01-致命的な失敗
この小説にマジカル登場するマジカル人物、マジカル団体、マジカル教育機関は2012年現在はとりあえず、マジカル41年後くらいまでは全てマジカルフィクションです。マジカル41年後はどうか知りません。
西暦二千何年か、確か2053年ぐらい、二十年ほど前までは科学がカルト的に信仰されて“魔法などと脳がとろけてるヤツの戯言”なんて豪語されていたこの世界では皮肉なことに“魔法”が平然と存在していた。
しかもそれはどの科学よりも非常に便利かつ画期的なもの。
だから今の世界の歴史の教科書には必ず“魔法の発見”と“科学一掃作戦”という二つの事柄が“科学は悪、魔法は正義”という風にまことしやかに書かれている。……どう見ても政治家が大得意な捏造だが、これをあんまり口にしていると闇に葬られるので黙っておくことにする。
……そして今の日本には“魔法学校”なるものが二校も建設されている(ちなみに魔法を一番最初に開発したのは秋葉原在住の30年間異性との付き合いのなかった男性だった、まさか本当に魔法使いになるとは)。
ちなみに僕は明日、その二校が一校“近距離専門学校”こと霧崎ヶ魔法学校への入学試験を受けることになっている。
―――実に嬉しい。
“魔法”にも憧れがないと言えば嘘になるが、それ以上に“男らしく”なれるというのが極めて嬉しい。
……自分でも言うのは何だが、僕は少々顔が女性的だ。だから趣味は読書に強制的に決定され、何故か知らないが可愛い系のぬいぐるみを部屋に大量に置いてある設定を追加される……などという拷問にも近い扱いを受けていた。
だから……だからこそ、僕は霧崎ヶ魔法学校に入学したい。
というのも、先ほど話した通り魔法学校は二校存在し、霧崎ヶ魔法学校の他に聖アマテラス魔法学院(洋と和が見事にミスマッチしてとても馬鹿みたいな名前だ、正直言って壊滅的なネーミングセンスだと思う)という所がある。
そしてこの二校は片方が“近距離戦闘における魔術の育成所”であり、片方が“遠距離戦闘における魔術の育成所”となっている。
前者は霧崎ヶ魔法学校、後者が聖アマテラス魔法学院、となっている。
どちらも男女共学校と言えば男女共学校なのだが……“近距離のが男らしい!”ってことで霧崎ヶ魔法学校には男子生徒が集中し、そのせいで聖アマテラス魔法学院には女子が集中し……。
結果として霧崎ヶ魔法学校は男子校に、聖アマテラス魔法学院は女子校と化してしまった。
……一応未だに両方共学校にはなっているが、霧崎ヶ魔法学校の生徒数は男子99.9%、女子0.1%の比率、聖アマテラス魔法学院の生徒数は女子99.9%、男子0.1%の比率になっている。
よって、散々女子に弄繰り回された僕でも霧崎ヶ魔法学校に入学すれば、さすがに普通の男子として扱われるはず……。
これが嬉しくてたまらない。
なんてコトを考えつつ歩くデパート内。買い揃えるべくは魔法関連の勉強用具。
……といってもHBの鉛筆なんだけど。本格的な用具は支給されるらしいし。
個人的には物凄くシャーペンが使いたいが、禁止らしいので諦める。
何でダメなんだろうね、ワケがわからないよ。
…………と、ここで急に尿意を催す。何故だ、紅茶を飲みすぎたか。
……トイレ、トイレは何処だ。確か此処から北の方角に……北ってどっちだ、いや、どうでもいい、トイレは何処だ? ……あ、眼の前か。
……眼の前にあった。僕の目は節穴だったようだ。というか無意識の内にトイレまで来ていた。な、何を言ってるかわからねーと思うが……以下略。
馬鹿なこと考えつつ男性用トイレと女性用トイレの中間にある荷物置き場(最近追加された、便利だ)に自分のバッグを置き、トイレへと入り込んでいく。
……ああ、はやく霧崎ヶ魔法学校に入学したい……そしてそこで僕は男同士の熱い友情を体験するんだ……。
◇
「これと……これと……、これ……」
とりあえず必要に思われるものを買い物籠の中に放り込んでいく。
