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異常と正常の境界  作者: Rile
第2章 忙殺のゴールデンウィーク編
31/44

第31話 玲先生

久しぶりに第31話投稿。

 何とか象術警官としての一日を終え制服も涼子に渡し終えた玲は自分の部屋のドアの前に立っていた。

 「これからも問題だな」

 ゴールデンウィーク中だけとはいえ昼は象術警官、夜は玲奈の家庭教師という二重生活を強いられてしまった玲にとって自室であっても気を抜く事は出来なかった。

 だからと言っていつまでもドアの前で突っ立ていても不自然なのでさっさとドアを開けて中に入って行った。

 「おう、帰って来たか!」

 「……ああ」

 玲奈は待ち構えていたかのような反応に対し、玲は冷めた感じで答えた。

 ひょっとしたら家庭教師の事は忘れてるかも……と思っていた玲だったが玲奈の反応から自分の期待が外れていた事を悟った。

 「元気ねぇな……バイトで嫌な事でもあったか?」

 相変わらず遠慮なく言ってくる奴だな……

 「言う義務は無い……

 それに俺の記憶違いで無ければあんた入寮初日に話しかけるな、って言っただろ? それなら何でそっちから話しかけてくるんだ?」

 ずいぶん今更な質問だが聞かずにはいられない。

 「べっ、別に何だっていいだろ!

 でもあえて言うならお前は男っぽくない、って事かな……」

 玲奈としては正直な気持ちを言っただけなのだがこれを聞いて喜ぶ男はほぼいない。

 それは玲も例外ではなかった。

 「それなら嫌われた方がいくらかマシだ。

 まぁ、他の男みたいに胸を見ないって言いたいのだろう?」

 傷つきはしたもののだいたいの意味を理解したので気にしないでおく事にした。

 「おお、それだ! それ!

 でも自覚あったのか……」

 興味が無いのでは、と思っていた玲奈からすれば玲に自覚があった事は意外だった。

 「胸を見て何の役に立つんだ? 少なくとも俺の役には立たん。

 それに俺は女という生き物があまり好きではないしな……」

 玲としては過去の体験から女性不信となったのだがその言葉だけでは玲奈にそこまでの理解を与える事は出来ない。

 「まさか……お前ってそういう事だったのか?

 だとしたら八代も……?」

 「そんな訳あるか! 俺は至って普通だ」

 玲奈の勘違いがあらぬ方向へ急発進していきそうだったのでさすがに止めなければならない。 下手をすれば八代まで変な誤解をされてしまう。 自分の過去を説明すれば納得してくれるのだろうがその手はあまり打ちたくは無い。

 (俺の過去の一部をを話せば納得するだろうが、こいつに話すといろんな奴に言いふらしそうだし……

 だがこのままでは俺のこれからの高校生活に悪影響を及ぼしかねない……

 仕方ない……か)

 過去と未来を比べた結果、勝ったのは未来だった。

 無論過去を話したくないという気持ちは未だにあるがそんな意固地な事を言ってこれからどれだけあるか分からない未来を真っ暗闇にする訳にもいかなかった。まさに背に腹は代えられぬ、という状態だった。

 「俺の身近にいた女、つまり母親が人間的にいい奴じゃなかったってだけだ」

 過去を話す、と決意しておきながら曖昧(あいまい)かつ適当に話すという臆病(チキン)な玲だった。

 (できればこれで納得してくれ……)

 それだけしか話さずこれ以上聞くなと願うのは図々しいにも程がある。だが分かっていても話したくないものは話したくないのが玲の心情だった。

 「お前の母親がどういい奴じゃなかったんだ?」

 玲の願いは通じず、それどころか逆に興味を持たれてしまった。

 (まさか俺の話題でこんなに食い付かれるとは……)

 正直困った。

 この調子では話すまで解放されな事は短い付き合いの玲でも分かる事だった。

 「俺が誰かにしゃべるかどうか心配してるかもしれないなら大丈夫だ。

 秘密は絶対に守る」

 玲が言いにくそうにしていたのを感じ取ったのか玲奈は気遣うために言ったのだが意外にも玲はその言葉で迷いは消えた。

 (何でもかんでも秘密にしておくのはさすがによくないか……)

