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異常と正常の境界  作者: Rile
第2章 忙殺のゴールデンウィーク編
37/44

第37話 予想外×2

ホントに久しぶりの第37話投稿。

忙しさを言い訳にしたくないんですがやっぱり忙しい!


 「ここまでは計画通りか……」

 正内組との交渉のためにスーツに着替えた玲はMST片手につぶやいた。


 ・正内組には象術士の協力者がいる。

 ・正内組に関わる事件を象術事件とし、象術警官の出動を要請する。


 先程玲にかかってきた連絡の内容である。

 これは八代がちゃんと役目を果たしたという事を意味していた。

 「後は麻薬取引を成立させるだけだ」

 そう言ってはいるが玲の本心は違っていた。

 もしこの交渉が一回で成功していまうといざ取引の際に象術警官が狙うのは正内組となってしまう。

 担当する象術警官は佐伯景と九十九早苗の2人になる事は間違いない。

 だが佐伯景=久桐玲である以上、正内組の逮捕に佐伯景を出す訳にはいかない。

 玲の構想は正内組と麻薬カルテルの両方に象術士の協力者がいると警察が認識し、佐伯景が麻薬カルテルを追い、それを八代に足止めさせる。そして早苗には正内組の逮捕を任せるというものである。

 そのためには八代には麻薬カルテル側の捜査の妨害もしてもらわないといけなくなる。

 つまりは時間稼ぎが必要になる。

 何もしなければ警察はすぐにでも正内組の逮捕に乗り出してくるに違いない。だが、失敗したとしても麻薬取引の交渉の情報を警察に与える事で警察は正内組と麻薬カルテルを一網打尽にしようと考える。

 その時間稼ぎこそが今回の交渉の目的でもある。

 あからさまに交渉決裂させれば後の交渉成立が難しくなる。だからと言って要求を下げると交渉成立してしまう。そこら辺は玲のさじ加減次第である。

 麻薬カルテルの方は手付金としてあらかじめ金銭を渡しておいたのでこちらの方は交渉が既に成立している。

 (結局、金の力が偉大なのはいつの時代もどこの世界も一緒か……)

 玲は感心半分、呆れ半分で交渉にしてされた場所の前にいた。


   * * * * * * * * * * * * * * *


 「そろそろ玲が交渉に入る頃かな?」

 本来ならば狭霧優香の護衛についている時間帯だが八代には麻薬カルテルを追っている捜査官の妨害という別の役目が与えられていた。

 象術警官の担当範囲を麻薬カルテルまで広げるという狙いと、取引まで麻薬カルテルを潰させないというのが玲の言っていた目的だった。

 「とは言え、向こうも拳銃装備だしなめてかかると手痛い反撃を食らっちまうな……」

 銀行強盗の時のような素人ではなく、正規の訓練を受けた捜査官が相手なのだから油断は出来ない。

 殺していいのであればすぐに終わるのだがそうすれば象術士が麻薬カルテルの側にいるという報告がなされない。それでは妨害する意味が無かった。

 「かなり悩んでいるようだな、水無月八代」

 不意に八代が背後から声をかけられた。

 背後と言ってもかなり距離があり、常人の聴覚では聞き取れないほどの音量ではあったがその声は八代を戦慄させるに十分だった。

 「なんでこんな所にいるんです? 昶さん?」

 八代は後ろを振り向かないままそう尋ねた。

 昨日も聞いたその声の主はかつての八代の師である雲居昶のものだった。

 距離的には聞こえないはずのつぶやきだったが八代には相手に聞こえているという確信があった。

 「お前と目的が同じだっただけだ。

 もっとも、お前がやってくれるのであれば俺がここにいる意味は無い」

 今回は常人でも聞き取れるほど昶は近くに来ていた。

 「じゃあ、そっちに任せる。 

 どうせ金貰ってんでしょうし、ちゃんと働いてくださいよ」

 「いいだろう。

 金だけもらえるなら最上だったがこの程度ならば手間にもならん」

 そう言って捜査官の方へと歩いて行った。

 (どうやら俺はターゲットじゃないみたいだし、下手に戦闘になって重傷を負いたくは無いな。

 けど、こんな簡単な仕事であの人を雇うなんて依頼主は何者なんだ?)

 雲居昶の実力は八代もよく知る所であり、また仕事を依頼するにもかなりの報酬を要求するのは神楽流にいた頃から嫌というほど知っていた。

 そんな男を麻薬カルテルや資金難の正内組が雇えるはずがない。少なくとも第三者が関わっていると考えた方が自然である。

 ともかく今は昶の戦闘を見る方が先決だった。



 「悪いがこれ以上捜査するなら消えてもらう。

 何も見なかった事にして引き返すなら命だけは取らん」

 いきなり捜査官達の前に立ち塞がっておいてこの言葉。明らかに自分は敵だとアピールしているようなものである。

 「何者だ!」

 捜査官の内の一人がそういいながら拳銃を構えようとするが、

 構えるために上げた腕は手首から先が無かった。

 遅れて噴き出してきた鮮血に捜査員の顔面は蒼白になって地面をのたうち回っていた。

 昶の手にはコンバットナイフが握られていた。

 昶はコンバットナイフ一本でこの惨劇を引き起こしたのである。

 普通は手首を切るにしても骨が邪魔をして手首を切り落とす出来ない。それをするには尋常ではない程のスピードでナイフを振るわなければならない。

 それを何事も無いかのようにこなしてみせた昶の技量は常人のレベルを遥かに逸脱したものであり、高みの見物を決め込んでいた八代も驚愕せざるを得なかった。

 (俺も強くなったつもりだったけどあれは無理だ……

 でも何よりもすごいのが恐怖の演出の仕方だな)

