第44話 エピローグ
むしゃくしゃして書いてしまった……だが後悔はしていない!
卒論で苦しむ今日この頃、センター試験で休みのこの2日間に書けるだけ書く。
多少ハプニングがあったものの、結果としては八代と玲は任務を完遂した。
しかしこの任務で八代はかつての師匠である雲居昶に両太腿と右肩を銃で撃たれ入院、玲は二重スパイであった同級生の神楽篠を始末した。
特に神楽篠の始末は面倒だった。彼女を殺しておしまいではなく、死体の偽装や葬式の手配などむしろ始末した後の方が面倒なのであった。
「神楽篠は狭霧優香を殺害した犯人の逃走中に偶然遭遇し不幸にも殺されてしまった。警察では水無月八代への銃撃も同一人物の犯行と断定するも犯人の逮捕には至らず……というのが今回の事件のシナリオだ。彼女の友人たちには悪いが今回の犯人が捕まることが絶対にない。友人たちのケアは玲君に任せるけどいいのかい?」
「自分で書いたシナリオなのだからこれくらいの面倒事は引き受けますよ」
現在、神楽篠の葬儀が粛々と執り行われていた。
玲は友人として、そして警察の代表として睦月誠司が葬儀に参列しており、もちろん玲奈やミキ、莉々も参列している。
篠は四月の啓莱高校占拠事件で両親を失っているため参列する親族は皆無であり、むしろ狭霧優香殺害の犯人に通りすがりに殺された悲運の少女としてその友人達(玲奈達の事である)の取材のため訪れている報道関係の人間の方が多い位だった。
さすがに葬儀中に会場に入ってくるような非常識な輩はいないが葬儀が終わり会場から出れば面倒な事になってしまうのは目に見えていた。
短期間とはいえ気の合う友人として過ごしていただけに三人は人目もはばからず泣いていた。
(こんな精神状態でマスコミの取材なんて受けたら最悪死人が出るぞ)
優秀な象術士のタマゴである彼女達ではあるが実際はまだ高校一年生なのである。感情的になって周囲に被害を及ぼす可能性は高い。
特に玲奈は感覚派の天才肌であり、精神状態の象術への影響が特に大きい。
玲奈に限らず葬式会場で暴走してしまえば間違いなく退学になってしまうであろう。
「大丈夫だ。外のマスコミにはばれないように彼女達別の場所へ案内しておこう……もちろんマスコミのあしらいも僕が引き受けよう」
どうやって止めようかと思案していた玲の心境を見透かした誠司はその懸念を振り払う提案をしてきた。
「お手数おかけします……」
(だてに長年交渉室のエージェントとしてやってきているだけはあるな……)
自分には出来ない大人の配慮に玲は素直に感服した。
なんだかんだで一番面倒な役を買って出てくれた誠司に今はただ感謝する事にした玲だった。
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特に問題も起きず葬式は終了し当初の予定通り誠司はマスコミへの対応を、そして玲達は裏口から気付かれないように脱出し、寮に戻ったがみんな浮かない表情のまま会話も無くそれぞれの部屋に帰ってしまった。
出会って一ヶ月程度しか経っていないとはいえ自分の身近にいる人間が死んだという事実は彼女達を悲しませるには十分すぎるほどショッキングな事なのだろう。
実際、玲奈は部屋に帰って来てからも泣いたままであった。
「とにかくお茶でも飲んで落ち着け。どうせ今日は食べ物は喉を通らないんだからせめてお茶くらいは飲んでおいた方がいい」
「……ありがとう」
そう言って湯呑みを受け取る姿にいつもの勢いが感じられない。それだけ彼女も滅入っているという事なのだろう。
「………………」
「………………篠、家族いなかったな」
しばらくは互いに何も話す事がなく続いていた気まずい沈黙を破ったのは玲奈であった。
「ああ、先日の襲撃事件で篠の両親は亡くなられたそうだからな。親族もいなかったから本来ならば孤児として施設に預けられるはずだったが全寮制の啓莱高校の生徒という事もあって特例でここにいられたんだ。葬式に顔出す親族がいるなら孤児になったりしないさ」
孤児である八代と玲が在籍しているという事実がある以上、篠だけを退学にする事が出来なかったという大人の事情があったのを玲奈は知らない。
