第6話 それぞれの思惑
かなり遅れて第6話投稿。
こんな調子でこれから大丈夫なんだろうか。
「犯人はテロリストだからよ」
困惑する2人に碧は繰り返したが、2人共半信半疑といった感じだった。
「「…………」」
「…………」
互いの出方をうかがうようなにらみ合いが続いたが、
「この際、犯人はテロリストという事で話を進めましょう」
最初に沈黙を破ったのは玲だった。
「その様子だとまだ信じていないみたいね」
彼女の言葉通り玲は犯人がテロリストだとは信じられなかったが辻褄が合う、とも考えていた。
「信じてもらうためにもまず事情を説明するわ」
「分かった……お願いします」
願ってもない申し出に玲は即答していた。
「ではまずテロリストの正体から……
犯人の名前は乱胴雅次……私の元同僚の象術士よ」
「警察にいた奴がテロリストになったのか!?」
警察に所属している者が犯罪を犯したというのは珍しいがありえない事ではなかったが、テロリストになったというのはあまりにも現実味がない。八代にとっては犯人がテロリストというのは納得できないものだったのだ。
「いや、警察の人間がテロリストにならないとは限らない……
テロリストが警察に潜り込んでいたとか、後は彼女が実は警察の人間でなかった……とか?」
玲は遠まわしではあったが自らの疑問の核心に迫っていたが、
「納得できなくても事実は事実。私の答えは変わらないわ」
「とにかく今はそうしておきましょう……ここでどうこう言っても仕方がない
尻尾を掴ませない彼女に玲も諦めざるを得なかった。
「賢明な判断ね。その疑問には後で答えてあげるから安心して。今は乱堂について話すわ。
乱胴雅次……象術士にも関わらず体術にも通じ、銃火器の取り扱いにも長けた戦闘のエキスパート。 並の象術士では束になっても敵わない相手よ」
「ほう……」
碧の説明に感嘆の声を出したのは八代だった。
普通は象術の訓練だけで手一杯というものだが、ある程度象術を扱える者の多くは象術に一種のプライドを持つ傾向があり、体術を使わない者も多い。そんな中で象術に加え体術や銃火器の取り扱いもマスターしているとなるとかなり希少であるからだ。
「感嘆するのもいいけど乱胴には発動距離が短いという弱点もあるの」
「だから俺達があいつに向かっていった時も逃げずにその場で応戦した訳か。だがあの発動速度なら総合評価もかなりのものだと思うが?」
象術の総合評価には象術を発動するまでの時間を評価する発動速度、変換できるエネルギーや物質の量で評価する変換量、どれだけ複雑な変換ができるかを評価する変換技術、そしてどれだけ離れた所に象術を発動できるかを評価する発動距離の4つが用いられる。
「彼の総合評価は丁。ちなみに発動距離の評価は癸よ」
「結構高いじゃないか」
かなり失礼な事を言っている八代だったがあながち間違っていない。
丁も癸も象術を評価するランクであり、上から
甲(きのえ)
乙(きのと)
丙(ひのえ)
丁(ひのと)
戊(つちのえ)
己(つちのと)
庚(かのえ)
辛(かのと)
壬(みずのえ)
癸(みずのと)
の10ランクに分けられているがこのランク分けは日本だけで、外国では象術の評価として認められていない。といっても世界共通の評価基準が存在せず、各国で独自の評価基準を定めているからなのであるが……
さっき彼女の言った乱胴雅次の発動距離の評価である癸は最低の評価なのだが、総合評価である丁は上から4番目の評価。発動距離の評価が最低であるにも関わらず総合評価が上から4番目という事はその他の3つの評価がずば抜けているという事に他ならない。そういう意味では乱胴雅次という象術士は一種の天才なのかもしれない。
「でも距離をとって戦えば問題無いな」
「はたして上手くいくだろうか……」
「たぶん難しいでしょうね……」
八代の提案した対策に玲と碧は難色を示した。
「乱胴も距離をとって戦おうとする相手の対策ぐらいあるはずだし、その程度でどうにかなる相手ならとっくに逮捕されてるはずよ……ってどうしたの久桐君? なんか難しい表情してるけど」
碧の言うように玲は何か納得のいかなそうな顔をしていた。
「俺達を象術監視にしたのが納得いかないだけです……乱胴雅次がそんな危ない相手なら俺達をそのまま釈放して事件と無関係にした方が良かったと思うのですがあなたは俺達を象術監視にして事件に関わらせた」
お前のせいで変な事に巻き込まれたじゃねーか、という文句でもあったのだが……
「いいえ。あなた達には事件に関わって欲しかったから象術監視にしたのよ。
それに乱胴はあなた達を仲間に引き入れようとしてたからあなた達には私の目の届く範囲にいて欲しかったというのがさっき言ったこの事件に関わる理由よ」
彼女ははじめから2人を巻き込むつもりだったらしい。