 そう思うと同時に玲奈を信用している事に少し意外さを感じていた。

 「分かった。

 ただし、これから話す事は八代にも秘密にしておいてくれ」

 とりあえずこれだけは念を押しておかなければならない。

 八代に知られて気を使わせたくはなかった。

 「という事は八代も知らないんだな?」

 「当然だ。八代は情に流されやすい所があるからな……もし八代と戦う事になればあいつは本気で戦えないかもしれない」

 玲は事もなげに言ってのけたが2人を知る者が聞けば驚きの内容だった。

 「なんでお前と八代が戦うんだ!? 親友同士じゃないのか?」

 当然2人を知る玲奈は驚きを隠せなかった。

 「元々俺と八代は仲がいいとは言えない状態だった。同じ施設の同じ部屋で暮らす事にならなければ今頃敵同士だったとしてもおかしくは無い」

 今思えばよく八代と仲良くなったものだと思う。

 「まぁ、俺が言っても仕方ないからそれはいいとして……お前の母親はなんでいい奴じゃなかったんだ?」

 話を逸らそうした玲だったがそんな都合よくはいかなかった。

 「我が子を虐待して捨てたんだよ。

 と言っても100%あの女が悪い訳じゃないんだがな……望まれず生まれた俺にも責任はある。

 望まれず生まれた子供なんだから捨てられて当然だな」

 最後はセリフはほとんど自嘲気味になっていた。

 「なぜ望まれずに生まれてきたって分かるんだ? そんなに生むのが嫌なら中絶でもしていたはずだぞ。それにお前の父親はどうだったんだ?」

 現在では妊娠中絶技術も発達しており、望まぬ子が生まれるという事はまず無い。

 「父親が中絶させなかっただけだ。

 そもそも俺は実験目的で生まれたんだよ。そんなモルモットを愛せ、と言う方が無理だ。

 そういう意味ではあの女の行動は理にかなっているな」

 玲は生まれた自分が悪いと思う事で母親の行動を正当化してきた。

 玲は女性が苦手というよりも女性に対し恐怖を感じていると言った方が正しい。

 正直玲は今でも女性に触れる事ができないがそれは幼い頃の虐待が影響している事は言うまでも無い。

 そんな玲の態度が玲奈の逆鱗に触れてしまった。

 「そんな訳あるか!! 捨てた母親が悪いに決まってるだろ!

 お前にしても自分が悪いって思うからいつまでも引きずってんだよ!

 そんな女一瞬で忘れろ! お前が知ってる女は俺だけで十分だ!」

 聞きようによっては豪快な告白ととられてもおかしくないのだが、玲奈はそれに気付く事無く一気に言いきった。

 だが玲には効果的だった。

 「そんな事言われるとは思わなかったな……いや、一本取られた。

 普通なら同情するか嫌悪するかのどちらかだろ。そんな反応されるとは考えもしなかったよ」

 だがそんな予想外が嬉しかった。

 玲も心のどこかで自分は不幸だと感じていたからこそ、同情でも嫌悪でも無い玲奈の言葉が嬉しかった。

 「まぁ、俺の過去も話した事だし、そろそろ始めるとするか」

 「えっ? 何を?」

 「お前の象術(しょうじゅつ)訓練だよ」

 話題を変えたのは時間が惜しかったのもあるが七割は照れ隠しだった。

 「今日はエネルギー変換を習得してもらう。正確には運動エネルギーに変換する訓練だ」

 「何でエネルギー変換なんだ?」

 玲の事なので何か意図あっての事だと分かっていても玲奈は尋ねずにはいられなかった。

 「簡単だからに決まってるだろう? 物質変換には化学的な知識が不可欠になってくるがエネルギー変換はイメージだけでも出来ない事は無い。実際イメージだけでエネルギー変換をやってのける奴を知ってるしな。

 それに運動エネルギーは唯一人体が自由に生みだせるエネルギーだからイメージがしやすい」

 得意不得意にも()るが世間ではエネルギー変換の方が簡単だと認識されている。

 「分かったけど、どこでやるんだ?」

 場所が無ければ玲の言った訓練は意味が無い。象術はどこでも使っていいという訳ではなく国の指定した条件を満たす場所でしか使う事は許されず、それ以外の場所で象術を使った場合は罪に問われる事になる。

