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異常と正常の境界  作者: Rile
第2章 忙殺のゴールデンウィーク編
32/44

第32話 強盗退治

7月最後となる第32話投稿。

 ゴールデンウィーク二日目。

 誰もいない部屋で八代は落ち着かないように歩きまわっていた。

 「はぁ……」

 百人に聞けば百人が落ち込んでいると答えるようなため息をつくには理由があった。

 「莉々の彼氏って何すればいいんだ……」

 今日は莉々の友人達の前で彼氏を演じる日だった。

 テロリストによる啓莱高校襲撃事件の際に莉々を見捨てた事を許してもらう条件として莉々の彼氏役を演じる羽目になってしまった。

 「玲は上手く収めたってのに何で俺だけこんな目に遭うんだよ……」

 交渉事については玲の方が遥かに上だとは言え、納得がいかない。

 夜はボディーガード、昼はヒマ人の昼夜逆転生活を計画していた八代にとっては本来寝ている時間なので正直眠い。

 「この場に莉々がいないのがせめてもの救いか……」

 莉々は実家に帰省しているためこの部屋にはいない。おかげで昼夜逆転の不規則生活が送れているとも言える。

 「さて……そろそろ行くか」

 何事も起こらない事を祈りながら八代は部屋を出ていった。


   * * * * * * * * * * * * * * *


 「おっそ―――いっ!!」

 開口一番に怒られてしまった。

 約束の時間の5分前に来たのだから八代が怒られる(いわ)れは無いはずなのだが、

 「女の子を待たせた時点で遅刻なの!!」

 その疑問を八代が口にする前に莉々から解答が飛んできた。

 「そんなメチャクチャな事言うな。

 ちゃんと5分前に来たんだからいいだろ?」

 玲との待ち合わせにはほぼ毎回遅れている八代にとって約束の時間前に来るというのは奇跡なのである。

 「違うの! 私が遅れてきて『ごめ~ん! 待った~?』っていうのがやりたかったの!」

 そう言ってむくれる莉々に八代は呆れて何も言い返せなかった。

 (なら自分が遅れて来いよ……)

 と八代は言おうとしたがやめた。どうせまた水掛け論になってしまうのは目に見えている。ここで一歩引くのが大人というものである。

 「あなたが莉々の彼氏さん?」

 それまで2人の口喧嘩を見守っていた莉々の友人達の内の1人がそう尋ねてきた。

 莉々の友人とというからには小さい奴かと思っていたが良くも悪くも普通の外見だった。

 (まぁ、莉々(こいつ)程小さい奴がそうゴロゴロいても困るがな……)

 もし莉々の連れてきた友人が全員小さかったら八代は途中で警察に捕まってしまうかもしれない――未成年者略取とかで……

 「え? ああ、そうだけど……」

 今まで女子と付き合った事が無い八代はどう答えればいいのか分からないまま適当に相槌を打つ事しかできなかった。

 「いいなぁ莉々。やっぱり象術(しょうじゅつ)使える女子ってもてるの?」

 ここで今まで何も言わなかった莉々の友人(その2)が会話に加わって来た。ちなみに最初に話しかけてきた方が友人(その1)である。

 実際、象術が使えるというだけで異性にもてるというのは間違っていない。スポーツができる男子が女子にもてるのと理屈は同じである。

 「啓莱高校にいる女子はみんな象術使えるから特にそんな事は無いけど……」

 盛り上がって行く女子達に圧倒されて八代もいつもの調子がつかめない。

 「とりあえず詳しい話は向こうのカフェでしよっ!」

 ここでやっと莉々が助け舟を出してくれた。

 (とにかく一旦仕切り直すか……)

 戦闘に関しては百戦錬磨の八代も男女関係に関しては初心者以下だった。



 「私達の分まで払ってもらってすいません」

 「いいよ。こういう時は男が払うものなんだし」

 「でもすごい太っ腹な彼氏だよね~」

 「でしょ? 八代って他の女子からも人気あるんだよ~」

 先程から褒められっぱなしで正直居心地が悪かった。

 デートの時はお金は男が払う、というを以前雑誌で見た事があってその通りにしただけなのだがまさかこれほどまでに好感を得るとは思ってもみなかった。

 交渉室の任務による報酬があるので金銭的にはノーダメージである。

 「莉々とはどこで知り合ったの?」

 「元々寮で同室だから入寮式の時」

 「莉々のどんな所が気に入った?」

 「しっかりしてるところ」

 「じゃ、次は……」

 さっきから質問されては答えての繰り返しだった。趣味とか好きな色とか聞いても何の役にも立たないのに楽しそうに聞いてくる女子というのは八代から見れば不思議な生き物にしか思えなかった。

 だがこんな質問に答え続けるだけでいいのなら安いものだ。

 うんざりしているのは事実だがキスしろ、なんて無茶振りされるよりは百倍マシである。

 (だが、これはこれで結構精神的にキツイ……)

 無意味な質問の対応に飽きてきた八代は軽い気分転換に景色を見ることにした。

 (……何あれ?)

