第36話 日常≒非日常
久しぶりの投稿になりました。
忙しかったので今回は中途半端な所で終わっていますが
続きは近いうちに投稿できればと思っています。
「とりあえず八代に計画の概要は話した。後は実行に移すのみ」
玲の中ではほぼ確定した案であっても他者から見れば取らぬ狸の皮算用、と言われても反論できないレベルの計画である事は確かたっだ。
今日は玲も象術警官としての仕事は休みなので朝っぱらから玲奈とミキに捕まってしまった。
用件は宿題の手伝い、というか答えを見せて欲しいとの事。別に優等生みたく宿題は自分でやれ、という考えを持っている訳でもない玲は特に渋る事なく宿題のノートを見せていた。
コンピューターの普及が進んだ現在でも書いて学習するという行為は未だに端末で学習するよりも効果的だという意見が大半であり、そのためほとんどの教育機関でも紙のノートは重宝されている。
(もし書いて学習するという行為よりも効果的な学習法が見つかれば文房具メーカーは軒並み破産だな……)
などと不必要な事を考えているとミキがずっと玲の方を見ていた。
「……今更見つめるほど目新しい物は無いぞ?」
「あっ、いや。玲の頭の中どうなってるんだろって思って見てただけなんだけど……」
どうやらミキは玲ではなく玲の頭の中を見ようとしていたらしい。
「俺の頭の中には普通に脳味噌が入ってるだけだが?」
「違うって! どうやったらこんな勉強できるようになるのか気になっただけ。
玲って本当に同じ人間なのかな~、って思う事があるんだよ」
「あ~、分かる気がする。授業のノートなんて全く取ってないのに勉強はできるんだよな。
八代は理系だけで文系全然だめたけど玲なんて完璧だぜ?」
ミキの疑問に玲奈も乗っかかって来た。
玲には疑問に答えない、という選択肢もあったがそれがこの二人に通じない事は明らかであった。おそらくは答えるまでここに居座る事だろう。玲奈にいたっては四六時中聞いてくる事になりかねない。
「高校生が小学校の授業受けてノートなんて取らないのと同じ理屈だ」
結局は疑問に答えるという敗北宣言をしてしまった。
「俺が今啓莱高校で受けている授業はすでに知識として知っている事だからな……
こう見えても将来は学者になろうって思ってた時期もあったからな」
「玲が学者って、すごい似合いそうなんだけど思ってた時期もあったて事はもう思ってないの?」
「ない。 昔とある研究所で研究員をしていた事があるが後継者争いに負けて研究所を追い出された……それ以来学者になろうとは考えていない」
それは八代に出会う前、神楽流に入門するさらに昔の出来事だった。
玲が幅広い知識を身につけるようになったのは神楽流に入門してからである。それ以前は研究に必要な知識しか修めていなかったが色々な書物を薦められ読むうちに幅広い知識が身に着いていたので玲自身の意思で学んだかと聞かれれば答えにくい状況だった。
「つーかお前何歳で研究者になったんだ?」
玲は現在15歳。現時点で研究者であったとしてもおそらくは最年少クラスだろうがそのさらに昔となれば最早未知の領域だった。
「研究所に拾われたのが4歳。そこから約1年で研究者になった。だが実際研究していた期間は一年にも満たない」
「5歳って……どんだけトンデモ幼児なのよ……」
「全くだ……」
玲奈もミキも呆れて言葉も無かった。全部嘘だと言われれば素直に信じられるほどの異常な経緯だった。
ミキも何故頭がいいのか聞いただけでこのような有り得ない話を聞く事になるとは思ってもみなかった。
「とりあえず速く写してくれ。
おしゃべりはそれからだ」
玲の言葉通り2人は黙々と宿題を写し始めた。そしてこれからはもっと勉強しよう、と心に誓うのだった。
* * * * * * * * * * * * * * *
「玲の野郎……こんな路地裏で待ち伏せさせるなんてなんか恨みでもあんのか?」
玲が玲奈とミキに宿題を見せている頃、八代は昨晩玲が語っていた計画を実行するために路地裏で待ち伏せしていた。
玲の情報が正しければ正内組の組員達がこの路地裏で拳銃の取引をするらしく、さらにそこを警察が抑えようとやって来るはずである。
八代の役目はやって来た警官を象術でぶちのめして正内組に関わる事件を象術事件と警察に認識させる事だった。
既に現場には正内組組員と警官の両方が揃っていた。後は警官が出てくるタイミングに合わせて邪魔をすればいい。