……私の家の両親は仕事バカで家に帰ってこず、唯一家に帰ってくる姉は天真爛漫以上の天真爛漫で料理はまだしも掃除すらしない……というかいっその事帰ってきて欲しくない、帰ってこればスク水着ろだのメイド服着ろだの無理難題を押し付けてくる上にソレが終わったら彼氏の惚気話をひたすらに続けてくる。
故に私は食事の用意から洗濯に掃除まで全部一人でやっている。
……正直に言って理不尽だと思う。でも仕方がない、やれと言われたら断れないのが私の性分だから。
「…………」
ふと商品棚に見える安物のカッター。
……。
コレであの姉を殺したら幾分かマシになるだろうか。
「……っっ!!」
ぶんぶんと頭を振ってその考えを振り捨てる。
……どうにも相当疲れてるらしい。早く帰って寝よう。
そう考えつつ買い物籠を持ってカウンターへと向かい、食材を買い、それを持ってきたバッグの中へと詰めていく。
「……あぁ」
詰め込む途中で今日はバッグの中に重要書類を入れていたことを思い出し、慌てて中に入れた食材を引っ張り出す。
……その重要書類というのは“聖アマテラス魔法学院”の受験票。
名前を書く欄すらなく、それはもはやチケットに近い。……他人の手に渡っても何の疑問もなく使われるだろう。
第一、霧崎ヶ魔法学校も聖アマテラス魔法学院も受験票を適当に作りすぎだ。
相違点はデザイン程度で、どちらも受験番号が書いてあるだけのチケット……。
他人の手に渡ったりなどしたらどうするつもりなのだろうか?
などと考えた私への罰なのか何なのかは知らないが、急に尿意を催す。
……家に帰るまで持つだろうが、どうせなので此処で用を足していこう……。
そう思って私はトイレへと足を進め、男性用トイレと女性用トイレの中間にある荷物置き場に自分のバッグを置き、トイレへと入り込んでいった。
◇
「……はぁ」
用を足し終えて私は中央の荷物置き場のバッグを手にとって帰路につく。
(……あれ? なんかバッグが軽いような……)
……一瞬そう思うが首を振り払ってその考えを頭から追い出す。きっと疲れているだけに違いない。
デパートから外に出て空を見上げる。
夕日に染まって真っ赤どころか星が出始めて真っ青になっていた。
……授業終わって部活終わって買いだし終わって家帰ったら夕飯作って予習復習して姉さんの相手して……。
……死ねる。余裕で死ねる。
自然と帰る足が遅くなる。……当然遅くなる。遅くならないほうがおかしい。どんな人間でもこの生活をしてれば家に帰りたくなくなる。
とか何とか言っても結局いつかは家に辿り着いてしまうのがこの世というもので……。
壁に亀裂が入ってたりベランダが一部欠けてたりなどという、若干ガタが来てそうな外見のアパートの下まで辿り着いてしまう。
……ここの四階の右から二番目の部屋が私の家だ。
正直言って帰りたくない、やはり帰りたくない……が、帰るしかない。
相変わらず重い足を引きずって階段を上がっていく。
……ちなみに“エレベーター”とやらは二十年前の科学一掃作戦の時に撤去された。……その後魔法を動力にして稼動する新しい“エレベーター”が設計される予定だったらしいが……未だに予定のまま作られていない。
予定は未定、とは本当によく言ったものだ……。死ねばいいのに……。
などと内心愚痴りつつ自分の部屋のドアを開く。
「ああ! おかえりなさい」
……開いたドアの先の椅子に座っている少女……というか私の姉から声を掛けられた。
幾枚かの写真を手元に置き、出来栄えを確認していたらしい様子が伺える。
「……今日は早いんですね」
「ええまあ、今日は光二さんは用事があるようですし、ノルマも早めに達成できましたからね」
そういいつつ私の姉―――風美丘速魅は手元の写真を纏めて鞄の中に捻じ込む。
……私の姉は聖アマテラス魔法学院に通う二年生(今年で三年生だ)で新聞部(非公式)の部長(部員は私の姉を含めて二名)をやっている。
「……ノルマって……また写真売り払ってるんですか? 親が親なら子も子、ですね」
「まあまあ、そう言わずに言わずにー血というか性なんですから」
けらけらと笑いながらそんなことを言う姉さん。……本当に軽い人だ。
私の同級生達はこの姉を『明るくて可愛い』だとか『飄々としてて気になる』だとか言うけど……正直言って一緒に過ごすと疲れる。
