第38話 不幸の意味
一ヶ月以上ぶりの投稿となりました。
正直ここまで間隔が開くとは思ってもみませんでした。
これからの投稿もこのペースにならないようにしますが無理かも……
「あの雲居昶が出てきたとなりゃ、事態は混迷を極めるばかりだな。
もし遭遇しても逃げの一手といった所だろうな……」
八代と玲は互いの状況を報告し合っていた。
本来ならそんな事はしないのだが八代と玲の両方に予想外の出来事があったため満場一致――と言っても2人だけ――で臨時の報告会が開かれていた。
「だろ? それにあの人、別の所に雇われてるみたいだったけどどこなんだろうな……」
「少なくとも正内組に雲居昶を雇う余裕は無い。麻薬カルテルにしてもそうだ。
そうなると第三者が現れてくるんだがその正体も目的も現時点では探る手段が無い。
唯一の手がかりである雲居昶を尾行するのはリスクが高すぎる上におそらく成功しない。
敵かどうか分からない相手は触れないのが一番だ」
そう言うのも玲は無関係な第三者を下手に刺激して敵を増やす事を恐れていた。無関係なら無関係のまま終わってくれればそれでいい。
「そんで玲の予想外の事態ってのは?」
どうやら八代は雲居昶の事で考えるのは止めたらしい――八代にしては珍しく合理的な判断だったが単に面倒臭くなっただけなのかもしれない。
「本来は時間稼ぎのため一度目の交渉はご破算にしたかったのだが交渉成立してしまった事。
これについては予想外というより正内組の資金難の程を見誤った俺の責任だ。
俺に出来たのは取引の日を一日遅らせる事だけだった」
「ただではやられないって所が玲らしいな」
玲にとっては一日遅らせた程度でどうにかなるとは思っていなかったが無いよりはマシ、程度の考えでしかなかった。
しかも取引が2日後という事は警察側の対応が間に合わない可能性があり、それでは意味が無い。
警察に邪魔させずに取引させたとすれば玲達が麻薬カルテルを潰す口実が無くなってしまう。
警察とは関係なく八代と玲が動けば麻薬カルテルなんぞに遅れを取る事は無いがどうしても派手な戦いになってい、隠し通すのは非常に困難になる。
なればこそ警察も同時に動かす事によって少しでも目立たないように偽装するための計画の一端が麻薬取引だった。
一般市民に麻薬を流通させるのは好ましくない以上、取引の現場を押さえ、麻薬を回収し正内組だけを逮捕するのが玲の理想。
従って玲の計画には警察の存在が必要不可欠であり、その動向を制御する事が今回の計画の鍵なのである。
「まぁ、幸い副所長が誠司さんだからいざとなりゃゴリ押しが出来ない事もない」
「だがそれだと不自然に思う奴が出てくる……だろ?
でもそれくらいはいいんじゃないか? 完璧主義者の玲は気に入らないだろうけど多少疑われたって大丈夫だろ」
確かに少数が疑いを持った所で問題ないだろう。大多数に疑問を持たれなければ少数が疑問を持った所でそれが脅威になる事はない。選挙で代表を選び、その代表達の多数決で国の方針を決めている日本では長いものには巻かれろ、という意識があり、大多数を騙せばほぼ全員を騙せる事になる。
「じゃあ、雲居昶の件は要警戒、という事で後は計画通りにしてくれ」
「了解」
その言葉を合図に報告会は解散となった。
「玲はこれから象術警官の仕事か?」
「ああ、正内組の事があるから警察の方も急かしとかないとな……自分の失敗は自分でなんとかしないとな」
「ずいぶんと真面目な事で。
俺なんて失敗しても玲に後始末任せるけど?」
「そんな事は本人の目の前で言うな! 分かってた事だがせめて口に出すのはやめろ。そうでないとこれからは宿題は自己責任になるぞ」
「すいませんでした!」
そのような冗談を言い合える程度には2人の余裕は回復していたが少しばかり逃避が含まれていた事は言うまでも無かった。
* * * * * * * * * * * * * * *
八代と別れた後も玲には象術警官としての仕事があった。
徹夜明けなので玲としては少しでも睡眠時間が欲しい所だったがそうも言ってられないのが大人の事情というやつなのだ。
それに引き換え八代は夜に優香の護衛をするだけという昼夜逆転の生活を送っていてこれから寝るとの事だった……羨ましい事この上ない。
現状に愚痴を溢しても改善される事はないのだからここは素直に諦めておいた方が効率的というものだ。
「とりあえずは正内組を象術監視処分には出来たな……」
警察署に来て早々、その事に関する書類が渡された。象術警官である以上、象術監視になった人物や組織についての情報は全て手に入る。
「佐伯さん、正内組の事聞きましたか?」
珍しく先に来ていた早苗は興奮した様に詰め寄って来た。睡眠不足の人間にとって早苗のハイテンションははっきり言って体に悪い。
「正内組の象術監視処分の事ならもう知ってる。そしてその正内組が近々大きな麻薬取引をしようとしてる事もな……
おそらくその麻薬取引の時が戦いの時になるだろう……」
警察の対応が遅れ気味ななる事を見越して事前に情報をリークしておいたので麻薬取引の情報は既に警察に知られていた。
その上で昨日の交渉を遅らせればだいたい時間的に釣り合うだろうと考えていたが、交渉が成立してしまったのは予想外だった。