「それなのに葬式は変に賑わってたし……」
「まぁ、巷じゃ『警備万全の病院に正面から突入してアイドルを殺した殺人犯にばったり出くわしてしまった不運な少女』なんて言われて報道されてるんだ。器量もいい女子高生だし、マスコミが取材をしようとして押しかけて来ても驚きはしなかったけどな。
実際同じ奴にやられた八代に来た取材なんて警察の事情聴取だけらしいしな」
八代の元にマスコミが行かなかったのは政府の特務機関のエージェントである八代をメディアに出す訳にはいかないので未成年という事と犯人に再び狙われる危険を避けるためという名目で報道管制が敷かれていた。
「なぁ、玲……俺は犯人見つけて復讐したい。
篠を殺して八代に大怪我負わしてのうのうとしてる奴なんて絶対許さねぇ!」
何か決意したように話す玲奈であるが玲としてはその復讐を手伝う訳にはいかなかった。
「無理だな。俺達高校生に警察以上の操作能力がある訳がない。万が一、その犯人を見つけて復讐出来たとしてもその後は十年以上も檻の中だ。とてもじゃないがリスクとリターンが釣り合わなさ過ぎる。第一に相手は万全の警備が敷かれた病院に真正面から突っ込んでいくような腕利きだぞ? 象術が使える位で倒せるような相手なら誰も殺せずに病院で捕まっていただろうよ」
実際に病院へ突っ込んでいったのは八代だが拳銃とナイフだけで突破した技量は見事の一言だろう。
もし最悪な偶然が重なって玲奈と八代が殺し合いをする事になれば玲奈に万が一にも勝ち目はない。
「でも! それじゃ俺はどうすればいいんだよ! 親友殺されて泣き寝入りしか出来ないんじゃ何のために…………え? あれ……なんか急に……」
最初は力強かった玲奈の語気も尻すぼみになりそのまま眠ってしまった。
「こうなった場合に備えて睡眠薬を飲ませておいて正解だったな」
玲奈に渡したお茶に睡眠薬を入れたのは念のためであったが今回はそれがばっちり当たった結果であった。
「これから八代の見舞いに報告書の作成……こんな時くらいゆっくりさせて欲しいんだがな」
眠っている玲奈をベッドに運び玲は残る自分の仕事を片付けるため部屋を出た。
「その眠りが猛き心に一時の安息となりますように……」
玲がかけた最後の言葉は誰に聞かれる事もなく消えていった。
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「という訳で玲奈は今絶賛夢の中、莉々とミキも似たような状況だったのでお見舞いにやってきたのは大親友の久桐玲君ただ一人なのでしたー」
「誰に向かって説明してんだ?」
「もちろんお前に向けての説明だ。
昔の師匠に負けた上に情けまでかけられて落ち込んでるだろうと思って少し陽気にやってみたがいらん世話みたいだな」
ここはとある病院の一室。マスコミへの報道規制のため八代には個室が与えられていた。
「本当にいらん世話だ。
あの男、次会ったらあの時俺を殺さなかったことを後悔させてやる!」
八代の様子を見る限り心に傷を負ったということはなさそうだ。
ここで落ち込まれでもしたら八代はこれから戦えなくなってしまうかもしれなかったのだ。
だがこれはこれで不安でもある。
「その言葉を聞いて安心したと同時に不安になったよ……」
「どういうことだ?」
八代からすれば安心されるだけのハズが何故か不安にさせている事が理解出来なかった。
「心が折れてなくて安心したという意味とまた同じような負け方をするのではないかという不安があるんだ。
雲居さんのトラップに引っかかった挙句にその教訓が活かされないであろう現状に大いに不安を募らせてるんだ」
猪武者の傾向がある八代にとってトラップは天敵ともいえる相性の悪さである。何もない平地で正々堂々戦うアスリートとしての強さは規格外の八代も、なんでもアリの戦士としての強さは正直二流以下というのが玲の評価である。
「おもしれぇ事言うじゃねえか、玲。病み上がりだが今でも俺は十分戦えるぜ!」
「そういう所がダメなんだよ」
八代の挑発に余裕を持って対峙する玲。