「それでも、お父さんもお母さんも働き馬鹿でお金には困ってないんですから、写真を売り払う必要なんてないでしょうに」
「………………ダメですよ」
ぼそっと姉さんが言葉を漏らした、でもよく聞こえない。
……いったい何を言ったんだろうか? 姉さんの声はよく通る声だからこうして聞こえないというのは本当に珍しい。
「……今、何て?」
「えっ?! い、いえ。別に、何でも……ないですよ……? そっ、そんなことより、ほら! 明日は試験ですよねっ? なら今日は休んでください! 私が夕食作りますから!」
……明らかに不審な態度を見せる姉さん。後で何か対価でも要求するつもりなのだろうか? それか……明日は槍が降るか、そのどちらか……。
しかし姉さんは料理は得意ではない……というかしているところを見たところがないし、しようともしない。
……恐らく出来ない。
そんな人に夕食を作らせて食べられないようなモノが出来るくらいなら自分が作ったほうがマシだ。
「……いいですよ、私が作りますから」
ぶっきらぼうに答えて横を通り過ぎようとする。
―――けど。
「……えっ……?」
急に後ろからゆっくりと、優しく抱きしめられた。
私は思いもしなかった出来事に思わず思考を止める。
「……私を頼れ、なんて言いません。むしろ頼られたら困ります……でも、私が甘えろ、って言ったときぐらいは甘えてください」
耳元でそっと囁かれる。
それ以外の時計の音とか、外の車の音とか、下の広場で遊ぶ子供の声を強引にシャットアウトして、自らの音色を捻じ込んでくる。
「姉……さん?」
「今の私にとって家族はあなたしかいないんですから……あなたしか……」
諦めたような、悲しげな声。
……私しか家族がいないって……確かに両親は私が物心ついた時から写真でしか見たことがないが……。
ってどれだけ仕事馬鹿なんだろうか、私の両親は……。
携帯電話にも電話してこないし……。
「お願いします。夕飯、作らせてくれませんか?」
私の思考を断裂して姉さんの声が割り込んでくる、いつもの活発な声とは違った、母親のような優しい声。
「え、じゃあ……まあ……はい……」
そんな日頃と変わりすぎた姉さんの声に思わず私は頷いてしまう。
今更ながらに姉さんに後ろから抱きしめられるなんて、随分久しぶりだ。
小学校低学年以来じゃないだろうか? しかもあの時のような、ふざけ半分の抱擁ではなく親愛を込めた、まるで愛でるかのような抱擁。
……近頃私も“感情”のようなものが麻痺し始めて姉さんをどこか他人のように思っていたせいもあって少し心拍が乱れる。
……姉さんはこんなにも暖かかっただろうか?
「よっし! じゃあ暁さんはゆっくりしていてください!」
ふっ、と背中から温もりが去ったと思えばいつも通りの軽い声。
……さっきまでのは何だったのだろうか。
「……料理、できるんですか?」
「……いやあ。まあ、出来なくはないと思いますよ? でも、ほら。光二さんにばっかり料理を作らせるわけにもいきませんし……」
……彼氏に食事作らせてる女の人って……。
などと思いつつ夕飯の食材が入ったバッグを渡し、私は私で先程まで姉さんが座っていた席の反対側にある席に座る。
……といっても、家にある椅子はテーブルを挟むようにして左右に一つずつだから他に選択肢はないが……。
「……? あれー? 暁さーん、このバッグ食材入ってませんよー?」
リビングでエプロン姿になってバッグを漁っていた姉さんから声。
……どうせ私を驚かせようとか考えている……なんて思って姉さんの後姿を眺めていたが、ふと此方を向いた表情は素直に“困っている”といった風であり、とても冗談を言っている様子ではなかった。
「そんな馬鹿な……?」
私は愚痴りつつ席を立ち、姉さんの横に並ぶ。
……こうして並んでみると本当に姉さんは私に似ている……あるいは私は姉さんに似ている。
さすがに身長は少々姉さんのが高いものの、互いに童顔、まったくない胸、すらっと伸びた手足。
……貧乳好きには堪らない容姿だろう。……ある種の自惚れか……これは?