 並はずれた剣速もすごいのだが八代が感心したのはそれだけではなかった。

 勝利を求める上で重要になってくるのがいかに相手に全力を出させないか、という点である。

 相対するのが同じ人間である以上、常に一定の力が出せる訳ではない。身体や精神の状態によって実力はいくらでも変化してしまう。

 恐怖を感じてしまえば人は思うように動く事が出来なくなってしまう。そのような人間がいつも通りの実力を発揮する事は出来ない。

 だからこそ相手に「恐怖」を感じさせる事は勝負において重要な要素の一つである。

 雲居昶は八代の師ではあるが八代が昶から学んだのは基本的な武器の扱いのみであり、それ以上の事は教えてもらわず独力で会得していった。

 そもそも特定の技術や技の存在しない神楽流は流派というよりも一種の養成機関と言った方が正しい。戦いに必要な物を与えた後は自らの力のみで学んでいくという大学の教育に近い教育体制を取っていた。

 神楽流はただ勝利のみを求める流派であり、合うかどうか分からない戦い方を伝承させるような事はしなかった。

 その証拠に昶の戦闘スタイルは正面から戦うよりも相手の死角や虚を突く戦い方を得手としており、正面から力でねじ伏せる八代とは正反対であると言える。(だからと言って正面からまともに戦えたとしても八代が勝てる保証はどこにもない)

 そうこう考えている内に昶は相対していた捜査員全員を殺害してしまった――ナイフ一本だけで。

 「しまった……」

 気付いた頃には遅かった。

 ナイフ一本だけで相手を制したおかげで麻薬カルテルに関わる事件が象術犯罪と認識される事は無くなってしまい、当初の目的を果たす事が出来なくなってしまった。

 昶の「目的は同じ」という言葉を信じてしまった八代の失敗である事は言うまでも無い。

 少なくとも味方でない(・・・・・)者の言葉を信じるなど戦場では絶対にしてはならない事である。

 「やはり浅慮な所は昔のままか……久桐玲に任せ続けたせいで今でも弱点とは情けないな」

 「……」

 昶の苦言に八代は事実その通りなので言い返す事が出来ない。

 「俺の仕事は終わった。

 もうお前の師匠でない以上、お前の反省に付き合ってやる義理は無い」

 そのまま昶は八代の前から姿を消した。

 「どうやって玲に言い訳しよう……」

 一人残された八代は頭を抱えるしかなかった。


   * * * * * * * * * * * * * * *


 八代が頭を抱える少し前、玲は正内組との交渉のテーブルに着いていた。

 用件は先に伝えてあり、あとは金銭面での交渉だけとなっている状態だがここで通常よりも要求を高くして正内組の方から交渉決裂させてくれれば玲の仕事は完了となる。

 「そっちの用件は聞いとる。

 そんでいくら欲しいんや?」

 対面に座っている男はどうやら正内組からこの取引を任された組員らしく、他の者はただいるだけで交渉に参加するつもりはないらしい。実質一対一の交渉という訳だ。

 「こちらの商品は10kgの麻薬。

 効果のほどは先に渡したサンプル通りです。

 効果は中毒性は覚せい剤に引けを取らない。

 本来なら末端価格は1グラム6万円程度ですがそれはあなた達売る場合。こちらの側としては1グラム2万円とあなた達が所有している某政治家への不正献金の証拠を要求します」

 1グラム2万円は通常高くも無く低くも無い妥当なライン。だが麻薬を売る側は東南アジア系の麻薬カルテルであり、通貨の関係上要求額を半分にしても問題ないがこの交渉を決裂させるには要求額を下げる訳にはいかなかった。

 このかなり相手の足元を見た要求をすれば無駄に見栄っ張りなヤクザがOKするはずがないというのが玲の考えだった。

 だったのだが……


 「分かった。その条件で取引しよう」

 「はい?」

 予想外の返答に疑問符が付いてしまったが玲は持ち前の自制心で語尾が跳ね上がる事は無かった。

 だが予想外の交渉成立に戸惑っている事は確かであり、その結果が覆る事はないという事は玲にも分かっていた。

 それ故に分かりやすくうろたえたりして相手に計画が露見してしまうようなヘマはしないのだが内心では焦りまくっていた。

 (まさか正内組にとって不正献金の証拠がそこまで重要な物じゃなかったとはな……

 いや、正確には不正献金の証拠を手放してまで資金となる物が欲しかったという事か)

 だからと言って今更要求額を釣り上げれば不自然過ぎて怪しまれてしまう。


 交渉はまごうことなき大失敗だった。


 玲に出来たのは取引の日付を一日引き延ばす事だけだった(事態が思わしくない方向へ転がっている事に変わりはないのだが)。

 「正直予想外だった……」

 一人になった玲が誰に聞かせるでもないつぶやきだったがそれ故に今の玲の心境をよく表していた。

 「こりゃ、計画の練り直しだな」

 そう言って頭を抱える玲だったがこの時奇しくももう一つの予想外によって八代が頭を抱えているのだがそれを知る者はいない。

 この時すでに八代と玲の知らない所で別の思惑が動いている事を2人はまだ知らなかった。

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