だがここで2人にはある疑問が浮かんだ。
「でも乱胴はどうやって俺達の情報を手に入れたんだ?」
2人を代表して八代が尋ねた。
戸籍を見ただけではその者がどのくらい象術を使えるのか分からない。2人共象術の評価試験を受けていない以上、本人達以外に2人の象術の実力を知る者はいない。
「それは2つ目の理由になるけど聞きたい?」
2つ目の理由……2人のこれからに関わる理由。おそらく聞けば後戻りはできなくなってしまうであろう。 だが2人には選択の余地は無かった。
「2つ目の理由……それは私達があなた達をスカウトしようとしてたからよ」
「うそ……」
「なるほど。だからあなたの元同僚であった乱胴が俺達の事を知っていた訳ですか」
彼女の言葉に驚く八代と納得がいった玲。
「違うわ。彼があなた達を知っているのとスカウトの話は全くの別物よ」
「そうですか……」
碧は玲の考えを即座に否定した。
「玲はスカウトの事知ってたのか?」
「俺達のこれからに関わる理由、と聞いた時からなんとなく予想はしていた。でもまだ知らない事がある」
いまだに八代はスカウト云々について考えていたが、すでに玲は次の事を考えていた。
「なにかしら?」
「あなたの所属です……まさかまだ警視庁、なんて言うつもりではないでしょうね?」
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あ~、やられた。 まさかここまでとは……
でも嬉しくもあるわね。
あとは2人が乱胴を倒す事ができれば満点合格ね。
だとすれば今は彼らに全てを話して理解と信用を勝ち取らなければならない。
もしだめなら彼らの弱点を突いていくしかないけど……
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「正直に言うわ……
私の所属は内閣府。正式名称は内閣府特殊案件交渉室ね。主な業務は象術関連の事件の解決、および国交に関わる案件を取り扱っています。
非公式の組織ではあるけどかなりの権限を持っていて全ての省庁に干渉する事ができる。
所属している者には象術を用いた戦闘を許可されていたり、いろいろな特権が与えられているわ」
「だから警察にも干渉できた訳か」
「感心してる場合ではないぞ八代。
そんな訳のわからない組織が俺達をスカウトするなんておかしいだろ?」
彼女の所属を知って納得がいった八代だったが、玲はさらに警戒を強めていた。
「理由はあなた達が一番よく知っていると思うけど……
一言で言うとあなた達がかつて神楽流に籍を置いていたから……かな?」
「「………………」」
2人共何も言えなかった。
神楽流こそが彼等が自覚している弱点そのものだった。
「象術を利用した戦闘流派は結構あるけどその中でも神楽流は桁違いな強さを誇る。 名実共に最強の流派である事は間違いないわ。実際に国と戦争を起こそうとしたぐらいだしね……
でも滅んでしまった……内部分裂や裏切りによって。その裏切り者があなた達という訳だけど」
「確かに俺達は神楽流にとっては裏切り者ですがそれは結果的にこの国を救う事になったと思いますよ?」
碧にとっては2人が神楽流にいた事だけでなく、国に戦争を仕掛けようとしていた神楽流を裏切ったという事が重要だった。
強さだけを基準にしない彼等なら乱胴のように才能におぼれて国を裏切ったりしないだろうというのが彼女の考えであった。
「交渉室に来るかどうかはともかく、乱胴の逮捕には協力して欲しい……
おそらく敵は乱胴1人ではないわ。そうなれば私1人では困難になる。
あなた達が協力してくれれば成功率は格段に上がるわ」
「いいよ。協力する」
碧の協力要請に即答した八代に、
「俺も協力する」
玲の反対しなかった。
「協力してくれるのは嬉しいけどいいの?」
素直に協力してくれるとは思っていなかったのか碧は面食らってしまった。
「乱胴には借りがある」
「乱胴が俺達を仲間に引き入れようとしているのならどうやっても無関係ではいられない」
自分達から彼女に協力を申し出ようとさえ考えていた以上、彼女の提案は願ってもないものであった。
「ありがとう。これは私の連絡先などのメモ。
では早速明日から協力してもらうわ」
そう言うと碧は手帳の切れ端を2人に渡した。
「協力するんですから象術監視は解いてくださいね」
本当なら象術監視を解けば終わるはずだったのにいつの間にかややこしい事になってしまった。 でも負けっぱなしは性に合わない。
八代と玲にとって乱胴を倒すまでこの事件は終わらない。
序章なのになかなか終わってくれない。
はやく本編に入りたい。
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