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片腕と悪魔  作者: 双吾座
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◎お節介というものを無理やり2種類に分けてみる。

一つは悪い方向に向くもの。本当に余計なお世話ってだけでいらないもの。そしてもう一つは良い方向に向くものだ。私は私がしたことが良い方向に向くと信じている。というよりは良い方向に向かせるようにするのがこれから私がすることなのである。

私の右腕を無事受け取った宗一郎君は私の行為について納得していないというかひどく腹を立てているみたいで欠片も喜んではくれなかった。まあ、その気持ちは分からないでもないから、たとえそれが私にとって気分が良くないことだとしても仕方がないと割り切れる。

それにだ。宗一郎君の願い事が『叶わない』ということについては私にとっては既に予想済みだったわけで、実際問題ここまでの出来事は予定通りだったりする。言うまでもなく私が頑張らなきゃいけないのはこれからのことであって、ただ何を頑張るのかっていうのは当の本人である私にもさっぱり分からない。ふんわりとしたまま私は宗一郎君の傍に立ち、非生産的に時間を過ごしつつ時々要幸ちゃんをいじったりして、何を頑張ろうかを考えて頭の中だけはフル回転なのである。

「鈴子さんは何がしたいの?」

「わっかっりっませーん!なははは。」

そんな思春期系モラトリアム的毎日。


そしてある日の出来事。場所はアパートの私の部屋で、要幸ちゃんと夕食の宅を挟んでテレビを眺めていた時のこと。

「鈴子、私、明日から少し出かけなきゃいけないの。」

「ふーん。」

「2,3日くらいしたらまたすぐに帰ってくるから。その間は私、鈴子の身の回りのこと手伝えないから色々と不便だろうけど、大丈夫?」

「ほ―い、大丈夫だよ―ん…て、え?マジで言ってんの?」

「そう、ごめんね。」

「え―、ちょっと待ってよー。私を捨てないでよ―。」

要幸ちゃんの方に左手を伸ばして大げさすぎるくらいにレスキューのジェスチャー。要幸ちゃんはサバ塩に箸を伸ばした。華麗にスル―。

「できるだけ早く戻るようにするから、それまでは自分で頑張ってね。」

それからは私がブーブー不満を言いながら夕飯をすませて二人で一緒に歯を磨いてからイチャイチャしながら寝床に就いた。朝起きると要幸ちゃんはどこかへと行ってしまっていた。ありゃりゃ。


久しぶりに一人きりの朝は少々眠気が覚めにくく、小さい浴室で熱めのシャワーを浴びて顔を洗った。片手だと顔を洗うのも髪を洗うのも体を洗うのも難しい。それは洗顔フォームやボディソープなどが泡立たないというのが一つの原因で、先週から浴室の様々な雑貨は全て泡が出るタイプのものに変更されている。それでも苦労させられるのは手洗いで、トイレの後などとても困ってしまう。時間をかけて浴室から出ると器用にタオルを頭でぐるぐると回してインド人のようにしてからちょこっと肌のケアをして次は朝食の準備。ご飯はトーストとカップスープで、トーストにジャムを塗るのは面倒だったので素のまま食べた。テレビのチャンネルを昨晩見たところからいつものチャンネルに合わせてもぐもぐごくごくと朝食を済ませる。スポーツニュースになると同時にごちそうさま。この頃には私はインド人スタイルを捨てていて、食器類を流し台に放置した後はドライヤーを手に取る。ヴーという温風に髪を流されるまま流された後、櫛で梳いてある程度整えればそれで終了。この作業の過程で私はショートヘアーで良かったと思ってしまう。今でも十分に苦労させられているのに片手でロングの手入れは大変そうだ。シュッシュとなるべく優しく櫛を動かした後に前髪を手で微妙に調整して完成だ。起きてこれまでの過程を昨日の1・5倍の時間で済ませた。うん、疲れた。一息つく。

……

ピンポーン

スカートを履き終えてから部屋のインターホンが鳴らされた。時刻は8時10分。もうそろそろ大学に出発しようかという時刻に鳴るインターホンは一体誰のものだろうか?と、そんな疑問を浮かべるまでもなく、私には今ドア一枚を隔てた向こうにいる人物に予想がついていた。というか、分からない方がおかしいか。私の大学の友達でこんなに早い時間に私を訪れてくるような人はいない。ということは、たぶんドアの向こうにいるのは要幸ちゃんだろう。出かけると言っておきながらこんなに早いお帰りだとは。何か忘れものだろうか?それともやっぱり私を一人にしておくのが心配だったとかだろうか?なんてね。妄想だよ妄想。ぐへへへ。

トテテと玄関に移動して、一応のぞき穴からドアの向こう側を見てみると、私は少しだけ、ほんの少しだけ驚いてしまった。ドアを開ける。

「宗一郎君。どうしたの?」


◎僕の目の前には得体のしれない女の子が立っていた。

「宗一郎」

女の子は僕の名前を呼んだ。雰囲気から察しても、どうやらこの女の子は僕を前々から知っているらしい。

「今晩は。」

女の子の声はかなりハスキーだった。喉が擦り切れるかのような声でこちらの心が痛む。そんな声で話す人物に僕は一人だけ心当たりがあった。ただ、僕の心当たりというのはこんなにミニサイズではない。

