第9話 決着
やっと第9話投稿
4月になると執筆ペースが格段に落ちてしまいますね。
序章はあと1話で終了です。
これでやっと本編に入れる・・・
現在2人は車でテロリストのアジトに向かっている所だった。その車を運転しているのは警察官ではなく碧だった。
というよりもこの車以外でテロリストのアジトに向かっている車は無く、完全な一方通行状態だった。
「まさか本当に俺達だけで戦うんだな……」
「警察官であろうと象術戦闘の最中では無力……いや、正直言って足手まといでしかないわ。
それなら周りの警戒でもしておいてくれた方がまだいいわ」
象術を使えない一般人が象術戦闘に巻き込まれた場合、被害を受けるか人質にされてしまうのが関の山だ。それは警察官であっても同じである。だからこそこうやって作戦に参加せずアジト周辺の警戒、もとい斥候をしている。
「それにしてもテロリストって何人いるんだ?
奇襲しなくちゃいけないんだから少なくとも俺達よりは多いんだろ?」
本来奇襲とは正面から戦って勝てない時に行うもので、こちら側の戦力が勝っているならばそんな事せずともちゃんと包囲して戦えばいい。戦国時代ならいざ知らずこの現代で夜襲などという戦じみた事をやる事に2人にはいささかの不満があった。
「テロリストはざっと30人でこちらより多いのは確かだけどそれ以上に野党の政治家達にこちらの動きを悟られたくない、というのが一番大きいわね。気付かれて増援を送られても面倒だし」
敵は30人という事に2人は何も驚く事なく、だたの情報として受け止めていた。
事実2人は神楽流にいた際にそれ以上の敵と戦った経験がある。言い方は悪いが殺人経験者であった。
「でも神楽流の門外不出の技を見られると思うとわくわくしてきた。神楽流の者以外で見るのは私が初めてなんじゃない?」
碧の興奮も分からない訳ではない。事実神楽流の技は門外不出でありその技を見た者はこの世にいない、とまで言われていた。
神楽流には国内外からスパイを送り込まれていたがついにその秘密を暴く事は出来なかった。
最強であるにも関わらず技を知られることなく消滅した流派。世間ではいまだに神楽流の技について研究している者もいるという。
確かに神楽流は国家反逆の汚名こそあれど、同時に世界最強という栄誉も持っている。象術士を志す者であれば神楽流の技を知りたいと思うのは不思議な事ではない。
だが、
「悪いが俺達はそんなもん知らんぞ」
「はい?」
八代の意外な告白に碧は間抜けな声を出してしまった。
ずっと知りたかった神楽流の技、やっと見れると思っていただけにとんだ肩すかしをくらってしまった。
「碧さんは神楽流を根本的に勘違いしてます。そもそも神楽流に技なんてものは存在しません」
「どういうこと!?」
いままでの上機嫌とはうって変わり何か切羽詰まったように問いただしてくる。その証拠に彼女はさっきから車を停めている。
「そもそも神楽流は流派と呼べるものではありません。
世間では象術戦闘の流派と思われていますが、元来神楽流はありとあらゆる武器を使いこなし、どのような敵、どのような状況でも戦う事のできる戦闘のエキスパートの集団なんですよ。
神楽流における象術の位置づけも戦いの手段の一つ、と捉えています。
まあ、戦闘において象術が絶大な戦力になるのは事実ですから象術に頼る者が多かったのは確かですが……」
「なるほど……私達は存在しない技を求めていた訳ね……」
納得したのかどうかは微妙だが理解はしてくれたらしい。
「という事はあなた達の銃火器の使い方とか知ってるの?」
「「もちろん」」
ふと湧いた碧の疑問に2人は当然といったように答えた。
「神楽流の技は無理でも俺達の技なら見せられるぞ」
「頼もしいわ」
碧もだいぶ回復したのかいつの間にか車の運転を再開していた。
「これが終わったら2人にプレゼントがあるから楽しみにしててね」
世間ではこれを死亡フラグというのだろうが、ゲームをしない2人には彼女にツッコミを入れる事が出来なかった。
* * * * * * * * * * * * * * *
「ん~、アジトっていうから隠れた所を期待したのに……」
「30人も入る建物がそんな所にある訳ないだろう」
碧が案内したテロリストのアジトは海辺にある廃ビルだった。
廃ビルといってもコンクリートでできた二階建ての建物である。昔は港から水揚げされた魚などを加工する工場だったらしいのだが、輸送技術や保存技術の発展により水揚げしてすぐに加工する必要もなくなりそのまま廃れていったという。
「でも人が住んだりする所じゃないからこちらにとっても好都合なのよ」
