?」
「オレとも二人で出掛けようよ!」
「……戸田くんと?」
「そう。ダメ? 今日のお詫びに、筒見さんの行きたいところ、どこでも付き合う」
さっきの今で断るとかできねえええ! なんなの、戸田くん意外に策士なの?
「……わかった。じゃあ考えておく」
「やった! 予定わかったらメールしてね!」
曖昧にうなずくことしかできないあたしは、早くも自分の判断力の低さに辟易していた。
あーあ、もうどうにでもなれ!