「無いわけが無いじゃないですか……買ってきたんですから……」
そう言いつつバッグの中身を漁る。
「あ、あれ……?」
……ない、何もない。
焦りつつ漁ってみるが、出てきたのはHBの鉛筆が数本ばかり。
……なんだ、これ……。
更にもっと中身を漁る。
紙切れが一枚出てきた。
その紙切れには感情のない文字でこう書かれていた。
「霧崎ヶ魔法学校」……と。
……よし、死のう!
◇
チュン、チュンとすずめの鳴き声が聞こえて……こない。この辺りの野鳥は全て駆除された。
……それはやっちゃだめだろう……多少の害悪は我慢してでも自然は残すべきだ……。
そんなことを思いつつベットから起き上がる。……うん、熱もなく体も重くない、試験を受けるに十分なベストコンディションだ。
実にありがたいぞ。
なんて考えつつ一階に下りて洗面所へと向かい、顔を洗い、歯を磨き、そのままシャワーを一度浴び、制服に着替えて……準備万端!
パーフェクトだぜ、僕。完璧だよ僕! 自分で自分に惚れそうだ!! といった風に小学四年の頃から芽生え始めたナルシストっぷりを発揮しつつバッグの中身を漁って昨日買った鉛筆と受験票を取りだす。
……いや、正確には取り出そうとした。
「…………なんだよ……これ……!!」
バッグの中に突っ込んだ手が掴んだものはジャガイモ。……なんだこれは!!
錯乱するのを何とか抑えてバッグの中身を覗きこむ。
ジャガイモ、ニンジン、タマネギ、牛肉……わぁー! お母さん今夜はカレーだねー? 僕あれ大好きー!
……母さんは死んだよ! 父さんもな!! 二年前に事故でッ!!
なんだよこれ! なんで僕のバッグの中にカレーの食材らしきものが入ってるんだよ!
サンタさんか! サンタ=クロースか!! あの老いぼれがァ……。
…………。
落ち着こう。クールダウンするんだ僕。落ち着け八重総司。
素数なんて数えなくていいから落ち着くんだ……。
「らむだめたにあ・らむだめたにあ・らむだめたにあ・らむだめたにあ…………」
数年前に先天性色素欠乏症の世界的アイドル(二年前に事故で亡くなった。ファンだった僕は死に物狂いで泣いた。親が死んだのよりも泣いた、というか同じ事故で親も亡くなったから両方合わせて喉が裂けて血が出るほど泣いた)が流行らした魔法の言葉を述べる。
……あー! すっごい落ち着いてきたやー!! ありがとうマジカル☆シェミー様!!
…………くそっ、これはどういう状況なんだ……ッ!! シェミー様が最後にブログに残した言葉が『ぽわぐちょたんのねんえきべたべたでいぐぅううううううううううううううう!!』だったことの二割ぐらい意味がわからないぞ……!
蛇足だけどあの言葉は本当に意味が分からなかった、というかあの人自体意味が分からなかった。けどとても可愛かったのを覚えている。
……ああ、彼女の顔を思い出してたら落ち着いて来たぞ……、そうだ、シェミー様も言ってたじゃないか……“百合の園に男は必要ない”……って……。
……よし、完璧に落ち着いた。
もう一度バッグを漁ろう。
……掴め……バッグの中の希望を……っ!!
「ぜらぁぁぁぁぁぁああっっ!!」
中にあった紙切れを掴んで、引っ張り上げる。
そうか、これは僕の受験票っ……!!
「えーっと、何々……? 聖アマテラス魔法学院受験票……ふむ」
…………ん……?
まて、僕の受験票は何処に消えた。
霧崎ヶ魔法学校の受験票は何処へ……?
「……あ」
唐突にフラッシュバックする光景。
……それは先日デパートのトイレから出たら中央の荷物置き場に僕のバッグと完璧に同じ外見のバッグが置いてあった光景。
……あ、あぁ……。
そして「どっちだよコレ……」などと思いつつ感で右側のバッグを取る光景。
そういうことか……そういうことなのか……?
―――なんなんだよそれぇええええええええええええ!!
晴天の下に僕の叫び声が響き渡った―――。