「水無月さん、どうなされました?」
まさに一触即発の病室に何の前触れもなく訪れた看護師によって八代は完全に仕掛けるタイミングを外された。
「何か傷口が疼くそうなので診ていただけませんか?」
対する玲はこの事態を予測していたかのように慌てることなく看護師に応対していた。
八代があっけに取られている内に玲は病室から出て行ってしまった。
ここに至って八代も玲がナースコールをかけていたことに気付いた。
すなわちこの展開は玲に予想されており、さらに戦いを回避する手段を先に講じられていた事を意味している。
つまりは最初から全部玲の手のひらの上で踊らされていたに過ぎなかったのだった。
八代がそこまで思い至った時にはすでに玲は病院からも離れていたのだった。
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「という事が病院であったんですよ」
「そうか……ところで久桐、なぜ私の部屋にいる?」
私の部屋、というのは詰まるところ啓莱高校の教師である乱胴涼子の居室である。
男子生徒が女性教師の部屋に訪れる……大抵の者ならばR-18の展開を予想するだろうが実際は、
「任務の報告書を作成するのに都合がいいんですよ、この部屋は」
玲は現在、任務の報告書の作成中であり、自分の部屋では玲奈に見られる危険性があり、本拠である内閣府特殊案件交渉室のにある執務室は遠い。
必然的に彼女の部屋は交渉室の事を知っていて近場の場所という報告書の作成に理想的な部屋なのである。
「お前が出入りしているところを他の教師や生徒に見られたら変な噂が立つだろう? そうなれば私の立場もお前の学校生活も色々大変になるぞ」
彼女の心配も最もだが同時にこの目の前でキーボードを叩く切れ者の少年がその程度の事に気が付かないはずはないという確信もあった。
「その点については大丈夫ですよ。
この教員寮に生徒は滅多に入ってこないのでバレる心配はありませんし、他の教員方にはすでに久桐玲と乱胴涼子は交際しているという情報を流してあります」
「いや、全然大丈夫じゃないだろう、それは!」
玲がサラっと言ってのけた交際云々についてはさすがの涼子も見逃せなかった。
玲の言っていることが事実ならば彼女は教え子に手を出す色情狂だと思われている事になる。
それ以前にそのようなデマをまるで恥ずかしがることなく流せる玲の胆力にも驚嘆の一言であった。
「大丈夫ですよ。俺は15歳、あなたはまだ21歳なのですから別にありえない年の差じゃないでしょう?」
「そういう問題じゃない!
一応私は教師であってお前は生徒なんだぞ! こういう事が教育委員会に知れたら大変な事になるんだ!」
確かに教育委員会に知れれば面倒ではあるが、少子化が進んだこの世界において高校生位になれば両性の合意による交際は容認される傾向にある。さらに象術の才能があるカップルは推奨される風潮にある。
国として象術士の数が増えることは大歓迎であり、両親が象術の才能を持っている場合はその子供も象術の才能がある確率が高くなっている。
しかも象術の扱いには左脳の発達が効果的とも言われているため現在では象術士の男女比はかなり女性の方に傾いている。
つまり久桐玲のような象術の才能に溢れた男性であれば相手が教師でも恋愛については(倫理的な面はさておき)容認されてしまう可能性が高いのである。
「分かっていると思いますが象術の才能があるもの同士ならば教師と生徒の恋愛も許されるんです。だから他の教師達にそんな情報を与えても問題にされなかったんですよ……俺は先生の事好きですよ。もちろん先生としてではなく女性として……
後はあなたの気持ちだけです……」
いつの間にか涼子は玲にベッドに押し倒されていた。しかも強引ではなく振り払おうと思えば簡単に振り払える程の弱い力で。
涼子には現在交際している異性はいない。だからこそ玲の言葉がまるで媚薬のように彼女の心を侵食していく。
「その、私は教師でお前は生徒で……」
「何度も言わせないでください……教師と生徒だからとかじゃなく涼子さんがどうしたいかなんですよ……」