普通テロリストは目立った所に拠点を作ったりしない。となれば必然的に人気のない場所を拠点とする事になる。
だが攻める方も人的被害を気にせずに済む、というメリットがある。今回はそのメリットが活きた形となってしまった。
「でもよくここまで気付かれずに来れたな」
3人はここに至るまで誰にも遭遇していない。いくら隠れているといっても見張りくらいは配置するものである。誰にも遭遇しない事がありえないというのは八代にも分かっていた。
「どうやら奴らはそれどころじゃないらしい。」
「よく分かったわね。海側から陽動してくれている人達がいるのよ。
テロリストは海路で国外逃亡しようとしてたみたいだから大慌てで迎撃してるでしょうね」
「はあ・・・要は俺達に構っている暇は無いって事か……」
ここに至ってやっと八代も理解した。
「そういう作戦だからな。
三十六計の一つ、声東撃西。ここから攻めるぞ!と見せかけて反対側から攻めるという子供だましみたいな作戦だ。引っかかる方もどうかしてる」
誰が考えたか知らないが、もし玲が作戦立案を任されたとしてもこんなお粗末な作戦は絶対に提案しない。
「子供だましとは失礼ね。この作戦を考えたのは私なんだから」
碧は自分が考えた作戦を馬鹿にされたのがお気に召さなかったらしいく、珍しく玲に食ってかかった。
「面倒だからはやく片付けようぜ。子供だましの作戦でも引っかかってるのは確かなんだし」
明らかな正論に玲も碧も何も言う事が出来なかった。
「戦くに当たって何か作戦は?」
そう聞いたのは玲だった。
こちらの頭数が3人しかいない以上、何かの間違いで同士討ちでもしてしまえばたちまちこちらが窮地に立たされる。作戦は言い過ぎにしても簡単な方針ぐらいはないといけない。
「じゃあとりあえず作戦を言っておくわ。
とりあえず三方向に散りましょう。そして追ってきた敵を倒す。もし誰か一人を集中して追った場合は追われなかった二人が背後から殲滅する。できるかしら?」
「もちろん!」
「問題ない」
碧の思わぬ挑発に2人は余裕で答える。
彼女の作戦は個人の戦闘能力に大きく依存するのだが2人にとってはむしろ望むところだった。
「なら行くわよ!」
彼女の言葉を合図に3人は建物の中へと入って行った。
* * * * * * * * * * * * * * *
「思ったより遅かったな。待ちくたびれたぞ!」
それが建物に入った3人への歓迎の言葉だった。
声の主は他でもない乱胴雅次だった。
その言葉だけで3人は自分達が待ち伏せされていた事を悟った。
「散るわよ!」
3人の中で最初に反応したのは碧だった。
八代と玲はそのまま戦闘に移行しようとしていたがその言葉で一気に建物の外へと離脱する。
「逃がすな!追え!」
乱胴の怒声とともに3人にとっては決して有利とは言えない戦いが始まった。
* * * * * * * * * * * * * * *
玲は追って来る敵から逃げるため森の中を走っていた。
「やっぱ子供だましの作戦じゃ引っかからねーじゃねーか」
作戦の批評は後にしてとにかく今は追ってくる敵をどう倒すか……
追ってくる敵はざっと10人。他に追ってくる気配は無い。この様子だと2人にもそれぞれ10人づつという事で間違いないだろう。
つまりこの10人は俺が始末しなければならない。
玲は開けた所で立ち止まった。
「やっと諦めたか……ちくしょう、こんなとこまで追わせやがって!」
追ってきた敵の一人がそう言うが玲には聞こえていなかった。
否、聞いていなかった。
玲がいきなり敵に向かって突撃したのだ。
玲は象術で作り出したナイフで一番近くにいた敵の頸動脈を切った。
「ひっ……」
「怯むんじゃねえ!!数で押し切れっ……!?」
仲間の血を大量に浴びて怯んだ者を鼓舞するために叫んでいた敵に硫酸を生成しぶつける。それだけで叫ぶ事が出来なくなってしまった。それと同時に最初に仕留めた敵に運動エネルギーをぶつけて正面の敵に向けて飛ばし牽制し、一気に上空へ飛びあがる。
それによって玲を追っていた11人全員の視界から玲の姿が消えた。それだけではない。玲を見失った瞬間に彼等のいる場所の温度が上がった。上がった、といっても焼け死ぬほどではなかった。
その瞬間空から何か小石みたいな物体が落ちてきた。
その物体は地面に衝突すると同時に爆発した。玲を見失い虚を突かれていた者達に回避する術は無かく、その場にいた全員が爆発に巻き込まれてしまった。
その場にいた人間は玲を除いて全員が火だるまになっていた。
「あああああああ!!!!!」
「死ぬ!!!死ぬぅぅぅぅ!!!」
その熱さ故に叫ぶ者もいたがそんな事をすれば炎が肺に入り体を中も焼き尽くす事になる。