警察に顔を見られてはいけないという事なので今の八代の格好はニット帽にマスクにサングラスという変質者要素をふんだんに盛り込んだものになっていた。
(これで人前に出たら不審者決定だな……)
自身の現状をそう評価した八代だが決して間違いではないだろう。
そうこう考えているうちに警官達が正内組の組員を見つけ追いかけ始めた。
もう少し危機的状況になるまで待っても良かったのだが生憎八代はそこまでドラマチックな性格はしていなかった。
「は~い、ストップ! ここから先は立ち入り禁止で~す」
「ふざけるな! どけ!」
警官達の進路上に立ち塞がって能天気な口調の八代に当然警官達は怒った。
(別に怒ろうが怒るまいがおれのやる事は一緒だけどね)
八代は自分を押しのけて通ろうとする警官に運動エネルギーを与えて軽く吹っ飛ばした。
「こいつ、象術士か!?」
どのような象術を使おうか悩んでいたが、一番メジャーな象術を使えば自分が象術士である事はすぐに分かるだろうと考えた八代の読みは見事的中した。
なおも近づいてくる警官達を運動エネルギーで吹っ飛ばしていたが正内組の組員を見失った所で八代も退散する事にした。
「やる事やったんで俺も帰りま~す!」
そう言って八代は近くの雑居ビルの屋上まで飛び上がった。(もちろん象術を使って)
象術士でもない警官達は階段を使って登ってくるが辿りつくまで待っているほど八代も馬鹿ではない。
八代は警官達が辿りつく前にビルからビルへと飛び移りながら退散して行った。
警官達が自分を追わなくなったのを確認してから八代はニット帽とマスクとサングラスを取った。もう5月の始めなのでニット帽とマスクを着けるとかなり暑く、少し汗をかく羽目になっていた。
「これを後何回か繰り返せばいいのやら……」
八代は知らず知らずのうちにため息をついていた。
昨晩の雲居昶との戦いの後なのでいつも以上に歯ごたえを感じないのは仕方ない。だがそれにしても現状は八代の満足出来るものでは無かった。
「こりゃ、あの象術警官に期待するしかないな……」
八代の強者を求める欲に底は無い。だからこそ久桐玲と一緒にいると言っても過言ではない。いつかお互い全力で戦う時のために。
「玲と戦う時までのつなぎにはなってもらわないとな」
その言葉を聞いた者は幸いにも誰一人いなかった。
* * * * * * * * * * * * * * *
玲、玲奈、ミキの三人は宿題を終えた後(ただ玲奈とミキが玲の宿題を写しただけなのだが)、ミキの急な提案により実習場に来ていた。
ちなみにどのような提案をしてきたかというと、
「なんか体動かしたくなってきた。
ちょっと模擬戦しない?」
である。
深夜に正内組と麻薬カルテルに取り引きの交渉が控えている玲は少しでも休みたかったのだがあれよあれよという間に今に至ってしまった。
ここまで来て帰るのも何かもったいない気がするので玲は適当に相手になる事にした。決してその気になった訳ではない、断じて。
ちなみに玲奈は見学との事だったがそのポジションは玲が狙っていたものだった。
(鍛錬も兼ねて象術無しで戦るか……)
ミキの戦い方はエネルギー変換で運動エネルギーを生み出し、それを自分の身体に付与して運動性能を高める接近戦タイプなので戦い方によっては象術無しでも渡り合えない事は無い。ただし相当な力量差が無ければ出来る事ではない。
互いに木刀を構えてはいるが玲は受け太刀する事が出来ない。もししたとすれば体ごと吹っ飛ばされてしまうのが関の山である。
つまり玲は繰り出される攻撃に対し、避けるという選択肢しか与えられていない事になる……実戦であれば。
だがこれは実戦ではなく練習。
ミキならば無闇に相手を怪我させようとする性格でない事は玲も重々承知している。
(おそらくミキはスピードを上げてくるだけで攻撃の威力を上げる事はしないはず……)
予想ではなく確信。疑念は欠片も無い。
相手を見て打つ手を変えるのは戦いでも交渉でも同じである。
人間はゲームみたいにずっと一定のステータスを持っている訳ではない。どのような敵と対峙しているか、自分は今どのような状況にあるのかで敵のステータスは流動的に変化していく。
その変化をずっと見てきたからこそ今の玲がある。
(それがこの後の交渉に活きるといいのだが……)
「玲~! 準備いい? 始めるよ?」
長々と考え事をしていた玲にミキは声をかけてきた。意外とせっかちな性格なのだろうか?