とうとう名前で呼ばれ彼女の理性は決壊を迎えようとしていた。
「わ、私は、玲の事……」
もうどうなってもいい。許されるのならば教師と生徒にこわだる必要なんてない。彼女の理性は最早何の歯止めも出来ない状態になってしまった。
「……ここら辺で止めときましょうか。
これ以上やると先生の心が持たないでしょうし……」
さっきまでの情熱的な言葉ではなくいつもと同じ久桐玲の言葉。
「えっ、それじゃさっきまでのはひょっとして?」
「お察しの通り演技ですよ。ハニートラップの男性版ってところですかね」
そう話す玲に先程までの情熱は欠片も見受けられない。いつもと同じはずなのに目の前にいる少年がまるで別人のように感じられた。
ここにきてようやく涼子にも自分がからかわれていただけだということに気付いた。
「なんでこんな事をした? 事と次第によっては交渉室への報告もありうるぞ」
彼女としては若干脅しを入れて玲に反省させようとしたが当の本人はその脅しに対しても余裕の表情を崩すことはなかった。
「そうですね……強いて挙げるなら理由は3つですね。
1つ目はただ単純にからかいたかっただけです。
先生っていかにも初心って感じだったんでからかってみたくなっただけなんです、ってそんな睨まないでください……
まぁ、2つ目の方が重要なんですけど、もし俺が外国のスパイだったら先生は晴れて売国奴の仲間入りでしたよ。
奥手だろうが堅物だろうが構いませんが男に言い寄られて俺達の情報を漏らすのだけはやめて欲しかったんですよ。
八代や先生は戦いにルールを持ち出すタイプですからね。だから今の内に教えてあげた方がいいと思いましてこのようないたずらを仕掛けてみました」
確かに情に絆されて味方を窮地に追い込むことなど言語道断である。だが涼子には頭の中に新たな疑問が浮かんでいた。
「久桐はこういう経験があるのか? その男女の事についても随分詳しそうだったしな……」
15歳の少年にあれほどの演技がぶっつけ本番で出来るとは涼子にはとても思えなかった。ひょっとしたらこの6歳も年下の少年は恋愛の経験があるのではないかと疑っていた。
「恋愛の経験に関しては初恋程度ですが先程の手練手管は神楽流にいた頃に身に付けたものですよ」
さも当然のように答える玲。
「じゃあ、その……男女の……」
「質問は推測でしかありませんがsexの経験は当然ありますよ。主導権を握れなければハニートラップの意味がないのでね」
特に恥ずかしがる様子のない生徒に対して動揺しまくっている教師。
「ひょっとして水無月も、その……経験があるのか?」
玲と同じ時期に神楽流にいた八代もハニートラップが出来るのか? もし出来るというのであれば神楽流はは涼子が想像していたよりも遥かに恐ろしい集団である。
「八代には無理ですよ。
ハニートラップは俺の師匠から学んだものです。と言っても師匠は女性ですがね……
八代とは師匠が違うので学んだ事は異なってます。
俺の師匠はハニートラップ専門みたいな人だったんであの人からはそれしか学んでません。戦闘技術や策略に関しては見採り稽古もしくは独学です。
まぁ、ハニートラップしか学んでませんがそれに関しては相当仕込まれましたからね。特に房中術に関しては色々な女性の相手をさせられましたし、時には師匠から直々に手ほどきを受けたりもしましたよ」
「………………………………」
あまりにも赤裸々な告白に涼子は何も言えなくなってしまった。
「言い忘れてましたけど最後3つ目の理由ですが…………報告書仕上がったんで暇だったんですよ。
データここに置いておくので提出よろしくお願いします!」
そう言い残して玲は部屋から消え去った。
涼子に残されたのは今回の任務の報告書だけだった。
「これが久桐玲……」
あらゆる意味で久桐玲に太刀打ち出来ないと悟った乱胴涼子だった。
放心状態だった涼子のせいで報告書の提出が大幅に遅れてしまい、その夜報告書に何の関係もない八代に催促の電話が鳴り続けたという。
<<第2章 完>>
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