そして叫び声が収まる頃、玲以外その場に立っている者はいなかった。
「敵から目をそらすな、ていうのは戦いの基本中の基本だ。それもできないようじゃ誰と戦っても勝てないよ」
どれだけ戦力で勝っていても敵の姿が見えなければ勝つ事などできない。玲の目的は最初からいかにして敵の視界から消えるかであった。それに気が付かなかった時点で玲の勝利は決まっていたといえる。
(それにしても黄燐はやりすぎたかな……)
黄燐――それがあの爆発を引き起こすために使った物質である。
黄燐は摂氏60℃以上の温度で衝撃を与えると発火する性質がある。
この爆発を引き起こすために玲が使った象術は3つ。
・黄燐の生成。
・敵の集団の中心に熱エネルギーを生成。
・水素と酸素を生成し敵の周囲に配置。
熱エネルギーによって熱された場所に黄燐を落とし、その衝撃で黄燐が発火。敵の周囲に配置した水素と酸素によって黄燐の発火を爆発に変える。
「全員殺しちまった……」
(そういえばできるだけ殺さずに、って言われてたっけ)
「2人は大丈夫かな~」
碧さんはともかく八代がこの程度の敵に負ける訳がない。
「碧さんの様子を見て大丈夫そうなら乱胴を捕まえますか」
そうと決まれば善は急げ。玲はいままで逃げてきた道を引き返していった。
* * * * * * * * * * * * * * *
(作戦は上手くいかなかったみたいね……)
結果は待ち伏せされていた事実が物語っている。
(私は元々参謀タイプじゃないから悔しくないけど)
「過ぎた事よりも現在直面してる問題を何とかしなくちゃ……」
彼女は現在、10人近い敵と対峙していた。
「へっ、この数が相手じゃどうにもなんねーだろ?」
「降参するってんなら命まではとらないぜ」
「でも姉ちゃんの頑張り次第だけどな」
敵は人数差を頼りにもう勝った気でいる。相手達は全員男。
(何を頑張れば・・・っていうのは聞くだけ無駄ね)
その時どこからか一際大きな爆発音がした。
「何だ今のは?」
「仲間の誰かがやったのか?」
(あの方向だと玲君かしらね……)
謎の爆発音に騒ぎだすテロリスト達とは対照的に碧は落ち着いていた。
(あの爆発なら一網打尽にしてるでしょうね)
となれば玲はこれから乱胴のいる所へ向かっていく事だろう。
そして間もなく爆発音がしたほぼ反対側からは八代を追っていたと思われるテロリスト達の悲鳴が聞こえてきた。
(あ~あ、このままじゃ私がビリになっちゃうわね……)
別に何も競争している訳ではなかったのだが碧としては年下の少年達に先を越されるというのは気分がいいものではなかった。
そうなれば自分も目の前の敵を早急に片付けないといけない。
「ごめんなさい。こちらもちょっと事情が変わってしまって私も今から乱胴の相手をしないといけなくなりそうなの。だからあなた達の相手はしてあげられないわ」
その瞬間テロリスト達の周囲の空気が冷たくなっていった。
そしてテロリスト達の視界は闇にのまれていった。
(ごめんなさいね。でもこっちもあまり時間はないのよ)
「象術にはこういう使い方もあるのよ」
彼女が使ったのはダークエネルギーをで敵を空間ごと包み込む。そして包み込んだ空間にある空気を運動エネルギーで吸い出す。
それによって空気圧が下がり、中にいた敵は酸欠状態となってしまった。
「一般的には象術ってエネルギーや物質を創ったりするだけってイメージがあるけどそれだけじゃないのよ」
エネルギーや物質を創るのは象術の中では最も知られているというだけで、実際に象術の定義とはダークエネルギーやダークマターを地球上で操る事が出来る、というものである。
つまりダークエネルギーやダークマターを使ってさえいればそれは象術といえる。
(2人共殺してないといいんだけど……)
極力殺さないように、とは言っておいたがあの2人、特に八代君がそれを守るというのは考えにくい。
(まぁ……最悪の場合、乱胴だけでも生かして捕えればいいんだけど……)
ならば自分が直接行った方が確実だ。
「あの2人のおかげでこっちは楽できたんだし良しとしますか!」
* * * * * * * * * * * * * * *
とにかく三方向に分かれろ、という当初の作戦通りに逃げた訳だが……
「ん~、これくらい逃げればいいかな?」
周りに2人の気配が無い。つまりはそれほど離れたという事だ。
そこで八代は身体を反転させ運動エネルギーを自分に与えそれまで進んでいた方向と逆方向に一気に加速した。テロリスト達から見れば一瞬にして八代が自分達の目の前に現れたように錯覚していた。
そこで八代はあらかじめ創りだしておいた二振りの刀で切りつけていた。
(悪いけど混乱してる間に片付けさせてもらうぜ!)