このままでは警察が準備を整える前に麻薬取引が成立してしまう。
任務に関わる組織を一網打尽にしようと欲を出した結果がこれだった。
二兎を追う者は一兎をも得ず、という慣用句がこれほど当てはまる実例はそうそうお目にかかれないだろう。
「もしもし? 佐伯さん? 聞いてます?」
「え? 何の事?」
いきなり話しかけられた事もあり、思わず素で聞き返してしまった。
「正内組の象術士の事です! 相手はどうやら一人みたいなので私達二人がかりなら逮捕は十分可能かと思われます」
どうやら正内組の象術士への対応を話しているようなのだが、件の象術士が早苗も面識のある八代であるという事は今のところ玲しか知らない。
「二人がかりでもいいが象術士一人にそんな人員を割いている余裕は無いだろうな。
あんたも一応国の試験パスして象術警官になったんだから象術士一人捕えるくらいは出来るだろう?」
いくら今まで優秀とは言えない働きをしてきた彼女でも象術警官の国家試験に合格しているのだからそれなりの戦闘力を持っていて然るべきである。
「わっ、分かりました! 正体不明の象術士は私が捕まえます!」
「…………落ち着け。
まずこういう場合は担当箇所を決めておいた方がいい。
象術士だけを追えば罠にかかる可能性もある。
あんたが正内組の組員逮捕で俺が麻薬カルテルの構成員の逮捕を担当する。その上で象術士と出くわした方が戦う、と決めておいた方が都合がいい。出会って一週間も経ってない同僚と共闘するのは同士討ちの危険もある」
最もらしい事を言っているが実は玲が正内組と交戦しないための作戦でもあった。
早苗には何事も無く正内組の組員を逮捕してもらう。その上で八代に麻薬カルテル側の逮捕を邪魔させて構成員には不正献金の証拠と共に無事逃げてもらう。
麻薬カルテルの構成員には悪いが都合のいい運び屋になってもらうつもりだった。
「了解しました。では正内組の方は私に任せてください」
「お願いします」
特に何も問題なく終わるという筋書きになっている事を彼女はまだ知らない……いや、知っていたら困るのだが……
「それと、何で麻薬カルテルの方にも象術士がいるんですかね?」
「大方、用心棒といったところだろう……丸腰で麻薬取引をするような愚かな奴はいないからな」
(本当は麻薬カルテル側に象術士はいないんだがな……)
本来ならば雲居昶に邪魔された時点で玲の計画はご破算になっているはずだったが副所長でもある睦月誠司の権限で象術事件になったのだった。
本来、権力などに興味は無い玲だがこればかりは感謝するしかない。誠司に借りを作ってしまったのが
玉に瑕だが。
何はともあれ当初の計画通りに事は運んでいる。麻薬取引の交渉の誤算や雲居昶の邪魔があったにも関わらずそれら全てが完璧に帳消しになっていた。
「後は麻薬取引の日まで特にやる事はないからもう帰ったらいい」
いつ取引を行うかはまだ決まっていないが警察側の準備が整っている以上、いつでも問題ない。
それに象術警官は調査よりも戦力としての活躍の方が圧倒的に多く、現場ではただの戦闘要員でしかないと言っても過言ではない。
「分かりました。ではお先に失礼します!」
ビシッ、と敬礼してから早苗は退出していったが、
(本人はちゃんと決めたつもりなのだろうな……)
幼稚園児がごっこ遊びでするレベルのはっきり言って敬礼になっていなかった。
敬礼の仕方は国家公安委員会規則で定められているのだが、特に式典という訳でもなく上司への敬礼でもないので問題は無いのだが本当に敬礼の仕方を知らないのであれば今度教えておかなければならないだろう……
(頭痛くなってきたな……)
ここにきて初めて八代の優秀さを知った玲なのだった。
* * * * * * * * * * * * * * *
「こうしてヒマになると深夜のボディガードが懐かしくなるな……」
そうぼやく八代は食堂で食事を終えたが食器を片付けずただ椅子に座ったまま何をするでもなくボーっとしていた。
いつもなら混雑する時間帯でも半数以上の生徒がゴールデンウィークで実家に帰省しているので空席が目立っていた。
おかげでこうして食べ終わったにも関わらず居座っていても文句を言われる事が無かった。
「もう食べ終わったのか?」
そう言いながら八代と同じテーブルについたのは玲奈だった。
いくら殺気が無かったとはいえこれほど接近されても気付かなかった事に八代は軽く驚いていた。
「見ての通りだ」
八代は皿を指さしながら言ったが、そんな事はわざわざ言わなくても分かる事であり、単に話しかけるきっかけに過ぎなかった。
(そういえばコイツと一対一で会話した事あんま無いな……)
授業参観の時の模擬戦の時の会話しか記憶に無く、基本的には玲やミキと一緒である事が多い玲奈とこうして一対一で向かい合っているこの状態からして珍しいものだった。
「他にも席がある中でわざわざ俺の目の前に座ったって事は何か俺に話があるって事だろ?」
八代の口調は形だけの疑問分であり、内心では確定事項であった。
「ああ、玲について聞きたい事があってな……八代は玲とはどれくらいの付き合いになるんだ?」
「玲との付き合いか?