こういった何気ない会話も相手のステータスを測る要素となっているのである。
「ああ……構わない」
そう言って玲も木刀を構える。
「じゃあ……行くよ!」
その掛け声と共にいきなりミキがトップスピードで迫り、大上段からの木刀を振り下ろしてくる。
何の捻りもフェイントも無い真っ直ぐな一撃だったがその技の完成度は目を見張るものがあった。
あらかじめ予想が出来ていたとはいえその一撃をいなすのに相当押し込まれてしまった。
(八代の奴、こんなのまともに真面目にかわしてたのかよ)
入学式の後の審査会の時に八代とミキが戦った事は知っていたが、まさかミキがこれほどの実力を有しているとは思わなかった。
度肝を抜かれるとはこの事だと玲は身を持って知る事となった。
玲は接近戦では八代に及ばないと自覚しているが、こんな攻撃を簡単に避けられる八代の反射神経は文字通り人間離れしていると言わざるを得ない。
だが八代には驚異的な反射神経があるのと同じように玲にも予知能力めいた先読みがある。
相手の挙動から次の動作を予測する事にかけては自分の右に出る者はいない、と言えるだけの経験と裏付けが玲にはある。
(後ろに下がったって事は連続攻撃は出来ない、しかも先程の完成度の攻撃はさっきの技だけだな……
ならばそれに照準を合わせる!)
あれだけのスピードで突進してくるのだから先読みが出来ればカウンターを叩き込むのはそう難しくない。
「はぁ!!」
(来た!)
先程と同じ一撃だった。いやむしろさっきよりも速かったが先読みが出来ていた分、余裕で迎え撃てた。
体半分横にずらし、ガラ空きの胴へ軽く一撃を入れる。
玲は軽く打ったつもりだが、ミキ自身が高速で突進してきていたためそのスピードも相まって激突速度がそうとうなものになっていた。
「うぐ……」
誰が聞いても色気のないうめき声(うめき声に色気を求める方がどうかしているのかもしれない)とともにミキが蹲っていた。
「だっ、大丈夫か!?」
蹲るミキを見て慌てたのは玲ではなく玲奈の方であった。遠目から見れば不安にもなるだろうが打ち込んだ際の手応えで特に後遺症の残る事は無いと確信していた玲は落ち着いていた。
「うん、大丈夫。ちょっと痛いけどもう何ともない」
「ただの打撲だから痛みもすぐに消えるだろう……痕が残るかどうかは分からないがな」
たとえ痕が残っても顔じゃないから大丈夫だな、と玲は思ったものの口に出す事はしなかった。余計な事を言って2人の反感を買うほど玲は挑発的な性格をしていなかった……八代なら言いかねないが。
「それよりも玲って戦いに全然特徴が無いね。教科書通り過ぎて動きが読めなかったよ……」
「そうだったか?」
ミキのつぶやきにそう返す玲だったがそれは玲の意図してのことであった。
構えは基本の中段構え。
本来の玲の構えとは違うが、相手に自分の情報を与えないようにするという神楽流で学んだ半分癖みたいなものだった。
玲からしてみれば別に勝たなくてもいい戦いで自分の技を晒すなどという馬鹿げた事をするつもりは無い。
たとえ負け越しでも勝負所で勝てばいい。というのが玲の勝負哲学。
名誉など捨て、100%結果を取るのが久桐玲であり、名誉も結果も求めるのが水無月八代。
今回の交渉も同じだった。
玲は最初からこの交渉が上手くいくなどとは思っていない。
どのような状態で交渉決裂させるかが問題だった。
「悪いけどこれからバイトがあるから先に帰るよ」
「そう……分かった。頑張ってね」
「気を付けてな!」
2人の言葉を背に玲は実習場を出る。
実習場を出た時から玲の思考は学生からエージェントへとシフトチェンジしていた。
任務の成否を賭けた交渉を前にしても玲に緊張は無く、むしろ決められた作業に向かう退屈ささえ感じているほどに余裕だった。
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