 八代の目に飛び込んできたのは4人組の男達だった。別に男が4人組で行動している事がおかしいのではなく、おかしいのはその挙動だった。

 傍目からは普通に歩いているように見えるのだが見るべき者が見れば4人共懐に注意して歩いているのが分かる。

 しかもよく見れば4人共ヤクザみたいな風体をしている。

 (これは明らかに面白そ……いや、大変な事が起きそうだな)

 莉々の友人に囲まれてなければ今すぐにでも尾行したい所なのだがそうもいかない。

 今日は莉々の彼氏役として来ているのであまり変な事は出来ない。

 (仕方ない。涙をのんで諦めるか……)

 八代は泣く泣くあの4人組の対処を警察に任せる事にした。

 人生時には我慢も必要という事なのだろう。

 「八代……ねぇ、八代ってば!」

 思索にふけっていたため莉々が話しかけてきている事に気付くのが遅れてしまった。

 「えっと……何?」

 普段なら考え事しながらでも即応できるのだがそれだけあの4人組の事が惜しかったという事なのだろう。

 「僕達はこれからデパートで買い物するけど、八代はどうするかって聞いてたの!」

 「女子の買い物の邪魔はできないよ。俺はそこら辺を散歩してくる」

 表面上は平静を保っていたが心の中では狂喜乱舞の八代だった。

 「分かった。じゃあ、終わったら連絡するね」

 「ごゆっくり~」

 莉々達を送りだした表情が今日一番の笑顔をしていた事は言うまでも無かった。だがその笑顔に戦いの狂気が含まれた危険なものだと気付く者はいなかった。


   * * * * * * * * * * * * * * *


 八代は莉々達と別れてすぐに例の4人組の男達の追跡を開始した。

 歩いて行った方向は分かっていた上、それなりに目立つ風貌をしていたため見つけるのは簡単だった。

 こうしてよく見ると彼等はヤクザで間違いないだろう。しかもそのヤクザが懐に気を使うという事はその懐にはナイフか拳銃を忍ばせていると考えて間違いない。

 (ヒットマンならもうすこしバラバラに行動するだろうし、ヤクザ同士の抗争ならこの人数は少な過ぎるし……という事は強盗か!)

 しかも狙うなら銀行強盗。

 近年、金銭のペーパーレス化が進んでいるがコンピューターの扱いが苦手な人も多いため未だに紙幣や硬貨は市場に大量に出回っている。

 (なんでわざわざ銀行強盗? 他に安全な稼ぎ方なんていくらでもあるだろうに……)

 当然の事ながら紙幣には通し番号が振ってあり、銀行強盗が奪い取った紙幣の通し番号も警察に筒抜けである。

 一昔前なら資金洗浄(マネーロンダリング)で使えるようにできたが、現在では紙幣の通し番号確認機能の付いたレジのおかげで奪い取った紙幣は自動販売機ですら使えなくなってしまう。

 銀行強盗は最早ハイリスクノーリターンで時代遅れの犯罪となり、銀行強盗をする者は皆無と言っていいだろう。

 それ故に銀行側も警戒心は希薄で、紙幣を奪うだけなら素人でも容易に出来るだろう。

 もし新しい資金洗浄の方法が編み出されていたとすれば完全犯罪と言っても過言ではない。

 (とにかく犯罪は未然に防いだ方がいいな)

 まだ彼等が銀行強盗をすると決まった訳では無いのだが、このまま見過ごす訳にはいかなかった。

 (とりあえず銀行で待ち伏せしとくか……)