そういや結構長い付き合いになるな……
初めて出会ったのが小学一年の頃だから……ざっと10年ってところか
それがどうした?」
初めて出会ったのは神楽流で同い年の弟子がいるっていう事で引き合わされたのが最初だった。
その時は玲だけでなく同世代の弟子達数人での顔合わせ会という感じだったのでその時は八代も玲の事をあまり意識する事は無く、玲も八代を意識していなかっただろう。
「そうか、10年か……
ここから本題に入るんだが、八代は玲の両親について何か知らないか?」
「知らん。
少なくとも初めて会った時には玲の両親はいなかったよ。それに知ってたとしても他人の秘密をベラベラしゃべる趣味は無い。
そんなに気になるなら玲に直接聞けばいいだろ?」
即答だった。
八代自身、玲の両親については何も知らないし、自分の両親についても話すつもりは無い。
「玲は必要があれば話すだろうさ。
玲が話さないって事は必要ないって事だ。
それに俺達は施設で育った。言いかえれば育てるべき親のいない子供って事だ。
何か無けりゃ施設に預けられる事なんてねぇし、施設に預けられたって事は世間から見りゃ何か不幸な事があったって証明だ」
「そうか……悪い事聞いたな……
八代は今でも自分の事を不幸だと思ってるのか?」
流石に玲奈も反省せざるを得なかったがその事が気になっていた。
「別に。
そりゃそん時は不幸だと思ったが今じゃただの過去の思い出と一緒だ。
それに不幸ってのは落差なんだよ。
億万長者が毎日カップ麺しか食べられないような生活になれば不幸だが、一日一食食えるかどうかの奴が毎日カップ麺食べられる生活になればそいつは不幸なのか? 違うだろう?
要は元々どこにいたかって事だ。
両親がいないから不幸ってのは所詮、上から目線の同情でしかないんだよ
だからあんたも聞きたい事があるなら玲から直接聞けばいい」
そう言い終えると八代はもう話す事は無いといわんばかりに食器を片づけ始めた。
(俺が知ってる久桐玲はとても人に話せるものじゃねぇからな……)
八代はさっきまでの話を忘れようとテレビの方へ目を遣った。
テレビではニュースが流れていたが、その内容は八代を驚愕させるものだった。
『先程入りました情報によりますと人気アイドルのYU-KAさん、本名、狭霧優香さんが何者かに誘拐されたとの事です。
現在犯人からの要求は無く……』
「は……?」
いきなりの出来事に八代は思考が追いついていかなかった。
(誘拐したのはおそらく正内組。だが狭霧優香には篠が着いていたはず……
篠ならばたとえ正内組でも誰にも気付かれずに誘拐させるなんてありえない。
それを成すほどの実力者となると……まさか、雲居昶!?
いや、しかし資金難の正内組にあの人を雇うだけの資金があるとは思えない……ならば誰が?)
ショート寸前だった八代の思考回路を救ったのは自分のMSTの着信音だった。
発信者は久桐玲。八代の思考回路はどうにか一命を取り留めた。
「玲っ!! ニュース見たか!?」
『当然だ。だからこうして連絡している』
半ばパニックになっていた八代だったが電話越しからでも分かる玲の落ち着いた様子に八代も落ち着きを取り戻しつつあった。
「そんだけ落ち着いてるって事は玲はもう犯人を知ってるんだな?」
『ああ――犯人は……』
玲から告げられた犯人の名前に八代はまたも驚愕させるに十分なものだった。
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