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あたしと彼の5日間  作者: 紺野碧
あたしと彼の5日間
2/7

2日目

あーあ、昨日のうちに何とかしておけばよかった、と思ったけどもう遅い。

昨日の帰り、千香子とお茶をしてすっかり晴れた気分は、今日の朝、校門から教室に来るまでにいとも簡単に底まで落っこちた。


だって明らかに、昨日よりこちらを見てひそひそする人が増えている。いや、冷やかすような目でこっちを見てひそひそくらいならまだましだ。

そういうのにまじって、あからさまに値踏みするような目を向けてきたり、嫌悪感を向けてきたりする人がいる。

そして、そのくらいならまだ我慢しようとは思うものの、追い抜き様に悪口を言ってくる人までいるんだから、たまったものではない。


これまで16年とちょっとの人生を、ずうっと地味めで通してきたあたしには、反応の仕方も対処の仕方もわからない事態なのだ。

階段ですれ違い様に、ボソッと「ブース」って言われたときは、あまりの衝撃に立ち止まって相手を振り向いてしまったほどだ。

いや、誰かはわからなかったけど、上から来たってことは、同級生か上級生だと思うよ。


「おはよう……」

「おはよー。沙代、大丈夫?」


教室に入ると、もう来ていた千香子に、ものすごく心配そうな顔をされた。いつもあっけらかんとしてる千香子にこんな顔されるとは、あたしは相当ひどい様子のようだ。


「だめかも。なんなの、これ」

「なんか、噂が他の学年まで広がったみたい」

「はあ、もうあたしがなにしたって言うの」

「とりあえず、戸田くんに文句言ってみる?」


苦笑する千香子に、あたしはもう返事を返す元気もなかった。まあでも、文句を言うまではいかなくても、戸田くんと一度ちゃんと話をしてみるっていうのはありなのかも。色々誤解もあるようだし。

一対一で話せるような状況かはわからないけれど、何にもしないよりはましだよね? ひそひそされたり悪口言われたりして黙っていられるほど、あたしはお人好しでもなければ強くもない。

下手な言い訳は、噂を助長するとか言うけど、これは正当な主張だもん。断じて言い訳ではない。だってあたしは何にも悪くないんだから。


「戸田くんて何組だっけ?」

「知らないの?……5組だよ」

「わかった。講習終わったら行ってみる」

「え、本気? 気を付けなよ?」

「うん」



特に何事もなく講習は終わり、帰りのホームルームの時間になった。今日の講習は午前中までだから、これで解散だ。

あたしは戸田くんが帰ってしまう前に、5組に行って彼をつかまえなくちゃならない。

千香子も一緒に行ってくれると言ったけど、先生に捕まってしまったのであたし一人だ。千香子は今日、井澤くんと帰るって言ってたから、もとから一人で行くつもりだったんだけど。


とは言え、そんなに心臓の強くないあたしには、自分の所属する1組から戸田くんがいるはずの5組まで行くのは、とんでもなく大変だった。

別にね、誰かに妨害されたりはしてないんだ。だけど、朝よりもこっちを見ている人が多いのよ。やっぱりなんかひそひそしてるし、こっち睨んでるし、急に誰かに殴られたりとかしないか不安でしょうがない。被害妄想も甚だしいって言われそうだけど、こんなに嫌な感じの注目を浴びることなんて今までないんだもん、しょうがないじゃない。


「やっと着いた」


5組の前にはもうあまり人がいなかった。そう言えば、5組の担任は面倒くさがりで、ホームルームが異常に速いって誰かが言ってた気がする。


「筒見ちゃん、どうしたの」

「井澤くん」


深呼吸をして、5組の入り口から中を覗こうとしたら、中から出てきた人とぶつかりそうになった。そしてそれは千香子の彼氏の井澤くんだった。


「まさかと思うけど、戸田のこと探してる?」

「うん、そう。もう帰っちゃった?」

「いや、今日は来てない。……一人で来た?」

「そっか。あ、千香子なら、先生に捕まってたから少し遅くなるかも」


キョロキョロしながら聞くから、千香子を探してるんだと思ってそう言ったのに、あたしの腕を掴むとそのままあたしがもと来た方へと歩きだした。ちょうど1組と5組の中間辺りで立ち止まり、こっちを振り返る。


「ちょ、ちょっと井澤くん?」

「筒見ちゃん、自分の置かれてる状況知らないの?」

「一応わかってるよ」


眼鏡の奥から心配げな視線を寄越された。井澤くんは友達も多いし、何より戸田くんと同じクラスだから、きっと事情を知っているんだろう。


「結構、大事になってるんだよ?」

「うん。それは何となくわかる。最近、すごくひそひそされたり、知らない人に睨まれたりするし」


そう言ったあたしに、井澤くんはため息をつくと、厳しい表情でこちらを見てきた。


「それがわかってて来ちゃうんだ」

「だって、一番最初に誤解を解かなきゃならないのは戸田くんだし」

「まあ、筒見ちゃんらしいけど、それはちょっと無謀だね」

「……どうして?」


聞き返すと、井澤くんは困ったように笑う。


「うーん、うちのクラスのやつら、戸田に過保護でさ。本人よりも周りが騒いでるっていうか」

「はあ……」

「筒見ちゃんに文句言ってやろう、みたいなのもいるから、気を付けた方がいいよ」


それを聞いて、思わず唸ってしまった。戸田くんと直接話すのは無理そうってことか。でも、あたしは彼の携帯もメールも知らないから、直接話す以外に事実確認のしようがない。おかげで、正しくない話が広まりまくっているのだ。


「……そういえば、井澤くんは噂のこと聞かないんだね」

「ああ、昨日、チカに聞いたから。また戸田がなんか早とちりしたんだろ」

「またって、戸田くんと仲いいの?」

「チカともだけど、同じ中学だったんだよ。まあ、チカのやつ珍しく本気で心配してたから、ホントに気を付けてな?」

「うん、わかった」


千香子も心配していると聞いて、あたしは素直に返事を返して帰ることにした。


だけど、そのとき井澤くんに戸田くんの連絡先を聞いて、ちゃんと話をしておけばよかったのだ。そしたら、翌日大変な思いをしないですんだのに、それをしなかったあたしは本当に頭が悪いと思う。



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