 近くに銀行は一つしかないので彼等はそこを狙うと考えて間違いない。

 八代は先回りして銀行へと入って行くと、

 「なんで八代がここにいるの?」

 銀行には先程から別行動をとっていたはずの莉々とその友人二人がいた。

 「いや……別に預金しに来ただけなんだけど……」

 正直に『銀行強盗の待ち伏せのため』などとは口が裂けても言えない。馬鹿にされるのがオチだ。

 莉々は八代が金銭的な取引はMSTでしかしない事を知っているはずなので八代が銀行に足を運ぶ事自体が有り得ないと考えるだろう。

 八代がどう取り繕ったとしても不自然である事は誤魔化しようが無いのである。

 しかも間の悪い事にちょうど例の4人組が銀行に入って来た。

 「全員床に伏せろ!!」

 一発の銃声と共に彼等のリーダーと思しき男がそう叫んだ。

 それだけならまだ良かった。

 莉々への対応で手一杯になっていた八代は出入り口のすぐ近くにいたため、彼等の内の一人に裸絞めされこめかみに銃口を突き付けられた。簡単に言うと人質にされてしまったのである。

 幸い裸絞めは頸動脈を外れており特に苦しくは無い。(強いて言うなれば男に密着されて暑苦しい)

 本来ならその場で4人を叩きのめす事の可能なのだが彼等に殺気が無い事が分かったので八代はとりあえず事の成り行きを見守る事にした。

 (銀行強盗見るのなんて初めてだし見学させてもらうか……)

 これから銀行強盗をする予定は無いのだが、こういう犯罪は見ておいて損は無い。

 今しばらくは放っておいても問題無い。

 (問題大アリじゃねぇか!)

 よくよく考えればこのまま時間が経ってしまうと警察が銀行を包囲して長期戦になるのは間違いない。

 夜には狭霧優香の護衛任務がある。

 もし間に合わなければ任務放棄で厳罰が待っている。

 (こんなお遊びで厳罰食らってたまるか!)

 その後の八代の行動は迅速だった。

 まず自分を裸絞めしている男の顔面に左の裏拳を叩き込む、と同時に男の右手首を捻って拳銃を奪う。

 拳銃のセーフティを外し、まず人質の一番近くにいる男の拳銃に向けて発砲して男の手から拳銃を弾き飛ばす。神楽流で近代兵器についても訓練していたためこのくらいは八代にとって朝飯前の芸当だった。

 後は金庫で紙幣を鞄に詰めている2人だけだが騒ぎを聞きつけて戻ってくるのも時間の問題だろう。

 八代は倒した2人を手早く気絶させ残る2人を待ち構える事にした。

 「本当なら不意打ちの方が確実なんだろうが、半分は不意打ちで倒したんだし残りは正々堂々戦ってやるよ」

 象術無しでも負ける気はしないのだが、周りには人質となっていた一般人もいるのでここは万全を期した方がいいのだろう。

 「いたぞ! こっちだ!」

 声がした時にはすでに銃声が響いていた。しかも二回。

 (さっきの二人とは比べ物にならん腕前だな)

