1日目
「ねえねえ、沙代」
「んー?」
夏休みの校内講習初日、文庫本を読みながら、千香子がノートを写し終わるのを待っていたあたしは、突然の呼び掛けに生返事を返す。
「あんた、戸田くん振ったって本当?」
「ん? 戸田くんがなに?」
「もう、ちゃんと聞いてよ! 戸田くんにコクられて振ったって本当なの?」
手に持っている文庫本をぐいーっと引っ張られて、ちょっとムッとしてしまった。ていうか、戸田くんてあの、かわいいって有名な戸田くんだよね?
「戸田くん、振られたの? てか、好きな人いたんだ」
「はあ? 沙代が振ったんじゃないの?」
「待ってよ、なんであたし?!」
コクられた覚えも振った覚えもないんだけど。いったい誰がそんなことを言ったんだ。
「違うの? 本人が言ってたって聞いたんだけど」
「知らないし……。そもそも、戸田くんとはクラス変わってからほとんど話してないんだけど」
「えー、一学期の終業式にコクったんじゃないの?」
「あたし、ホームルームのあとソッコーうちに帰ったよ」
全然覚えがない。つーか、もしかして、今日皆がこっち見てるような気がしてたのは、気のせいじゃないってことだろうか。どうやら、教室に残っている何人かは今もこっちの様子を伺っているっぽい。
「でも、コクってるの見たって人も結構いるよ?」
「えー、人違いじゃなくて?」
「だって、本人があんたを好きだって言ってたのに、他に誰にコクるの」
「なにそれ、初耳だけど」
ちょっと待ってよ、あたしの知らないところでそんな話になってるの? なんか恥ずかしくて顔が熱い。いや、あたしだけ知らなかったってこともだけど、あたしを好きな人がいて、それが自分も知ってる相手だってことが、妙にこそばゆいというか居心地が悪いというか、とにかく落ち着かない。
「だいたい、なんであたしなのよ」
自分で言うのもなんだけど、あたしは別にかわいくないし、美人でもない。目も当てられないほどの顔ではないと思うけど、普段は下地兼の日焼け止めとリップくらいしかしないので、きれいにお化粧して整えている子たちには遠く及ばない。
スタイルだって、モデルのようにスマートでもなければ、グラビアアイドルみたいに男受けしそうな胸もお尻もしてないし。なんせ、制服のサイズ直しをしたことがないくらい超標準体型なのでね。
性格だっていいとは言えない。人並みにずるいし、意地悪だと思う。一応、そういうのを全面に出さないようにはしてるけど、そんなのみんな当たり前でしょ?
つまり、総合するとあたしは目立たない地味な生徒ということだ。割と真面目な学校だし、地毛でノーメイクの子が、目立つようなこともないしね。
「沙代は優しくて、かわいいって言ってたらしいよ」
「……ごめん、理解できない」
「まあ、わたしも沙代が彼女ってのは想像できないけど」
「失礼ね。まあ、自分がそんなに魅力的じゃないことくらいわかってるけどさ」
「えー、そんなことないよ。沙代みたいな彼氏だったら欲しい」
「バカなこと言ってないでさっさとノート写しなさい」
自分が誰かの彼女なんてがらじゃないとは自覚していても、さすがに人に言われると、ちょっとさみしい。
一応、女子だし、小さい頃はそれなりにお姫様にも憧れたし、少女漫画も好きで読むから、かわいらしい恋愛みたいなものを想像したことだってあるさ、ちくしょう!
「でも、気をつけてね。戸田くんはファンが多いし」
「身に覚えがないのに……」
まあ、千香子の言う通り気を付けないととは思うけど、やっぱり納得いかない。
あたしと戸田くんとは、去年のクラスメートだった。委員会や係が一緒だったわけじゃないけど、筒見と戸田で出席番号が近くて席が隣だったから、一緒に週番をやることとかあったし、まあ話はする方だった。
彼は中性的なかわいらしい顔をしていて、いつもにこやかで、人当たりもよく素直でいい人だ。
サービス精神も旺盛で、文化祭の時にはクラスの実行委員に頼まれて、女装で客引きまでやっていたくらい。あたしだったら絶対に断るだろうなあ、と思って、尊敬してしまったのを覚えてる。
ただ、運動神経はいいのに体力があまりないのをものすごく気にもしていた。
けれど、そんなところもキャラクターとしてみんなに愛されていた。しかも、クラスメートどころか、男女も学年も関係なく好かれているので、だいたいいつも人に囲まれていた。あんなにみんなにかわいいかわいい言われる人も珍しいと思うよ。
ただ、そういう人なので、地味めグループに属するあたしとはクラスの仕事以外で一緒に行動することもなかったから、そんなに接触はなかったはずなんだけどな。
そんなわけで、あたしと仲がよかったかはともかく、戸田くんはいろんな意味でモテるので、彼を振ったらたくさんの人にやっかまれるのは目に見えているわけだ。
「終わったー! 沙代ありがとう!」
「ん、じゃあ帰ろっか」
「そだね。お茶してく? お礼になんかおごるよ」
「いいね、行こうか」
もやもやを振りきるように、千香子の勢いに乗ってみることにした。
だけどあたしは、ここで聞き耳を立てていたクラスメートにちゃんと説明しておくべきだったのだ。