 「室内訓練場の使用許可はもう取ってあるからそこらへんは心配しなくていい。

 さっさと行くぞ。時間は無限にある訳じゃ無いんだからな」

 結局部屋で休むことなく室内訓練場へ向かう羽目になってしまう玲だった。


   * * * * * * * * * * * * * * *


 玲と玲奈は室内訓練場で訓練を開始していた。

 「それにしても何で見つからないように来たんだ?」

 使用許可をとっているなら堂々とすればいい、というのが玲奈の主張なのだが現実はそうもいかない。

 「啓莱高校にはエリート意識の高い奴も多い。そんな奴らに見つかってしまえば特別扱いされていると思われるだろうさ。最悪お前の現状までばれる可能性もある。

 内緒で許可をくれた涼子先生に迷惑掛ける訳にもいかないから見つからないのが一番だ」

 玲奈の家庭教師を押しつけたのは涼子なのだから訓練場の使用許可を出すくらいはしてくれてもいいだろう。

 「肝心の訓練だがこのゴムボールを手に乗せてそれを運動エネルギーで飛ばすんだ。こんな風にな」

 そう言って玲は手に乗せたゴムボールに運動エネルギーを与えて前方に飛ばした。

 「配合が使えるのだからダークエネルギーの扱いは問題ないだろう。後は運動エネルギーへの変換と座標設定、ベクトルの調整ができれば大丈夫だ」

 一番面倒な部分を教えなくてもいいので比較的早くできるだろうと玲は考えていた。

 「その間は俺も自分の鍛錬をしておくから出来たら呼んでくれ」

 「見ててくれるんじゃないのか?」

 いきなりの放任主義に玲奈は反発した。

 手取り足取り教えて出来るようになったとしても意味が無い。自分の力で出来るようになった技術でないといざという時に役に立たない。

 「エネルギー変換はイメージが重要だ。さすがにイメージまでは俺も教えられないから自分でやるしかないんだよ」

 「分かった……出来たら呼ぶよ」

 とりあえず玲奈も納得してくれたところで玲も自分の鍛錬に移る事にした。

 まず自分の体を運動エネルギーで天井付近まで飛ばし、飛んだ時点で位置エネルギーを生み出す事でその高さに留まり続ける。

 位置エネルギーを生み出し続けなければすぐに落下してしまうので気を抜く事が出来ない。

 傍から見ればただ空中に浮かんでいるようにしか見えないのだがこれが出来るのはごく少数の象術士しかいない。

 普段はこのような鍛錬をする事は無いのだが今回は玲奈の訓練がメインなので邪魔にならないようしただけである。

 

 「出来たぞ~!!」

 「はっ!?」

 いきなり聞こえてきた玲奈の声に玲は集中を切らして落下してしまった。

 床に落下する直前に運動エネルギーを生み出して落下スピードを相殺して着地。

 「もう出来たのか?」

 半信半疑ではなく100%疑問で尋ねた。

 玲の感覚ではまだ五分も経っていない。信じられないのも無理は無かった。

 「ああ。

 見てくれ!」

 そう言って玲奈は掌にゴムボールを乗せて飛ばして見せた。

 「間違いなくちゃんとボールは飛んだな……」

 見た以上認めざるを得ない。

 よく考えればエネルギー変換も物質変換も使えないが配合だけ使えるという時点で八代に匹敵する才能を持っていると言える。

 それほどの才能があればエネルギー変換くらいは問題なく習得できたとしてもおかしくはない。

 「とりあえずは第一段階クリアだな。

 今日はこれまでにしておくか……」

 「まだ始めたばかりじゃねぇか! 俺はまだできるぞ!」

 始めてからまだ10分も経っていない。玲奈の不満ももっともだった。

 「そっちは大丈夫でもこっちは大丈夫じゃ無いんだよ。

 予想以上に速くできるようになったから計画を練り直さないといけないから今日はもう終わり!」

 本当の事を言えばこれ以外考えてなかっただけなのだが、そこは自分の浅慮は黙っておく事にした。

 「分かった。続きは明日だな!」

 言い訳に近い玲の説明に納得してくれたのか、玲奈はそのまま部屋に戻って行ってくれた。

 「………………」

 去っていく玲奈の背中を見ながら玲は物思いに耽っていた。

 「いい才能持ってんだな……」

 その言葉には玲にしては珍しく嫉妬と羨望が混じっていた。

 (今更嫉妬や羨望を感じるなんてな……

 まだ過去に未練があったなんて意外だな……)

 ひょっとしたら過去を話した事で感傷的になっていたのかもしれない。

 「過ぎた時間は元には戻らない、と自分に言い聞かせて忘れようとした過去にまだしがみ付いていたなんて我ながら未練がましい性格だったのだな……」

 自分の過去を話した事で少し感傷的になっていたのかもしれない。

 「さて、俺も部屋に戻って計画を練り直すか……」

 最初は嫌々だった家庭教師を楽しんでいるのを玲はまだ自覚していなかった。

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