 金庫の方に行っていた二人の銀行強盗の放った銃弾の軌道は確実に八代の体を捉えていた。

 だが、八代は半身になって銃弾をかわした。これも神楽流の恩恵である。

 「マシンガンでもなきゃ当たんねぇよ!」

 これみよがしの挑発に銀行強盗達は二発目を撃つために引き金を引いたが、

 「うぉ!?」

 「ぐほっ!!」

 彼等が拳銃の引き金を引いた瞬間、銃弾は発射されず銃身が破裂した。破裂した銃身の破片で腕や顔に裂傷を負い、瞬く間に戦闘不能になってしまった。

 「てめぇ……何しやがった……」

 銀行強盗達は自分達の身に起きた出来事を未だに把握しきれていないようであった。

 「象術使っただけだ。

 それに気付かなかった時点であんたらの負けだったんだよ。

 その証拠に自分達の持ってる拳銃が途中で重くなった事も分かってないんだしな」

 もし彼等が拳銃の扱いに精通した者ならば八代が象術を使った時点で気付く事が出来るはずだった。だが気付かなかったという事は彼等は素人であるという何よりの証拠となる。

 「まぁ、何したか知りたきゃ銃口覗き込んでみな」

 そう言われて銀行強盗二人は言われるままに銃口を覗き込んだ。

 「どうなってんだこれ……」

 そこにはあるはずの銃口が塞がれていた。

 「御覧の通り、俺は象術で銃口を塞いだ。そうする事によって引き金を引いても銃弾を放つ事が出来なくなり、そして行き場を無くしたエネルギーが銃身を爆散させた訳だ。

 手練れの銃使いには使えん技だからあんたらが手練れかどうかの判断に使わせてもらったよ。結果は見ての通りだけどな。

 まぁ、俺に目を付けられた時点であんたらの不幸は始まってたのかもな」

 こうして銀行強盗との攻防は八代の圧勝に終わった。


   * * * * * * * * * * * * * * *


 銀行強盗との攻防は終わったが事件は終わってくれなかった。

 人質の危険を無視して戦った八代には当然のごとく警察による取り調べを受ける羽目になってしまった。

 「今回は何も無かったからよかったですけど、本当なら人質になっていた人が死んでいてもおかしくないんですよ!!」

 さっきから延々お説教をしている女性は最初に現場に来た二人の象術警官の内の一人で、確か名前は九十九とか警察手帳に書いてあったがどう読むのかは分からない。

 もう片方は犯人の連行などをしているそうで、現場の調査は彼女一人で行うらしい。

 「えーっと……この後何するんだっけ……?」

 彼女は早速行き詰っていた。

 象術警官と言えば超難関の試験に合格した云わばエリートであるはずなのだが悩んで右往左往する彼女の姿はとてもエリートには見えない。

 「こういう時は佐伯さんに聞こう!」

 ひとしきり右往左往した所でそう言って彼女はMSTを取り出しどこかに電話をかけていた。

 「とりあえず警察が来るまでは外に出ないでください!」

 「あんたも警察だろ!」

 まさかの発言に思わずツッコミを入れてしまった。

 「本来私達は銀行強盗は管轄外なので専門にしてる警察の人達が来るまで外に出ないでって意味です!」

 いや、ムキになって言い返されても困る。八代としては早く解放されればそれでいいのだからこんな訳の分からない言い合いをするつもりは無い。

 「とにかくそれはその佐伯って上司からの命令なんでしょ?」

 少し強引だが話をまとめて彼女から離れよう……どうしてもこの女とは波長が合わない。

 「佐伯さんは上司じゃなくて同僚です。私と同じで今年から象術警官になった人なんです」

 「同僚に頼る時点で少しは向上心を持ってください」

 しかしその佐伯とかいう象術警官には少しばかり同情してしまう……俺の周りにも似たような感じの可哀そうな奴がいるからな。あいつなら女運無い者同士で仲良くなりそうな気がする。

 そうこう考えている内に専門の刑事達が到着し、目撃者の証言を取り始めた。

 八代は象術を使っていたので身柄は象術警官が預かるはずだったのだが、

 「佐伯さんが身柄を拘束する必要は無いって言ってますのであなたはもう帰っていいですよ」

 身柄の拘束を覚悟していただけにこの対応には肩透かしを食らってしまった。

 しかしあんたどんだけ佐伯って象術警官に従順なんだよ……電話で話してる時も同僚にかけてるというよりは恋人に電話してる様に見えて仕方なかった。(実際恋人に電話をかける様子など見た事ないのだが……)

 とにかく予想してたよりも早く解放された。これについては幸運と言わざるを得ないだろう。

 解放されて銀行を出るとそこには一足早く解放されていた莉々と友人達がいた。律儀にも八代が解放されるまで待っていてくれたらしい。

 あれだけの大立ち回りを演じた後なので正直話しづらい。八代からすれば遊園地のアトラクション感覚たが莉々達からすれば先程までの体験はトラウマになりかねない恐怖体験だったのかもしれない。

 そう思うとこちらから何を話していいのかさっぱり思いつかなかった。この際罵倒されても仕方ないと覚悟を決めていたのだが、

 「さっきはすごく格好良かったです」

 「思わず見惚れちゃった」

 「やっぱり八代は普通の学生とは一味違うね!」

 やって来たのは称賛の嵐だった。

 「え~と……怖くなかった?」

 まるっきり予想していなかった反応だけにどう答えていいのか迷ってしまった。

 「怖かったけどすぐに八代が助けてくれたから今じゃいい思い出だよ」

 「買い物は出来なかったけど十分楽しかったし!」

 どうやら早目に行動を起こしたのが吉と出た様だった。

 とにかくこれからの高校生活に支障を来すような事にはならなさそうだ。

 「もう遅いですし、私達は帰りますね」

 「今日はありがとうね」

 「じゃあまたね! 八代!」

 そのまま莉々達を見送ってから八代も夜の任務に向かう事にした。

 「しかし佐伯って象術警官に助けられたな……いつか会った時に一言礼を言わないとな」

 その『いつか』が今夜であるという事を、そしてこの銀行強盗事件が自分達の任務に関わって来る事を八代はまだ知らなかった。

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