ある日の夜。僕の家のインターホンが鳴り母親が出迎えてからすぐに僕が呼ばれた。うちに客人が来るのはそれほど珍しいことではないけど、中学生くらいの女の子が僕を訪ねてくるというのはこれまでにはないことだった。僕は今、その来客と玄関で対面している。

「えっと、すごく失礼なことを聞くかもしれないんだけど、誰だったかな?」

女の子は表情を変えずに僕を見続けた。そのまま数秒立つと

「要幸だよ。」

そう言いきった。溜息をついて頭をかく。

「やっぱり、か。」

女の子は瞳が濁っていた。

「なんでそんなに小さくなってんの?」

「別に。普段はこの姿なんだよ。大学にいる時は不自然じゃないように姿を変えてるの。」

「そうなんだ。」

随分と幼い容姿になった要幸は外見の年齢と不相応な雰囲気で僕と話をしている。僕は心理的にバランス感覚が失われていた。

「それで、どうしたの?」

「ちょっと宗一郎にお願いしたいことがあってね。それで丁度良かったからついでに宗一郎に話しておかなくちゃならないことを伝えておこうと思って来たんだ。」

「お願いか…。それと、『僕に』話しておくこと、なんだね?」

「そう。」

鈴子さんではなくて僕に話しておくこと。多分、僕だけに話しておくこと。

要幸がカツリと靴音を立てて僕との距離を詰めた。

「まずは一つお願いね。私明日から2,3日くらい出掛けるから、その間鈴子のことを気にかけてあげて。」

「出掛けるって?」

「泡の華がこの近くで咲いたみたいなんだ。パッパと行ってさっさと処理してくる。」

「ああ、そうなの。」

要幸が泡の華というものを処理(?)してあちこちを動き回っているのは周知の事実なのでこの話はすんなりと頭の中に入って行った。ただ、鈴子さんの面倒を僕一人で見なければならないという事柄は脳が受け入れを拒否した。

「鈴子、今の生活にかなり慣れては来たみたいだけど、やっぱりまだまだ大変そうだから、何かあったら助けてあげて。」

「あー、んー。まあ頑張るよ。でも期待はしないで。」

「うん、ありがとう。」

非常に気が進まなかった。鈴子さんといるのは別に大変なことではないけれど、僕はどうにもあの人の性格が苦手だった。でも、普段なにかと世話になることの多い要幸の頼みとなれば断ることはままならない。不承不承ひきうけることにする。

「で?話しておくことって?」

とりあえずその問題は脇に置いておくとして話題を転換させた。要幸もすぐに話を切り替える。

「そう。それも今の話と少し関係があるんだよ。話ってのはタイムリミットについてなんだ。」

要幸は人差し指を立てて僕の注目をひくようにした。

「タイムリミットっていうのは私がここに、鈴子と宗一郎と一緒にいられる期間のことね。つまりは鈴子に右腕を返すことができる期間のことなんだけど、…1年間。最大でも1年間。私はそれ以上はここにとどまってることはできないんだ。私にとってはやっぱり泡の華がなにより最優先の事項だから、それ以外のことにはあまり構っていられないの。だから、1年間。宗一郎にはそれまでに何とかしてほしいって、そう伝えにきたんだよ。」

言い終えると立てた人差し指は元に戻されたので僕は要幸の顔を見た。要幸の顔はあまり表情を感じさせなかったけど、普段よりも真剣な目つきをしているように思えた。…錯覚ではないだろう。

話すことを話してしまうと要幸はすぐに僕の家を後にした。


◎というわけで僕は翌朝、要幸のお願いを果たすためにライムグリーンのアパートの鈴子さんの部屋のインターホンを鳴らしたのだった。

「そう、要幸ちゃんに頼まれたんだ。」

玄関のドアが開かれるとすっかり準備を済ませた鈴子さんが出て来て、案外身の回りのことはできるようになっているのだなと思われる。いつもと同じあまり丈の短すぎないスカートに合わせたインナーとカーディガンは春らしい色だった。そして赤い野球帽。似合わない。大学へ行く道すがら昨夜、要幸がうちに来たことを説明した。当然タイムリミットのことは省いて。

「要幸ちゃん、お節介なんだからなぁ。」

「心配してるんだよ。」

「でも、私もう全部ちゃんとできるよ?」

「すごいね。」

「ね。すごいでしょー。」

間延びした声で自慢するように胸を張る。鈴子さんはどこか楽しそうだった。

(1年か…)

リミットは果たして長いのか短いのか、それさえも良く分からなかった。ぶらりと垂れている鈴子さんの右半身を見ると、自然と僕の右腕に力が入っている。鈴子さんを見ているのは辛くて嫌だった。

そのまま適当に話を合わせて、鈴子さんの相手をしているとあっという間に大学について、鈴子さんは当然のように僕と同じ講義室に入って僕の隣の席に座るのだった。


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