「ぐぁぁぁぁ!!!」
「ひぃぃぃぃぃ!!!」
切りつけたられたテロリストが悲鳴を上げるが八代は構うことなく次の相手を切りつけていく。
八代が使っている象術は自らの身体に運動エネルギーを与え移動しながら創りだした鉄の刀で切りつけていく、というものであったがテロリスト達は成す術もなく倒されていく。
接近戦ともなれば刀で攻撃した方が象術よりも速い。
最初から象術のみで戦おうとしていたテロリスト達は完全に虚を突かれていた。
結局最後まで八代のペースに振り回され続けたテロリスト達は全員切り伏せられてしまった。
「玲と一緒じゃこんな戦い方はできないからかえって新鮮だな」
もし玲が一緒なら敵のど真ん中で暴れまわるなんて事はできない。もしそうすれば玲は同士討ちを気にして象術使えないだろう。
(そんな手強い相手じゃなかったし玲が負ける事はないだろう)
碧が勝つかどうかは分からないが問題ないのだろう。
万が一碧が負けたとしても八代には関係ない。というか悲しんだりもしないだろう。
(実際まだであってまだ3日だしね)
10年近い付き合いの玲はともかく出会ってまだ3日の碧を心配するほど八代は情が深い訳ではない。
「さっさと乱胴を捕まえに行きますか」
* * * * * * * * * * * * * * *
「くそっ!まだ誰も戻って来ねぇのか!!」
乱胴は苛立っていた。というのもあの3人を追わせた者達がいまだに誰一人として戻ってきていないからだ。
普通ならば一度に10人以上を相手にすれば勝つ事はたとえ象術士であっても至難の業である。
河崎碧の実力はよく知っている。だからこそこちらは30人以上の頭数を揃えたのである。
(しかしあの2人がこちらの味方にならなかったのは誤算だった)
元神楽流ならば簡単に仲間になる、と読んだのが全ての誤算の始まりだった。
(まさか敵対する事になるなんてな……)
「「よぉ!乱胴雅次さん!」」
不意に乱胴は声をかけられた。
(なっ!?まさか……)
「イラついてるとこ悪いけどさっさと捕まってもらうよ!」
「あんたのせいで俺達は余計な手間を掛けさせられてるんだ。これ以上面倒な事はしないでくれよ!」
そこには誤算の元凶である水無月八代と久桐玲がいた。
2人を確認した乱胴の対応は迅速だった。
(机を飛ばして牽制し、その隙に懐に忍ばせてある銃で仕留める)
そう考え懐に手を入れた時に乱胴は驚愕した。
(なっ!?あいつらがいない!?)
乱胴の視界から2人の姿が消えていた。
次の瞬間に乱胴は自分の首に冷たさを感じた。
「いつの間に……」
乱胴の首には2本のナイフが突きつけられていた。突きつけているのは紛れもなく八代と玲だった。
「あんた懐の銃に意識を向けすぎだよ。おかげであんたの狙いはすぐに分かった」
「それに銃を取り出す際に一瞬だが俺達への意識を逸らしてしまったな。
悪いが俺達はそんな注意散漫な奴に負けたりはしないよ」
事実上の勝利宣言に乱胴は何も言葉を発する事が出来なかった。
「2人共大丈夫~?ってもう乱胴捕まえちゃったの?じゃあ警察呼ぶわね~」
そこへ碧も現れた事により乱胴は自分の仲間が全員倒されたという事を確信してしまった。
「おまえら何でそいつに協力してるんだ?」
この2人が味方にならなかったのは分かるにしても自分に敵対する理由が分からなかった。
「あんたのせいで駅破壊の容疑者にされるわ、象術監視になるわで踏んだり蹴ったりなんだよ!!」
八代が自分の怒りを隠すことなく叫ぶ。
(あのデモンストレーションのつもりでやった事がこんな事態になったのか……)
因果応報、それが今の乱胴に最もふさわしい言葉だった。
こうして2人だけの試験科目、事件捜査は無事終了した。
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