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あたしと彼の5日間  作者: 紺野碧
あたしと彼の5日間
3/7

3日目

「筒見沙代って、あんた?」

「は? ……そうですけど」


登校早々、生徒玄関で上履きに履き替えようとしたところで二人の女生徒に声をかけられた。まるで見覚えのない相手だけど、何となくあの噂の件だろうなと思った。


「なんだ、ホントに大したことないじゃん」

「つーか、先輩に対してこの態度はないよね。『は?』だって」

「しかもなんか睨んでるし。マジ、こんな女にふられるとか、戸田っちかわいそう」


あたしの外見が大したことないのは事実だけど、名乗りもしない初対面の相手にいきなりバカにされて、にこにこ対応するって、普通なくない? と思ったけど黙っておこう。


「ちょっと、話があるんだけど」

「……はあ」


あたしにはありません、なんて絶対に言えるわけない。そんなこと言ったら、今この場で大声で怒鳴られるに違いない。

ちょっと来なさいよ、と言われるまま、二人のあとをついていく。どうやら特別教室がメインの第2校舎に行くらしい。まあ、人に見られたくないのは当然だし、妥当な判断だよね。


連れていかれた先は自習室で、そこには男女問わず7、8人の生徒がいた。女子だけじゃないってのがさすがだよ。


「筒見沙代。お前、戸田を振ったって本当だな」

「なんのこと」

「知らないとでも? 先週の金曜、終業式の後に、学校前の大通りで戸田にコクられたんだろ?」

「……あたしはなにも聞いてません」


広まってる噂が大筋同じようだから、信憑性がないとは言えないけど、当事者のはずのあたしになんの心当たりもないのは、どう説明するんだ。


仮に戸田くん本人が言ったんだとしたら、正直ちょっと引く。自分が振られたって話を周りに言っちゃうって、プライドないのかなって思うし、それを言ったらこっちに被害がおよぶかもしれないことに頭が回らないってのも残念ポイントだ。しかも、自分が結構な人数の人に好かれていて、自分が言ったことでその人達が行動を起こしてしまうかもしれないのだ。それを知っていて言ったのなら相当根性がねじ曲がってるし、知らないとしたら、とんだおバカさんだ。

どっちみち、あたしの中での戸田くんの株は大暴落中である。むしろストップ安かもしれない。


「ちょっと、あんた聞いてんの?」

「やっぱり最低なんだけど。なんなのこの女」

「さすが返事もせずにスルーしただけあるよな」

「……はい?」


無視した? あたし、そこまで最低じゃないんたけど。それって向こうがコクったつもりになって、あたしに伝わってないだけなんじゃない? そんなの、振ったうちに入るか!


と思ったけど、それを口に出すことは叶わなかった。なぜって、そこからあたしに対する罵詈雑言の嵐だったからだ。あたしが怪訝な顔をしたのが気に入らなかったらしい。四方から、最低だの、調子のってるだの、バカだの、対して捻りもない悪口だったけど、こうもずっと聞いていると結構こたえる。

ひとしきりあたしをののしった人達は、最後に「少しは戸田くんの気持ちがわかった?」と言って自習室を出ていった。


「なんだそれ」


思わず呟いたあたしの台詞は、予鈴と重なった。



とりあえず、自習室から教室まで向かうことにしたものの、冷静になってみれば、なんだかだんだん腹が立ってきた。


あたしが何をしたっていうの?


見ず知らずの人に、ブスとか最低とか調子のってるとか、勘違い女とか言われなきゃならないようなこと、なにかした? あの人達に不快な思いをさせるようなことをした?

戸田くんの気持ちなんて知らない。コクられた覚えがないし、彼が振られて悲しいのか、告白を無視されて悔しいのか、そんなの他人のあたしやあの人達が知るはずもない。


「そんなに、戸田くんが大事かよ」


そう思ったら、悔しくて鼻の奥がつんとした。あの人達は、きっと自分に酔ってるだけだ。大好きな友達のために、その人を傷つけた相手に報復して、友達のためにいいことをしたと思って、自己満足してる。自分の友達のためなら、他の人を傷つけても気にならないらしい。なんて浅はかな人達だ。


けど、あたしもおんなじなのかな。

だって、今日のことで戸田くんのこと、嫌いになっちゃった気がするもん。

戸田くんが、あたしに直接嫌がらせをしたわけでもない。でも、本人の知らないところとはいえ、彼の友達が彼のためという名目で、あたしに嫌がらせ的なことをした。それだけで、あたしは戸田くんを嫌な人かもしれないと思い始めているんだから。



「沙代。遅かったね……ってどうしたの? どっか痛い!?」


教室に入って自分の席につくと、前の席の千香子が振り替えって、ぎょっとした顔をした。


「へいき…」


千香子に答えた自分の声がひどく震えていて、どうやら泣いているらしいことにはじめて気づいた。まさか、高校生にもなって学校で泣くなんて。


「へーきじゃないじゃん! ほら、ハンカチ」


手渡されたハンカチで目元を抑え、言ったはずのお礼の言葉は、声にならずに消えてしまった。


「保健室、行こうか?」

「ん、ありがと」


ちょうど朝のホームルームにやって来た担任に、千香子はさっと寄っていって何事か話しかけていた。そしてすぐに、ぼんやり見ていたあたしに駆け寄ってきて、そのまま二人で教室を出た。


結局、あたしはその日1コマも夏期講習を受けることなく、保健室のベッドで過ごしたのだった。



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